歴史
ブロンシュ様による、各自の状況説明が終わった。
そして、オレ達は皆でちゃぶ台を囲む事になった。
母さんはそそくさと、皆へお茶を注いでいる。
ブロンシュ様は湯飲みに口を付け、次の話題を開始する。
「さて、次はこの世界の状況を確認しよう。何故かワシが知る世界と、些か趣が変わっておるからな」
ブロンシュ様はパチンと指を鳴らす。
すると、ちゃぶ台の隣にテレビが出現した。
ちなみに、出現したのは昭和デザインのブラウン管モデルだ。
恐らくブロンシュ様は、気遣ってちゃぶ台に合わせたのだろう。
「ノワールがこの世界を離れ、ワシも連れ戻そうと離れた。その後の歴史を皆で確認してみようかの」
特にボタンを押さずにテレビは画像を映し出す。
リモコンも存在せず、そこに拘りは無かったらしい。
なお、画面には見覚えるのある人物が映っていた。
オレがルシフェルだった頃、人間の国王を務めていた人物だ。
画面には音声が無かったが、オレは世界の記録から状況を追う。
ブロンシュ様は、記録を追えない皆に対して説明を行う。
「こやつは、ワシが世界を離れる際に、世界の管理を任せた者じゃ。神の権限をある程度使える様に、権限をツール化して渡しておいたのじゃ」
メルトとシェリルは、良くわかっていない表情だ。
まあ、この世界の住人にコンソールの概念は難しいだろう。
ブロンシュ様もそこは説明する気がないらしい。
話の本筋に関わらないなら、今は流しても問題無いだろう。
「ワシが貸し与えた権限を使い、上手く世界を維持しておるな。更に世界を良くしようと、試行錯誤もしておったようじゃ」
満足げにウンウン頷くブロンシュ様。
託した者が仕事熱心で、嬉しく感じているらしい。
ブロンシュ様にとって、人類は皆子供同然だからな。
我が子が成長する様を見えれば、嬉しくなるのも当然か。
そう思った矢先、不穏な記録が目に付いた。
「――ふむ。世界を完璧に管理する為、機械の神を生み出すか。こやつ、管理権限の複製まで行っておるな……」
彼の頭脳は本物だったのだろう。
たった一人で、前世の世界を超える科学技術を生み出している。
そして、人工知能《AI》も非常に優れた物が完成している。
一見すれば、彼の理想とする管理を行ってくれそうに見えるが……。
「――ああ、やはりか。機械の神は、独自の解釈を始めよった。人類より世界の安定を選んでしまったか……」
そして、画面に映るのは『巨神兵』による世界の蹂躙。
入念な準備により、王の権限は機械神に封じられていた。
何も出来ぬまま、世界の文明は大半が滅んでしまう。
全てが終わった後に、彼は絶望して泣き崩れてしまった。
「人の身であれば、仕方の無いこと……。一度の失敗で――って、こやつ辞表書いておるんじゃが……⁈」
世界の記録に、彼の辞表が刻まれていた。
世界を滅ぼした罪を償う為、死んでお詫びをしますとあった。
更には後任は、当時の助手に任せると書かれている。
任された助手は、さぞ困ったであろうと想像出来る……。
「嘘じゃろ……。ワシが信じて、後を頼んだのに……。こんな簡単に心が折れるなど……」
ブロンシュ様は呆然と画面を見つめていた。
信じていた子供だけに、そのショックは大きかったみたいだ。
だが、テレビは無情にも映像を流し続ける。
そこには、彼が後を託した助手の姿が映し出されていた。
「……って、こやつ、やたらやる気に溢れておるな。何やら、色々と始めておるが……」
崩壊した世界に対し、立て直してみせると張り切っていた。
どうやらこの助手は、権力を手に入れた事に興奮している様子だった。
かつて、人々を守っていた『巨神兵』は彼が全て回収していた。
機械神が眠りに付く際に、一体だけ地下に隠した存在には気付かず……。
そして、荒れ果てた世界で、人類は途方に暮れていた。
そんな彼等に対し、彼は自らの生み出した秘薬を人々に配り始める。
「……なんじゃこれ? 『超神水』じゃと? 潜在能力を強制的に目覚めせさる効果?」
人体には普段使われない能力が眠っている。
火事場のクソ力と言って、いざという時にだけ使える奴だ。
そして、本来それは、人体を守る為に制限されているのだ。
使い続ければ、体が壊れるから使えなくしているのである。
「魔物には勝てるが、危険すぎじゃろ……。体が耐えきれず、半数が死んでおる……」
彼等を守る『巨神兵』は消え、防壁となる街も滅んでしまった。
魔物への対策は、当時の彼等にとっての死活問題だった。
とはいえ、その対策がこれはどうなんだ?
