望み
ブロンシュ様は真っ直ぐにオレを見つめる。
そして、腕を組みながら、オレへと語りだす。
「この世界の現状は把握した。人間達は、しばしワシが手を貸すとしよう」
恐らく、記録を追うと同時に、下界の様子も見ていたのだろう。
人間の街が崩壊した事を、ブロンシュ様は既に把握されているはず。
そして、ブロンシュ様は非常に心優しい神である。
困っている人々を、放っておく事が無いと断言できる。
この御方は人間にとって、本物の救いの神なのだ。
人間の後処理は、全てお任せして問題無いだろう。
そう考えるオレに、ブロンシュ様はくすりと笑った。
「それで、魔族側をどうするかじゃな。ユウスケよ、お主はどうしたい?」
「――それは……」
ブロンシュ様の瞳を見て、オレは即座に理解した。
魔王国の状況を把握し、その上でオレの判断に委ねる気なのだと。
今のオレは、ブロンシュ様と同格の権限を持つ神である。
オレが望めば、魔王国側の管理を任せるつもりがあるのだろう。
そして、それこそルシフェルだった頃のオレの望み。
今度こそ争いの無い国を目指す為、数多の世界を巡って来たのだ。
オレの母さん、『黒の竜神』ノワール様の望みでもある。
その望みを叶える為にも、オレは修行を積んで戻って来たのだ。
「……そのはず、だったのですがね」
オレはメルトとシェリルに視線を向ける。
二人は状況に付いて行けず、じっとオレを見つめるだけだった。
ただ、オレとブロンシュ様の間に流れる空気には気付いている。
オレが重大な決断を迫られていると、察してはいる様子だった。
何も言わずに見守る二人に、オレはふっと笑みを向ける。
そして、ブロンシュ様に向けて、オレの望みを口にする。
「まだ、やり残した事があります。今一度、人として生きる事を許して下さい」
そう、魔王国にはオレの帰りを待つ者達がいる。
大魔王としてのオレを必要とする者達が沢山いるのだ。
息子のソリッドだって生まれたばかり。
父親らしいことをせずに、無責任に投げ出したくはない。
更に言えば、二人との結婚式だって挙げれていないのだ。
神として生きるには、オレはまだまだ未練が多すぎるらしい。
そんな煩悩まみれのオレに、ブロンシュ様はかかっと笑う。
「うむ、許そう! 今度は未練が残らぬ様に、しっかりとその生を全うするが良い!」
驚く事も無く、即座に許可を出すブロンシュ様。
オレのこの答えすら、この御方にはお見通しだったのだろう。
満足そうに頷くと、隣に座る母さんと腕を絡ませる。
「その間に、ワシは妹のリハビリを終えておこう。勿論、人間の支援も行いながらな」
「ふぇ? ……って、もしかして、貴女は私のお姉ちゃんだったのっ⁈」
何やら母さんは、衝撃を受けた表情を浮かべていた。
ずっとそう言っていたはずなのだが、今まで理解して無かったらしい……。
ま、まあ、その辺りはブロンシュ様に任せておけば良いだろう。
生まれてずっとの付き合いなので、きっと上手くやってくれるはずだ。
オレが苦笑を浮かべていると、ブロンシュ様も苦笑交じりに告げる。
「それと、二人の修行もじゃな。時々、こちらに呼ぶので、そのつもりでいる様に」
「は、はいっ! 不束ものですが、どうぞ宜しくお願い致します!」
慌てて頭を下げるシェリル。
そんな彼女に、ブロンシュ様は優しく頷いてみせた。
しかし、メルトは眉を寄せて、首を捻っていた。
オレへと視線を向けると、不思議そうにオレへと尋ねてくる。
「何の話をしているのだ? 私は花嫁修業でもさせられるのか?」
「……まあ、似た様なものだ。詳しくは後でオレから説明しよう」
そういえば、ブロンシュ様の説明をまったく聞いて無かったな。
今の自分が、神の力を宿している事すら理解していないのだろう。
申し訳無いが、メルトの事もブロンシュ様にお任せしよう。
母さんに似たタイプなので、きっと上手くやってくれるはず……。
そして、オレの敬愛するブロンシュ様は、かかっと笑って立ち上がった。
「ひとまずは、ここまでとしよう。お主らを待つ者もおる。ワシの助けを必要とする者もおるしな」
ブロンシュ様はパチンと指を鳴らす。
すると、オレの右手のリングが輝きだした。
それと同時に感じる、力が制限された感覚。
オレの体が、人間の時と同じ状態へと戻されたみたいだ。
「今度は死ぬまで、指輪を外せぬ様にしてある。人として生きるなら、Lv99だけで十分であろう」
「はい、ご配慮ありがとう御座います。むしろ、次の人生では、戦う機会も無いと思いますしね」
ブロンシュ様が見守ってくれているのだ。
人の力で立ち向かえない脅威が訪れるはずもない。
Lv999等と言う、人外の力は必要とされる事も無い。
これからの世界は、そういう世界へ変わって行くのだから。
「では、しばしの別れじゃな。この世界に生まれた幸福を、しかと噛み締めてくるが良い」
その言葉と同時に、オレ達の体が光に包まれる。
ゆっくりと時間を掛けて、元の世界へと転移を開始した。
優しく見守るブロンシュ様と、寂しそうな瞳の母さん。
オレはそんな二人の親に対し、ゆっくりと頭を下げた……。




