慟哭
地上が霞んで見える、遥か上空を羽ばたくメルト。
オレはその眼前に浮かびながら、彼女と対峙していた。
天に向かって、悲しき咆哮を続ける黒の竜神。
その痛ましき姿に、オレは思わず手を握りしめる。
かつてのオレは、メルトに誓ったのだ。
その笑顔を永遠にしてみせると……。
――なのに、この有り様はどうだ?
オレの死により、最愛の人を嘆き悲しませてしまった。
オレは胸の痛みに耐えながら、メルトに向かって声を掛ける。
「済まなかった、メルト! オレのせいで、悲しい思いをさせてしまった!」
「ギャアアアァァァ……! ギャアアアァァァ……!」
大声を張り上げるが、メルトはオレに気付かない。
悲しき咆哮により、オレの声をかき消していた。
ならばとオレは、メルトの眼前へと飛翔する。
彼女の目の前で、再び彼女へと呼びかける。
「オレならここにいる! オレの事がわかるかっ⁈」
「――ギャアアッ……⁈」
メルトの瞳にオレが映る。
ようやく、オレの存在に気付いたらしい。
しかし、安堵しかけたオレは異変に気付く。
メルトの真っ赤な瞳に、怒りの色が滲み出た為だ。
「人間……! 人間ハ、殺ス……!」
「なっ……?!」
ノータイムで吐き出される炎のブレス。
その火力は、テラフレアにも匹敵する威力であった。
オレは慌てながらも、辛うじて虚空への扉を開く。
開かれた扉から、虚無の空間へと炎は飲み込まれていった。
神の力を貰っていなければ、一瞬で終わっていた。
そう考えるとゾッとする……。
更に放たれるブレスも虚空へ消し、オレはゆっくり距離を取る。
そして、メルトの状態を改めて確認してみた。
「やはり……。力に意識が飲まれているのか……」
強大な竜神の力により、ドラゴンへと姿を変えたメルト。
その意識と魂は、巨大な力にくるまれて繭の様になっていた。
その中で眠るメルトは、外の世界を認識していない。
心を閉ざした彼女は、世界との繋がりを拒否しているのだ。
「まさか、オレの嫁が引き籠りになるとはな……」
目の前の存在は、メルトであってメルトでは無い。
怒りと悲しみで動く、荒ぶる竜神でしかないのだ。
メルトと会話するにも、まずは彼女を止める必要がある。
竜神の力を振るう彼女を、オレは力で押さえ付けねばならない。
そう決意するオレに、メルトが不意に動きを見せた。
両腕と羽を真っ直ぐ伸ばし、オレに向かってこう告げた。
「バースト・フレア」
「――なあっ……?!」
360度の全方向に、小さな火球が生み出された。
そして、逃げ場を塞ぐその攻撃が、即座にオレへと降り注ぐ。
しかし、オレは瞬間移動でメルトの背後へ飛ぶ。
空間を移動する事で、全方位の爆炎からギリギリ逃れた。
「ソコカッ……!」
振り向きざまに、メルトはブレスをオレへと放つ。
テラフレア級の火力を、時差を付けての三連射である。
再び虚空の門を開き、そのブレスを飲み込ませる。
すると、息を付く間もなく、メルトが背後に転移した。
「流石だ、メルトっ! 怒ってる割りに、冷静じゃないか!」
闇の衣を身に纏い、振り下ろされる爪を何とか防ぐ。
弾かれた勢いで距離を取りつつ、メルトの様子を観察する。
その瞳には、変わらず怒りが宿っている。
しかし、オレの事を強敵と認識し、冷静に隙を伺っているのだ。
今も隙を付こうと、背後に火球を生み出して来た。
オレは振り向く事無く、その火球も虚空へと飲み込ませる。
「実力は五分……。いや、そうでもないか……?」
戦闘のセンスは、メルトの方が上だと思われた。
あの様に隙を付く攻撃を、オレは上手く出来ないしな。
――だが、それは勝敗を決する要因にならない。
オレは状況を冷静に分析し、オレに分があると理解する。
戦闘でオレを倒そうとするメルトでは、決して勝つことが出来ないのだ。
「悪いな、メルト。今はお前と遊んでやれんのだ」
なまじ、魔王として歴戦の経験があった為なのだろう。
より強い力で捻じ伏せる事が、相手に勝つ条件だと勘違いしている。
これがシェリルであれば、オレは決して勝てなかっただろう。
同じ神の権限を用い、負けを認めされる自信がないからな……。
「もっと自分が、何を出来るか考えるべきだったな」
オレが微笑みかけるが、メルトはそれに反応を返さない。
だが、オレの隙を付こうと、再びオレの背後へ転移して来た。
オレがゆっくり振り返ると、メルトの両手がオレを掴む。
全身を握りしめた状態で、口を開いてブレスを放とうとする。
――だが、未来を予知したオレは、冷静に魔法を発動させた。
「ハッピー・ナイトメア」
かつて、夢魔族の魔王が生み出した魔法。
その人が過去に経験した、もっとも楽しい夢を見せる魔法。
その魔法にかかったメルトは、起きながら夢の世界へと落ちて行った。