この劇薬を実用化するには、実験が足りなさすぎだ……。
「……ふむ、次は『神酒ソーマ』か? 超回復能力により、体の崩壊を防いでおるな」
どうやら、『神酒ソーマ』は『超神水』の為に生み出されたらしい。
その副作用を抑える為に、セットで飲む事を前提にしていたみたいだ。
ブロンシュ様は難しい表情で画面を見つめる。
記録を追いながら、その顔を徐々に顰めて行く。
「強化された者達が、国を興し始めたの。守って欲しければ、オレに従えか……」
新たな管理者は、深く熟考するタイプでは無かったらしい。
思い付きで行動し、後から慌てて対処を行っている。
テレビの画面内では、小国同士が戦争を始めだした。
それぞれの国が、相手の領土を飲み込もうと戦いを繰り返していた。
人類はこれにより、更に疲弊していく事になる。
魔物の脅威よりも、人類同士の争いによって……。
「――って、こやつ何やっておるっ⁈ 洪水起こして、全て洗い流しおった……!」
これにはオレも唖然となる。
どうにもならず、癇癪起こしてリセットとは……。
そして、キレた管理者は責任を放り出した。
洪水を止めてくれと嘆願に来た、どこぞの村長に権限を丸投げした。
「……いや、いやいやいや! 何なんじゃ、アレ! アレは流石にダメじゃろう!」
責任を投げ出した助手は、即座に村長から処刑された。
神の権威は失墜し、村長は洪水で沈んだ世界をただ見つめていた。
そして、海に水が流れ行き、生き残った人々は自らの足で立ち上がる。
神に頼る事を諦め、人類はそれぞれに自力で歩き始めたのだ……。
「……この村長もダメじゃな。心が完全に死んでおる。世界を良くする気がまるでない」
それも仕方が無い事だろう。
傍若無人な神の代理人が、世界を洪水で沈めたのだ。
その代わりに、自分が頑張ろう等と思える訳が無かった。
彼はただ、緩やかに変わる世界を眺め続けるだけだった……。
「……ん? 何やら村長に動きがあるのう。――って、ノワールの魂が流れて来た?」
キラキラ輝く眩い魂が、彼の前に流れて来た。
彼はそれを涙ながらに見つめ、そっとその手で捉えた。
そして、残された権限で魂を目覚めさせる。
その目覚めた人こそが、『中野 まさこ』の記憶を持つ母さんだった。
「村長はノワールが神と気付いておった。しかし、当の本人は自覚が無かったと……」
その映像を見つめ、ブロンシュ様は頭を抱える。
どうも、村長と母さんの間に、悲しいすれ違いあったみたいだ。
とうとう、本物の神が世界を救ってくれると信じていた。
しかし、母さんは自分が唯の人間だと思い込んでいた。
結果、母さんの過ごした三十年以上、世界は変わる事が無かった。
オレがやって来て、色々と事態が動くまでは……。
「まあ、状況は理解した。後はこれから、どうして行くかじゃな……」
そして、ブロンシュ様は大きく息を吐き、オレの事をすっと見つめた。




