メルトダウン
真っ赤な瞳でオレを見上げる『巨神兵』。
唐突にその口より、大きな音が鳴り響く。
『エマージェンシー! エマージェンシー! アンチ・マジック・フィールドを要請!』
「む……?」
その要請に応じるかの様に、王都方向で何かが光る。
オレは慌てて振り向くと、何かが射出されて来たのが確認出来た。
それは、一見するとミサイルに見えた。
そして、オレと『巨神兵』から離れた地点に墜落する。
「何だ……?」
落下物は全部で四つ。
それらは、オレと『巨神兵』を囲む様に一定距離を取っている。
もしやとオレが思っていると、その落下物はチカチカと点滅する。
それと同時に、強力な電磁波の様な物を撒き散らし始めた。
「うおっ……⁈」
デビルウィングの制御が乱れ、オレは慌てて姿勢制御を行う。
飛べない訳では無いが、魔法的な補助が消えた事が感じられた。
恐らく、スキルと呼ばれる体術的な能力は利用可能。
しかし、魔法と呼ばれる超常現象は利用不可となっているのだろう。
状況を冷静に判断しつつ、オレは内心で焦りを覚える。
あの落下物により、オレの手札の半分が失われた為である。
その様な状況の中、『巨神兵』が更なる行動に移る。
『人類の脅威を排除する』
『巨神兵』はオレに対し、その両手を真っ直ぐ向ける。
そして、掌が裂けて、そこから真っ白な煙が噴出された。
「ちっ……!」
魔法が使えれば、簡単に吹き飛ばす事も出来たのだろう。
しかし、周囲一帯を覆う煙を、都合良く吹き飛ばすスキルは無かった。
毒ガスなどの類であれば不味いと考える。
そして、オレは咄嗟に右へと旋回して、その煙を回避しようとした。
――が、そこには先回りする様に、金属の網が待ち構えていた。
「くっ……。だが、この程度であれば……!」
カラミティエンドを使えば切断可能。
そう思った瞬間、投捉えられたオレは、ぐんっと力強く引き寄せられる。
そして、翼も使えず抵抗出来ぬまま、オレは『巨神兵』の手に握られてしまう。
幸いな事に『闇の衣』の効果もあって、握りつぶされる事は無かったのだが……。
だが、それで『巨神兵』の攻撃は終わりでは無かった。
指の隙間から見えた光景は、オレを胸に抱き抱えようとする様子であった。
「何をする気だ……?」
巨体に抱き抱えられ、オレの視界が闇に閉ざされる。
身動きできずに戸惑うオレの周囲に、『巨神兵』の警告が鳴り響く。
『警告! 警告! これより『炉心溶融』を開始する! 退避可能な者は至急避難を!』
「炉心……溶融……?」
その言葉にオレは、思わずポカンと口を開く。
とっさに思い浮かんだのは、あの事故である……。
――チェルノブイリ原子力発電所事故。
過去に発生した、原子炉の重大事故である。
溶けた原子炉から放射性物質が撒き散らされ、周囲に多大な影響を与えたと言う。
何故だか『巨神兵』は、その『炉心溶融』を開始すると言う。
それはもしかしなくても、自爆という奴だろうか?
……いや、『炉心溶融』は爆発では無いな。
というか、もしや『巨神兵』の動力は原子炉だったのか?
「――等と言ってる場合かっ……!」
恐らくは、オレの頭上に原子炉が存在している。
それが超高温で溶け出し、オレの頭上から降り注いでくるのだ。
まず間違いなく、オレは骨まで溶けてしまうだろう。
それ以前に、途中経過の段階で、高温で蒸し焼きにされてしまう。
オレは慌てて脱出を試みる。
手持ちのスキルを全て試すが、傷は付いても抜け出すには至らない。
そもそもが、質量差が圧倒的過ぎるのだ。
どれ程の鋼を抉ろうとも、『巨神兵』にはかすり傷でしかないのだ。
――取れる手立てが残されていない。
その事実に到達し、オレの頭は真っ白になる。
死の恐怖に慄くオレに、ふっとあの声が耳へと届く。
『――君! ゆう君、聞こえるっ……?!』
「こ、この声は……。女神マサーコ様!」
まさに、救いの神が現れた。
薄れゆく死の恐怖に、オレの全身から力が抜けて行く。
……しかし、続く言葉は、オレの想定とは異なっていた。
『ゆう君、ごめんなさい……。機械神の邪魔で、ゆう君の事を助けられない……。私の力では、どうにも出来ないの……!』
「そんな……。嘘、ですよね……?」
助かると思った。
女神マサーコ様なら、救ってくれると信じていた。
その期待が裏切られ、オレの胸に絶望が訪れる。
再び恐怖が沸き上がるオレに、女神マサーコ様の擦れ声が届く。
『私に出来る事は、その子を地下へと落とす事だけ……。ゆう君が集めた信仰心で、大地と一緒に沈めているの……』
「なぜ……その様な事を……?」
女神マサーコ様の言ってる言葉がわからない。
その行動の意味も、まったく理解出来なかった。
そんな事をしても、オレは決して助からない。
なのにその行動に、何の意味があるというのだろうか?
『そのままにすると、この大地が死んじゃうの……。大陸全土が放射線で汚染されちゃう……。だから、その子を星の奥底に、沈めないといけないの……』
「……ああ、そういう事か」
女神マサーコ様は、この世界の管理者である。
その務めを果す為に、自分の成すべき事をしているのだ。
不思議とオレの気持ちが落ち着いて行く。
裏切られた訳では無く、そもそもこれは仕事だったのだと。
オレは女神マサーコ様に何を期待していたのだ?
以前の人生で、嫌と言う程裏切りに会ったと言うのに……。
せめてそれが、悪意ある裏切りで無くて良かった。
そう納得するオレの耳に、悲し気な泣き声が届いて来た。
『ひっく……ごめんなさい……。いつも、肝心な時に……ぐすっ……。助けられなくて……』
「え……?」
女神マサーコ様が泣いている?
その状況に、オレの頭がパニックを起こす。
どうして、女神マサーコ様が泣く必要があるのだ?
オレ等は所詮、ただ拾っただけの他人だと言うのに……。
『いつも、失敗ばかりで……。ぐすっ……ダメなママで、ごめんなさい……』
「何を……言って……?」
出会ってすぐの頃、確かに疑念を抱いた事はあった。
女神マサーコ様が、母の『中野 まさこ』では無いかと。
しかし、それは本人の口から否定された。
そして、オレ自身もあり得ない事だと納得したのだ。
……だが、実はそうでは無かったのか?
『助けになりたかった……。ひっく……今度こそはって、思ったのに……』
「それでは……。まさか、女神マサーコ様は……?!」
天涯孤独で、いつも一人の人生だと思っていた。
誰からも愛される事無く、苦しみの中で果てる人生なのだと……。
しかし、それはオレの思い込みでしかなかった。
オレの母はオレを愛し、いつでもオレを見守っていたのだ!
『ゆう君、愛してるよ……。今度は絶対、助けてみせるから……』
感じ始める、燃える様な暑さに痛み。
肌が焦げる、嫌な臭いも漂って来た。
恐らく、オレの生命は間もなく尽きる。
しかし、既に今のオレは、死の恐怖など感じていなかった。
母からの愛に、オレは思わず涙を流す。
そして、その愛に安らぎを感じながら、オレの命はゆっくり燃え尽きた……。




