滅び
国境に存在する、元人族の前線基地。
そこは現在、ゼル指令官が治める拠点となっている。
当然の事ながら、ここは魔王国の支配地である。
今の前線基地内には、オレの配下に入った者しか存在していない。
オレはその前線基地へと到着し、ゼル指令官へと面会を求める。
あちらも準備は出来ており、オレはすぐに作戦室へ案内された。
全身、黒の鎧に身を包むオレ。
そんなオレに、目を見開いてゼル指令官が頭を垂れる。
「だ、大魔王様、ご足労頂きありがとう御座います!」
「ああ、挨拶はよい。それより急ぎ状況の説明を頼む」
オレは勧められた椅子に腰かけ、ゼル指令官へと命ずる。
隣にリオンが座るのを確認し、彼は小さく頷いた。
「概要は聞いていると思いますが、王都が既に滅びました。そして、人族の領地が滅びに向かっています」
「その辺りはリオンからも聞いたが、何が起きているというのだ? どうしたら、その様な状況になる?」
リオンの説明は要領を得ない物だった。
巨大な何かが、人間の領地を襲っている事しかわからなかったのだ。
しかし、それはリオンが悪い訳ではなさそうだった。
人間の領地より走った伝令が、詳しい状況を伝えられずに息絶えたのだ。
そして、リオンが魔王城へ向かう間、ゼル指令官が情報を集めたはず。
オレとしては、その情報をもっとも求めているのである。
そんなオレの意図を察し、ゼル指令官は結論を口にする。
「王族が『巨神兵』を復活させました。王城の地下に、封印されていると噂はあったのです……」
「待て待て、『巨神兵』だと? たしか、童話にもなっている、文明を破壊する存在だったか?」
そして、オレのアイテムボックスにも99個眠っている。
まあ、これについては、今は言うべき事ではないだろうが。
ゼル指令官は、オレが知っていた事に軽く驚きを示す。
そして、頷きながらオレ達へと説明を続ける。
「はい、その『巨神兵』です。童話にもある姿で、人間の領地を荒らしまわっています。桁違いの能力の為、騎士団は手も足も出せずに全滅だそうです」
「おいおい、本気で言ってんのか? 機械の神っていう、物語の中の存在じゃねえのか?」
リオンは胡散臭気な表情を浮かべている。
マーサさんもそうだったが、実在は信じられていないらしい。
しかし、ゼル指令官は静かに首を振る。
そして、真剣な眼差しをオレへと向ける。
「ハイエルフである長老は、千年の時を生きています。その長老から、機械の神を見たと聞いております。恐らく童話は、史実を元にして作られたのではないかと……」
「ああ、それは知っている。シェリルの実家にも、大厄災の記録が残ってるそうだからな」
オレの返事に、二人はギョッとした表情を浮かべる。
二人は互いに顔を見合わせ、それから大きく頷いた。
「大魔王の旦那が言うならマジなんでしょう。それじゃあ、実在する前提で動くとしやしょう」
「ええ、そうすべきだと思います。とはいえ、『巨神兵』を止める手立ては限られていますが」
二人の視線がオレへと向く。
やはりと言うべきか、頼りはオレだけと言う事みたいだ。
まあ、騎士団が手出し出来ずに滅んだと言うしな。
指輪を外したオレでしか、対峙する事も出来ないのだろう。
「まずは、実際に実物を見てみん事にはな。オレでも相手出来るかはわからんぞ?」
「ええ、それで問題無いでしょう。ご判断の為にも、現地へ赴いて頂けませんか?」
それは当然の流れだろう。
オレが現地に赴かねば、何も話は動かせない。
なので、それは前提で良いとして、他に考えるべき事はないだろうか?
「……そうだな。生存者はどうなっている? 救える命は救うべきだろう?」
「それはエルフ族、ホビット族が救出し、不死族の領地へ搬送しております」
その辺りは、流石に抜かりが無いみたいだ。
『女神の園』ならば、怪我人の受け入れも問題は無いだろう。
「何故、王族は封印を解いた? 『巨神兵』を制御可能と考えたのか?」
「推測ですが、賭けに出たのでは? このまま負けるくらいならと……」
つまり、オレ達は人間を、追い詰め過ぎたという事なのか?
それでも、危険な存在とわかっていただろうに……。
オレはふうっと軽く息を吐く。
そして最後に、向かうべき地について確認を行う。
「それで、『巨神兵』は何処にいるのだ? オレは何処に向かえば良い?」
「それが、北へ移動中です。何故か、ドワーフ族の領地へ向かっています」
困った表情で答えるゼル指令官。
『巨神兵』が向かう理由がわからないのだろう。
しかし、オレは何となくだが理由に当たりが付いた。
その仮説を確かめる為、ゼル指令官へと質問を行う。
「ドワーフの領地は発展しているのか? 文明の水準としてはどうなのだ?」
「文明の水準? ……なるほど。確かに機械化という意味では現状一番です」
やはりかと、オレは内心で苦々しく思う。
『巨神兵』は高い水準にある文明から、優先して破壊するのだろう。
そこの住まう種族も関係ない。
ただ、文明の水準が高いから滅ぼすという思考回路と考えられる。
「ならば、急いで対処せねばな。その次は、夢魔族の領地か、鬼人族の領地へ向かいそうだ」
「オレ達、獣人族も付いて行きやすぜ。途中、肉体労働が必要なら、オレ達に任せて下せえ」
今の魔王城には、戦闘力の高い者が多くない。
数名の武闘派執事が、オレの世話役として付いて来た程度だ。
何せ、城の悪魔達は家事は得意だが、戦闘は専門外という者が多い。
獣人族の防衛線もあり、力自慢は神殿建設に回してしまったからな。
オレへと人懐っこい笑みを見せるリオン。
頼りになる部下に対し、オレはその肩を叩いて告げる。
「ああ、その時は頼むぞ。それでは、急いで現地に向かうとしよう」
「大魔王様、お気を付けて。決して、無理だけはなさらぬ様に……」
椅子から立ち、オレに対して頭を下げるゼル指令官。
その頭が上がるのを待ち、オレは力強く頷いて見せた。
そして、踵を返して作戦室を出る。
被害がこれ以上広がらぬ様に、対処を急がねばならぬからな。
こうしてオレは、リオンや獣人族達を引き連れ、人族の領地へ向かうのだった。




