目下の課題
魔王城の玉座に座るオレ。
そんなオレの膝の上に座るエリー。
腕を組んでふんぞり返るエリーに、メルトが恐る恐る問い掛ける。
「お、おい、エリザベート……。これは、どういう状況なのだ……?」
問われたエリーは、チラリとメルトに視線を向ける。
そして、ふうっと息を吐いて、首をゆっくり横に振る。
「思い出したの。パパに血を吸われるまで、私が人間だったって事を……」
先程まで見ていた思い出は、エリーが人間だった頃という事か?
そして、薄々は気付いていたが、彼女は吸血鬼なのだろう。
ある意味では彼女も、オレと同じ二度目の人生という事か。
きっと、エリーもブラックな生前を送ったのだろう……。
しかし、痛ましく思うオレを他所に、エリーは胸を張って宣言した。
「だから認めるわ。大魔王様を――私の新しいパパとしてね!」
「良いから落ち着け、エリザベート。お前はまだ混乱している」
メルトはこめかみを抑えながら、エリーへと忠告する。
しかし、当のエリーは聞いておらず、オレの胸に頬を摺り寄せている。
子猫と化したエリーに困り、オレはラヴィへと視線を送る。
すると、やはり彼女?は事情を知るらしく、オレへと説明してくれた。
「ハッピー・ナイトメアには、解除後に残る効果があるわ。それは、使用者を最愛の人として、刷り込むという効果よ」
「おい、ラヴィ……。お前、わかっていてスキルを使わせたな?」
オレは軽く睨み付けるが、ラヴィに堪えた様子は無かった。
口元を手で隠して、怪しげに微笑むだけである。
「はあ……。仕方がない、このまま話を進めてくれ……」
「承知しました。それでは、現状の課題をお話しします」
シェリルは動じた様子もなく、淡々と司会を再開する。
落ち着いている時の彼女は、とても頼りになる存在である。
「魔族と人族の国境線。そこへ攻め込まれる事が懸念されます。そこは獣人族の領地であり、現在は戦力が薄くなった個所でもあります」
「残念では御座いますが、現状の戦力では不利な戦と言わざるを得ません……」
シェリルの言葉に、リオンが無念そうに唸る。
しかし、その原因はオレにあるので、何と言えば良いのやら……。
「エリザベートの加勢も手ですが、彼女は加減が出来ません。人族を虐殺するので、大魔王様の望む結果は得られないかと」
「パパ! 皆殺しにして良いなら、エリーは頑張るよ!」
キラキラの笑顔を向けるエリーに、メルトの頬が引き攣っていた。
オレは彼女を黙らせる為に、銀色の髪を優しく撫でた。
「ですので、和睦の使者を送ろうと思います。大魔王様とメルト様の婚約を、人族の王に通達してはどうかと」
「大々的に通達してくれ。何なら、大陸全土に知らしめても構わんが?」
オレとメルトの結婚を、全ての生きとし生ける者に祝わせてやろう。
それ程までに、オレ達の結婚はお目出たい事なのである。
メルトが複雑そうな顔をしているが、きっとあれは照れ隠しだな。
「順序が御座いますので、それは追々という事で。そして、その和睦の使者は、大魔王様にお願いしたいと考えております」
「まてまて、シェリルよ。組織のトップが使者を務めるのか?」
常識的に考えれば、それは普通の考えと思えない。
オレの正当性を示す様に、全員が驚きの表情を浮かべている。
しかし、シェリルは困った表情で首を振る。
「とはいえ、魔族が使者となっても門前払い。勇者が寝返ったという話も信用されるか……。ですので、大魔王様自身に、ご報告へ向かって欲しいのです」
「ふむ、言いたい事は理解出来たが……」
確かに勇者が大魔王になった等、相手が信じると思えない。
本人からの申告であれば、それが嘘とは思われないだろうが……。
だが、また30日掛けて人族の王城へ向かうのか?
流石にそれは、オレとしても面倒と感じざるを得ないのだが……。
「ああ、お供にメルト様をお連れ下さい。ちょっとした、婚前旅行と考えて頂ければ……」
「さあ、メルトよ! 早速、出掛ける準備をするぞ!」
いきなり、メルトとのお出かけイベントとはな。
これは、気合を入れて準備せねばなるまい。
特に寝具をどうするかは相談が必要だな。
夫婦の営みが寝袋という訳にもいかんだろうから……。
「いや、ユウスケと私が共に城を開けるのか? 流石に背後が怖くないか?」
メルトは眉を寄せて、難しい表情を浮かべている。
背後と言うと、西側の領地にいる魔族達の事だろう。
しかし、メルトの不安をシェリルは軽く笑う。
「何も問題は御座いませんよ。この知将のシェリルと――仮面のディアブロが居れば」
「仮面のディアブロですって……? もしかして、その子は……?」
シェリルの言葉に、ラヴィが反応を示す。
シェリルの背後に控える悪魔を、真剣な眼差しで見つめていた。
シェリルは綺麗な笑みを浮かべ、ラヴィへと嬉しそうに答える。
「その通りです、ローズ。彼こそが伝説に謡われる、初代魔王の右腕です」
「初代魔王の右腕……? その話なら、私も聞いた記憶があるな……」
今度はメルトも驚きの表情を浮かべていた。
リオンも驚いているし、魔族の中では有名な悪魔みたいだ。
……ただし、エリーだけは気にせず膝で丸くなっているが。
「竜人族の王と悪魔の執事。この二人の覇業により、魔王が誕生したのです。当時の彼の実力は、歴代魔王に迫る物と伝わっておりますので」
「……隙の無い佇まいだ。恐らく、彼は本物のディアブロだろう」
リオンが大きく頷き、ディアブロを本物と認める。
その手の宝剣をグッと握り、何やら戦いたそうな気配も感じる……。
しかし、シェリルはそれを無視し、うっとりした目をオレに向ける。
「城の守りはお任せを。大魔王様は何も気にせず、旅をお楽しみ下さいませ」
「ふっ……。ならば、城は任せよう。オレは早速、旅の準備に取り掛かる!」
オレはエリーをそっと床に置く。
そして、恨めしそうなその視線から顔を背ける。
オレは浮き立つ心を感じながら、メルトの手を握りしめた。
そんなオレに対し、メルトは困った様な笑みを浮かべていた。




