幸せ
メルトの夢に介入する事で、無事に救い出す事が出来た。
彼女の体から、竜神の力がポロポロと零れ落ちて行く。
全身を覆う黒い鱗は、幻の如くふわりと消えた。
爪も牙も全て消え去り、中から元のメルトが現れたのだ。
オレはメルトを優しく抱きしめる。
彼女の存在を確かめる為に、互いの頬を擦り合わせる。
すると、メルトはふっと顔を動かした。
状況を確認した後に、オレに対して問い掛けて来る。
「……ここはどこだ? そして、どうして私は裸なのだ?」
どうやら、先程までの記憶は無いみたいだ。
意識を世界と切り離していたので、それは仕方が無いだろう。
しかし、どうして裸なのかは、オレに聞かれても困る。
メルトが気合を込めたら、服が弾け飛んだのだろうか?
何と答えるか困るオレに、メルトはジトっとオレを睨む。
「まさか、ご無沙汰だからと、人目の無い場所に連れ出して……」
「ば、馬鹿な事を言うな! オレが人目を気にすると思うのか!」
オレの反論に、メルトは成程と納得した表情を見せる。
どうやら、あらぬ疑いは掛けられずに済んだみたいだ。
オレはホッとすると同時に、不安になって確認をする。
「メルトはどこまで覚えている? その、夢から目覚める前の事だが……」
人間を滅ぼそうとしたのは、メルトの本意では無いだろう。
しかし、その結論を出したと知れば、きっと彼女はショックを受ける。
ここまで一緒に平和を目指して来たのだ。
理由はあれど、それを全否定する決断を下したのだから……。
しかし、オレの心配は杞憂らしく、メルトは不思議そうに顔をしかめる。
「うーん、ソリッドと昼寝をしていたか? 楽しい夢を見ていた気はするが……」
「そうか、それなら良いのだ……」
覚えていないなら、その方が良いのだろう。
先程までの出来事は、全て夢だったという事にしよう。
幸いな事に、今回の件は何処にも被害が出ていない。
誰の迷惑にもならないなら、全てオレの内に納めるべきだ。
オレはメルトをギュッと抱きしめる。
すると、彼女はおかしそうに笑い、オレを抱きしめ返して来た。
「どうした、ユウスケ? 随分と幸せそうな表情を浮かべているが?」
「……そうなのか? オレは、幸せそうな表情を浮かべていたのか?」
オレは驚いてメルトを見つめる。
すると、彼女はぷっと吹き出し、オレを見つめ返した。
「ははっ、気付いていなかったのか! 今までで一番、幸せそうな表情だったぞ!」
「そう、なのか……。いや、そうなのだろうな。オレは今、最高に幸せなんだな!」
我が事ながらに、指摘されて初めて気付く。
今のオレは、最高に幸せを感じているのだと。
メルトを無事に救い出せた。
そして、元の平和な生活へと戻る事が出来るのだ。
オレにとって、当たり前となった今の暮らし。
それがどれ程幸せか、オレはようやく理解したのだ。
「はははっ! ありがとう、メルト! お前のお陰で、オレは最高に幸せなんだ!」
「――ちょっ⁈ やめろ、ユウスケ! そんな事を言われたら、恥ずかしいだろ!」
顔を真っ赤にして、オレを睨み付けるメルト。
しかし、今のオレはそんな表情すら愛おしく感じる。
オレが気にせず抱きしめると、照れ隠しでメルトが怒鳴る。
「いい加減にしろ! それと、私は裸なんだぞ! いくら私でも、流石に寒いぞ!」
「――む? そういえば、そうだったな……」
ここは遥か上空で、地上よりもヒンヤリする温度である。
流石に裸のままでは、メルトであっても風邪を引く。
なので、オレはいつものドレス姿をイメージする。
そして、神の権限を用いて、メルトにドレスを纏わせた。
「……は? い、今のは一体……」
そういえば、先程までの記憶が無いんだったな。
メルトも同じ事が出来ると思うが、今は自覚が無いのだろう。
なので、オレは端的に説明を行う。
「一時的に、女神マサーコ様の力を借りている。そして、返す必要があるので一緒に行くか?」
「な、何だって! わ、わわ、私も女神マサーコ様に、お会いする事が出来ると言うのかっ⁈」
アワアワと慌てふためくメルト。
唐突な誘いに、彼女はパニックを起こしていた。
しかし、オレは女神マサーコ様――いや、母さんと約束した。
片が付いたら、メルトを連れて母さんの元へと戻るとな。
「ああ、それと女神マサーコ様は、オレの母さんだった。ついでに挨拶もしておくと良い」
「お前は一体、何を言っているのだっ! さっぱり、状況に付いて行けないのだが……?!」
パニックに拍車が掛かり、涙目となるメルト。
彼女には悪いが、そんな姿も可愛いなと笑みが零れる。
そして、余り待たせては悪いだろうと考える。
オレ達を待っているだろう、母さんの元へとオレは転移した。




