覚醒(シェリル視点)
メルトの様子見を見に、お休み中の寝室を尋ねます。
そっと扉を開くと、窓際に立つ彼女の姿を発見しました。
「ああ、起きていらしたのですね。少しは寝不足も解消しましたか?」
私は寝室に踏み込みつつ、メルトへと問い掛けます。
しかし、彼女は返事を返さず、ただ窓の外を眺めています。
その事に眉を寄せつつ、私はメルトの隣へと向かいます。
ベッドのソリッドはスヤスヤ眠り、今ならゆっくり話も出来そうです。
窓際まで辿り着き、メルトの横顔をそっと覗く。
すると、滅多に見る事が無い、険しい表情で遠くを睨みつけていた。
「メルト、どうしたのですか?」
再び問い掛けるが、やはりメルトは返事を返さない。
ふざけている様子は無く、鬼気迫るその表情に私は胸騒ぎを覚える。
そして、どうしたものかと悩んでいると、不意に変化が訪れます。
私の胸に、針で刺した様な痛みが走ったのです。
「――っ……! 今の痛みは一体……?」
胸を抑えるが、既に痛みは感じなかった。
代わりに何故か、胸に穴が空いた様な感覚が残った。
その言い知れぬ不安に、私は居ても立ってもいられなくなる。
しかし、それ以上の驚きにより、私は我が目を疑ってしまう。
「メ、メルト……?」
メルトの瞳から涙が溢れていた。
口をわななかせ、声にならない泣き声を漏らしていた。
始めて見る、その悲しみと絶望を孕んだ表情。
戸惑う私に対して、ゆっくりメルトが顔を向けた。
「ユウスケが……。ユウスケが、死んだ……」
「え……?」
その唐突な言葉に、私は思わず納得してしまった。
この胸を通り抜けた痛みと、残された悲しみの正体を理解したのだ。
本来ならば、あり得ないと否定すべき状況。
なのに、何故だか私の魂は、それが真実だと肯定しているのだ。
引き裂かれんばかりの魂の痛み。
激しくなる動悸に、私は自らの体を抱きかかえる。
しかし、目の前の光景に、それすら忘れて目を見開く。
「あ、ああ……。こんなの、あんまりだ……。ユウスケが居ない世界なんて……」
爛々と目を輝かせ、とめどなく溢れる涙が頬を伝う。
メルトは自らの頭を両手で掴み、その悲しみを言葉と供に吐き出した。
「誰より平和を望んだのに……。もうすぐだって思ったのに……。――ユウスケが居なければ、意味が無いだろうが!」
「メ、メルト……?!」
その変化は唐突にやって来た。
メルトが自らの理性を吹き飛ばしたのと同時にだ。
「あ、あぁぁ……! アアアァァァ……!」
白い肌は、黒い鱗がびっしりと生えて隠れてしまう。
頭を掴む手は、爪が伸びて鍵爪の形状へと変化する。
口は大きく裂け、その中には鋭い歯が伸びだした。
理性を失ったその顔は、既に人の物では無くなっていた。
「まさか、ドラゴンに……?」
メキメキと音を立て、その体が膨張を続けていた。
既にリオンすら超える巨体となり、メルトは右手を振り上げる。
――ゴウッ……!!!
黒い鍵爪が壁に触れ、巨大な穴を空けてしまう。
その穴に向かって、メルトはふわっと体を投げ出す。
「駄目っ……! メルト……?!」
肥大化と共にドレスは引き裂かれ、全身は黒い鱗だけで覆われていた。
そして、背中の羽も大きく広がり、すぐにその身を上空へと飛翔させた。
高速で飛び立つ真っ黒なドラゴン。
空に消えゆくその背中に、私は何もする事が出来なかった。
その場にへたり込み、ただメルトの消えた空を見つめる。
ユウスケ様も、メルトも、私は救う事が出来なかった……。
そして、無力感に俯くと、部屋に誰かが飛び込んで来た。
「シェリル様、今のはまさか……!」
やって来たのはディアブロでした。
何故だか彼は、白い仮面の下で大量の涙を流していました。
なお、大魔王様が城を出る際に、呼び戻したとは聞いています。
ディアブロからしたら、城への帰還直後の出来事なのでしょう。
ディアブロは壁際までやって来て、空へと視線を向けました。
そして、その場で膝を付き、胸を抱く様に両腕を交差させます。
「間違いない……。この気配は『黒の竜神』様のもの……。やはり、我等の元に帰って来られたのだ!」
「え……?」
仮面の下から覗く口元。
そこには涙ながらに、最大級の歓喜が浮かんでいた。
空を見つめ、何やら勘違いをしているディアブロ。
しかし、彼の言葉により、メルトに起きた変化のヒントは得られた。
「『黒の竜神』の血に目覚めた……。真の覚醒を果したのですね……?」
先祖返りや、原始回帰とでも言えば良いのだろうか?
強い感情の揺さぶりにより、眠っていた力が目覚めたのだ。
しかも、魔族の性質とも言える、本能に呑まれてしまっている。
今のメルトは荒れ狂う感情のままに、行動を起こそうとしているはずだ。
「どうすれば、良いのですか……?」
メルトはその力で、何をしようとするのだろうか?
ユウスケ様を探し回り、見つけられなかったその先に……。
最悪の未来が脳裏に過る。
しかし、その時に私では、止める手立てが何も無かった。
「ユウスケ様が、居て下されば……」
その馬鹿な言葉に、私は唇を強く噛む。
縋る事しか出来ない、我が身の愚かさを呪いながら。
そして、拳を握りしめ、私はゆっくりと立ち上がる。
何も出来ないかもしれないが、何もしない訳にはいかない。
私は深く息を吐き、ゆっくり覚悟を決めて行く。
残された者として、せめて最後まで足掻いてみせようと……。
第十四章が終了となります。
面白いと思って頂けましたら、ブクマ・ポイント評価をお願いします。
作者にとって、大変励みになりますので!




