白の竜神
オレ達は母さんの待つ、雲の上へと転移した。
そして、そこで想定外の場面に出くわす。
「この大馬鹿者が! お主のせいで、どれ程の迷惑を……!」
「え、え? 貴女だれ? どうして私、怒られてるの……?!」
母さんが正座をさせられ、誰かに説教を受けていた。
状況はわからないが、母さんもわかっていないらしい。
そして、オレは説教を行う人物を確認する。
長い髪を持つ、真っ白なその女性の背に、オレは思わず声を漏らす。
「――ブロンシュ様?」
声を掛けた事で、オレの存在に気付いたらしい。
彼女は振り向き、オレに対して笑顔を見せる。
その女性は、非常にメルトと良く似ていた。
角も羽も尻尾も、髪の色さえ真逆の白色ではあったが。
「おお、ルシフェルか。どうやら、お主も無事に戻ったようじゃな」
その名を聞き、オレの中で眠った記憶が弾けた。
過去に経験した、数多の記憶が蘇って来たのだ。
幾多の人生を繰り返した。
幾多の苦痛を繰り返した。
この御方の編んだ術により、オレは魂の修行を繰り返して来た。
全ては修行を終えて、この御方の元へと戻る為に……。
「……そうだ。オレはルシフェル。この世界で、初めて魔王となった悪魔」
「ふむ? まだ、記憶が整理しきれておらぬか? 無理はせんで良いぞ?」
オレに対して、優しい眼差しを向けてくれる。
オレのもう一人の母とも言える、『白の竜神』ブロンシュ様が……。
その事に感動を覚えつつ、オレはゆっくり首を振る。
そして、オレはその場で膝を付き、ブロンシュ様に頭を下げる。
「いえ、問題御座いません。記憶は先程、無事に戻っております」
「ふふっ、その様に跪くでない! 今やお主も神なのだからな!」
ブロンシュ様の言葉により、オレはその場で立ち上がる。
そして、自らの感覚を確かめて、その言葉に納得する。
九十九の転生を繰り返し、あらゆる苦しみを魂に刻む。
最後の人生で大いなる愛を受け、満足行く人生で終える。
これにより、オレの魂は修行を終えた。
善神として、新たな存在へと昇格したのである。
ブロンシュ様の秘術の成果に、オレは大いに満足する。
やはり、この方こそが人々を導く最高の神だと言える。
「魂の修行は成功したのですね。確かにこの身は、神の力を宿しています」
「我が秘術ぞ――と言いたい所じゃが、この馬鹿のせいで危うかったのだ」
ブロンシュ様がギロッと足元の存在を睨み付ける。
睨まれた神の代理人――もう一人の母さんは、ビクリと震える。
ブロンシュ様が怒る理由はわからない。
しかし、最後に愛を与えてくれた母を、オレは守らずにいられなかった。
「お待ちください、ブロンシュ様。この方は、私に愛を教えてくれたもう一人の母なのです」
「ゆう君……?」
間に割って入り、背中に母さんを隠すオレ。
母さんは不安そうに、オレの名を小さく呟いた。
しかし、そんなオレの姿に、ブロンシュ様が目を丸くする。
そして、おかしそうに腹を抱えて笑い出した。
「な、なんじゃお主! まだ、こやつの正体に気付いておらぬのか? くくっ、これは腹が痛い!」
「母さんの正体ですって?」
何を言われているのかわからず、オレは混乱してしまう。
それすらおかしそうに、ブロンシュ様は笑い続ける。
そして、目に涙を溜めながら、左手の指をパチンと弾いた。
「ほれ? これで、お主にも理解出来るじゃろ?」
「はわわっ! え、これ、どうなってんの……?!」
背後で慌てた声が上がる。
何事かと振り向き、オレはその姿に唖然とする。
母さんの頭に、二本の黒い角が生えていた。
背中には黒い羽、お尻には黒い尻尾も生えている。
その姿はまるで、竜人族の特徴……。
――いや、この姿はまさか……!
「そう、こやつは『黒の竜神』ノワール。……ただし、この馬鹿者は、どこかで記憶を無くした様じゃがな」
「え、どういうこと? 『黒の竜神』ってなに! どうして、私がメルトちゃんみたいに……⁈」
余りに衝撃的な展開に、オレは思わず頭を抱える。
まさか、もう一人の母さんと思ったら、正体は本物の母さんだった。
しかも、記憶を無くしているとは、どういう事なのだ?
そもそも、どうしてオレの前世に、母さんが存在している?
混乱するオレに対し、ブロンシュ様が説明してくれた。
「お主の修行が心配じゃと、こやつ追い掛けて行きおったのじゃ。しかも、ワシが止めると思うて、全力で足取りを消しながらな……。お陰で修業終了まで、お主ら二人に追いつけんかった。長らくこの世界を、空ける事になってしもうた……」
「この世界に、神が不在だった理由って……」
まさかの、母さんがオレを追い掛けたから?
その母さんを連れ戻そうと、ブロンシュ様まで追いかけたから?
そのせいで、二人の神が姿を消す事になった。
それにより、この世界は混乱で満ちてしまったのか……。
オレは再び頭を抱える。
神になりたいという、オレの願いが世界を歪めたのだ。
母さんがオレを溺愛しているのは知っていた。
そんな母さんに心配させぬ為、オレは神になる事を願ったのに……。
「ワシもこやつの親馬鹿を侮っておった。子と番になり、数多の子を産む時点で予想すべきじゃった。これはワシの落ち度でもある……」
見ればブロンシュ様も頭を抱えていた。
そして、疲れた表情で、白い眼を母さんに向けていた。
状況がわからず、オロオロとしている母さん。
そんな様子を見つめるオレ達に、ふっと声が掛けられた。
「な、なあ、ユウスケ……。これは、どういう事なのだ? お前は、ユウスケで良いのだよな?」
声の方へ視線を向けると、不安げなメルトの姿があった。
オレ達を交互に見つめ、泣きそうな表情を浮かべていた。
そこでオレは思い出した。
大切な事を、伝え忘れていた事に……。
「――ブロンシュ様。お伝えすべき事が御座います」
「なんじゃ? その様に畏まった表情を浮かべて?」
姿勢を正すオレに、ブロンシュ様は怪訝そうな視線を向ける。
だが、オレが何を言う気か、興味深そうな眼差しでもあった。
オレはメルトの隣へと移動する。
そして、彼女の腰を抱き寄せて、ブロンシュ様へと宣言する。
「今のオレは、ルシフェルではありません。オレはこの先、ユウスケとして生きると決めました」
「ほう、なるほどな……」
ブロンシュ様は面白そうに何度も頷く。
オレとメルトを見つめ、楽しそうにかかっと笑う。
「うむ、良き哉! お主は親離れしておる様で、ワシとしては安心した!」
満足そうに笑うブロンシュ様。
その様子を良くわからずに見つめる母さん。
そして、メルトは徐にオレを強く抱きしめた。
オレが抱きしめ返すと、ほっとした様に嬉しそうに笑みを浮かべた。




