最終話:旅立ち(シェリル視点)
『白の竜神』ブロンシュ様が戻られて、人族の世界は劇的に変わった。
本来の神が居るだけで、世界はまったく違う物へと変貌したのだ。
まず、崩壊した人間の城や街は、一夜にして元の状態に戻った。
時空を自在に操るブロンシュ様には、その程度は造作も無い事だった。
続いて、生き残った王侯貴族は、全て精霊達の監視下に置かれた。
昼は光の精霊王、夜は闇の精霊王が、彼等を常に監視しているのである。
最上級の精霊にもなると、人の心を容易に読む事が出来る。
それ故に、不正を働こうと考えると、ブロンシュ様へすぐ報告が上がる。
そして、ブロンシュ様による教育的指導が入る。
半年もすると、人間の王侯貴族は全て大人しくなってしまった……。
更に、機械神は管理権限を剥奪された。
その上で小型ゴーレムを支給して、農業プラントの管理を任された。
これにより、王都周辺の食糧事情は一変する。
食料がタダ同然で買える事になり、多くの人間が王都へと戻ったのだ。
全ての人間は『白の竜神』ブロンシュ様に感謝を捧げる。
そして、正しき信仰心が、人々の間に普及していく事になった……。
そして、魔王国にはユースケ様が存在していた。
人々のあらゆる苦難を知る大魔王様は、魔族を完全に統治して見せた。
生命は生きる上で必要な欲があり、その欲が叶わぬ事で苦しむ事に成る。
ならばと、その欲を様々な手段で叶う様にしてみせたのだ。
それも、ブロンシュ様と違い、神の権限を使ってではない。
人々の持つ、知恵と工夫で全ての難題を克服し続けたのである。
これにより、魔族は暴力による略奪は無意味だと理解した。
欲望を叶える為には、正しき手順で挑戦する事が大切だと知ったのだ。
そして、加速度的に発展し続ける魔王国は、人族とも手を結んだ。
敵対するよりも、手を取り合って協力し合う方が効率的だと学んだのだ。
その為、魔王国だけが発展し続ける事には成らなかった。
魔族も人族も互いを尊重しあい、共に発展の道を歩み続けたのである。
こうして、ユースケ様の統治下で、その願いは叶えられる事となった。
メルト様、ユースケ様――そして、初代魔王ルシフェルの望みが……。
そして、ユースケ様は天寿を全うする。
寿命を延ばす事はせず、大魔王として五十年程の人生で幕を閉じた。
全てにおいて満足したユースケ様は、正式に神として再臨した。
当然ながら、修行を終えた私とメルトも、同じく天上へと上がった。
……寿命は残っていましたが、ユースケ様がいなくてはね?
まあ、そう言う訳で三人揃って私達は天へと登った。
そして、そんな私達にブロンシュ様がこう告げたのだ。
『世界の半分をお前達にやろう!』
この唐突な申し出に、私達は呆然となる。
そして、固まる私達を笑いながら、その説明を始めたのだ。
この世界の裏側に、昼と夜が逆転した場所がある。
今は海しか存在しないが、そこに新たな大地を創造せよとの事だった。
この世界は本来ならとても大きな星なのだと言う。
しかし、ブロンシュ様一人では、小さな大陸しか管理出来ないのだとか。
その為、世界の裏側でこの世界を更に発展させろとの指示だ。
それを行う事で、新米である私達三人の神様修行にもなるだろうと。
そして、現在はユースケ様とメルトが、大地の創造に向かっている。
私はブロンシュ様の指示で、一人残って最後の修行を受ける事になっていた。
メルトからは憐みの視線を送られましたが、何かを勘違いしている様子。
粗暴な彼女と違って、私は手荒い指導を受けた事が無いと言うのに……。
そして、向かい合う私に対し、ブロンシュ様が真っ直ぐな眼差しを向ける。
「さて、シェリル。独り立ちする弟子に、師匠として最後の言葉を贈ろうと思う」
「どうされたのです、ブロンシュ様? その様に、改まった態度を取られて……」
いつも明るく、竹を割ったような性格のブロンシュ様。
この様に笑みも浮かべず、真剣な表情を見せる事は珍しかった。
決して険しい表情という訳では無かった。
その為、私にとって嫌な話では無いと思うのですが……。
「うむ、お主は良き弟子であった。それ故に、その運命を正しく知るべきだと思ってな」
「私の、運命……?」
ブロンシュ様の言葉に首を傾げる。
話の趣旨が、未だによくわからなかった。
そして、ブロンシュ様は戸惑う私の両肩に手を置く。
「ユースケに出会うまで、ずっと失敗続きであっただろう? 何をしても、上手く行かなかったであろう?」
「あ……」
ブロンシュ様の言葉に、過去の記憶が蘇る。
いつも不運を寄せ集め、失敗ばかりする日々が……。
ユースケ様に受け入れら、少しは気持ちが楽になった。
それでも、過去のトラウマが消えた訳ではなかった……。
「だが、それはお主のせいではない。この世界が、お主に試練を与えていた為なのじゃ。何をしても、最後に失敗する様にな」
「そん、な……」
その言葉に、強い衝撃を受けてしまう。
私が受けた苦しみは、全てこの世界が原因だと言うのか?
私の中に、黒い何かが芽生えた気がした。
怒りや悲しみと言った、負の感情が渦巻いていた。
――すると、ブロンシュ様が唐突に私を抱きしめた。
「じゃが、世界を恨むな。お主の苦しみには意味がある。お主がお主である、大切な過去なのじゃから」
「何を、言って……?」
突然、抱きしめて来た事にも驚いた。
だが、その言葉が理解出来ず、私はただ混乱するばかりだった。
そんな私に対して、ブロンシュ様が熱く語り掛ける。
「辛い過去があるから、人の痛みを知る事が出来る。挑戦した過去があるから、失敗する理由がわかる。その過去は、今のお主の力になっておるのじゃ」
「そうだと、しても……。それでも、私はそんな事を……!」
――決して、望んでいなかった。
その言葉を、最後まで言う事が出来なかった。
私を抱きしめるブロンシュ様が、微かに震えていると気付き。
「その過去は、必ずお主の助けになる! 大切な者を守る力となる! じゃから、決して世界を恨むな!」
「ブロンシュ、様……?」
もしかして、泣いているのだろうか?
そう頭によぎるが、それを確かめる事は出来なかった。
強く抱きしめられ、身動きとれぬ私に、最後の言葉が贈られる。
「――師匠として、最後の修行を言い渡す。『幸せになれ』、『人々を幸せにせよ』。以上じゃ……」
そう告げると、ブロンシュ様の拘束が解ける。
彼女はくるっと背を向け、私と顔を合わせようとしなかった。
何も言わず、背を向け続けるブロンシュ様。
どうやら、このまま行けと言う事らしかった。
私はそんなブロンシュ様に、頭を下げて返事を返す。
「しかと、承りました。必ずや、その修行もクリアしてみせましょう」
私の言葉に、ブロンシュ様は小さく頷く。
それ以上の反は、何も示してくれなかった。
だが、師匠の想いは確かに受け取った。
その愛に、私の心は確かに救われたのだ。
私を愛してくれる人々がいる。
私が愛する多くの人々もいる。
ならば、その為に私は世界を愛そう。
決して恨む事無く、愛する人々の想いに応えよう。
そして、私もブロンシュ様へと背を向ける。
ユースケ様とメルトの待つ、新大陸へと意識を向ける。
「――また、戻ります。自慢の弟子だと、褒めて貰う為にも」
そう言い残し、私はブロンシュ様の世界を離れた。
私達が創造する、新世界へと転移したのだ。
そこにはまだ、草木の無い大地だけが広がっていた。
何故だかメルトが、バカでかい山を創ろうとしていた。
ユースケ様は上空から大地を見下ろし唸っていた。
どうすれば、人々が暮らしやすいのかを考えているのだろう。
その光景に、私はくすりと笑みを零す。
私達三人で、新たな世界を創ると言う馬鹿げた状況を楽しく感じ。
「そう、私達で世界を創るのですね……」
この三人が、この世界を治める神なのだ。
創造神シェリル、破壊神メルトーーそして、神王ユースケ様が。
そう、私達の物語はここから始まるのである。
この世界に生まれた、新たな神としての物語が……。
――そう、私達の戦いは、これからだ! (完)
最終章が終了となります。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました!