戦況報告
腕を組んで、満足そうに胸を張るエリー。
そんな彼女を横目にしつつ、続けてオレはリオンへ声を掛ける。
「それでは、次はリオンとエミリアの報告を聞こうか」
大柄な巨体を持ち、金属製の軽鎧を纏うライオン型獣人。
ほっそりと小柄で、軽量の革鎧を身に着けたエルフ。
アンバランスにも見える二人は、揃って一歩前に出る。
そして、不敵な笑みを浮かべてオレへと告げる。
「大魔王様。前線基地の状況について、お伝えさせて頂きます」
「前線基地って言っても、魔族側じゃなくて人間側っすけどね」
人間側の前線基地だと?
あちら側に、何かしらの動きがあったと言う事か?
興味を引かれるオレに対し、リオンが低い声で告げる。
「ここ最近、人族は戦力強化に注力してます。まず間違いなく戦争の準備でしょうな」
「あっ! この辺りの情報は、ウチのゼル副指令からっす。信じて貰ってOKっすよ!」
エミリアはこちら側についたが、ゼル副指令は寝返っていない。
つまり、人族側に残りながら、スパイとして活動しているという事か。
前線基地の副指令がスパイとか、かなりヤバイ状況ではないか?
人族の危機管理能力が、ダイレクトに試される状況だな……。
「しかし、心配はご無用です。人族側の前線基地は、兵力の七割が寝返る予定になっています」
「寝返る予定になっている? それは一体、どういう状況なのだ?」
淡々と告げるリオンの言葉に、オレは思わず耳を疑う。
兵力の七割が寝返るというのが、どういう状況か想像出来ないのだ。
すると、首を傾げるオレに、エミリアが意地悪そうな笑みを浮かべた。
「ゼルさん、マジ頑張ったっす。一般兵は開戦と同時に、魔族に寝返る予定なんすよ!」
「待て待て、頑張ったとかではない。どういう状況か、まったく理解出来ないのだが?」
口に手を当て、ぷぷっと噴き出すエミリア。
そんな彼女に苦笑いしつつ、リオンがオレへと説明する。
「人族側の兵力ですが、四割が徴兵された人間以外の種族。三割が食い詰めて兵士をやってる人間。この辺りの一般兵が、魔族側に寝返ります」
「ちなみに、人間達はウチ等の事を亜人って差別してるっす。元から、人間以外の四割は裏切る気満々だったんすよね」
七割の兵力が、元から国への忠誠心を持たぬ者達だった。
そして、ゼル副指令の根回しで、魔族側へ寝返る事を決めたという事か。
七割の内訳については、ある程度まで理解する事が出来た。
オレが頷く様子を見て、リオンが更に説明を続ける。
「残り三割ですが、半分は騎士っていう職業軍人。残り半分は継承権を持たない貴族の子弟。開戦と同時に、寝返った兵力で彼等は拘束される手筈です」
「騎士達は結構やるんすけど、貴族のボンボンは雑魚っすね。むしろ、足手まといになって、騎士達の足を引っ張ると思うっす!」
エミリアが嬉々として、貴族のボンボンとやらをディスっている。
きっと、前線基地での業務時に、嫌な思い出でもあるのだろうな。
オレはエミリアの闇からそっと目を逸らす。
そして、疑問に思った事を問い掛けてみる。
「しかし、よく短期間で説得が完了したな。魔族へ寝返る事に不安は無かったのか?」
普通に考えれば、魔族側は元々が敵側なのだ。
現状に不満を持つとはいえ、そう簡単に誘いに乗れるだろうか?
そう考えるオレに対し、エミリアは揉み手をしながらエリーを見つめる。
「そこは、エリザベート様の妙手が効いたんすよね。農奴の大半が亡命した事を、立場の弱い人間はすぐ察知したっす!」
「農奴の大半が亡命した……?」
それは先程の話にあった、『女神の園』の事を言っているのか?
不遇な立場の者達を受け入れたと言ったが、そこに農奴が含まれていた?
ちなみに農奴とは、奴隷身分の農民達である。
彼等が不死族領へと移動した、その影響を考えると……?
「……人族の領地では、食料の生産量が落ちるのか?」
「イエス! その通りっす! 流石は大魔王様っす!」
嬉しそうに笑うエミリアから、オレはエリーへと視線を移す。
すると、急に話が振られた為か、彼女はポカンと口を開いていた。
しかし、そんな主人に代わり、側に控えるセバスが口を開く。
「移住民の数より、翌年の生産量は三割程の低下が見込まれます。それ等の奪い合いにより、翌年の食料価格は二倍程に跳ね上がるかと」
「それ程までの影響か……」
食えない人間からしたら、明日食えるかが重要となる。
食えなくなりそうな予兆には、非常に敏感に反応するのだろう。
そして、三割程の食えずに働く兵達は気付いたのだ。
このまま人間側に付くよりも、魔族側に付く方が生き残れそうだと。
そして、オレが感心していると、意外な所から反発の声が上がる。
「だが、その影響を一番受けるのは貧しい民だ。罪の無い民を苦しめる事になる」
「メルト……」
隣に視線を向けると、メルトは唇を噛み締めていた。
その表情からは、苦悶の感情を読み取る事が出来た。
食えない苦しみを知るメルトだからこそだろう。
敵対する国であっても、民の苦しみに共感してしまうのだ。
しかし、オレが心苦しく思っていると、次はディアブロが口を開く。
「いえ、そうはならないはず。その為に、『女神の園』で食糧生産量を増やしているのでしょう? 実に素晴らしい布石です。時間が経てば経つ程、多くの人間が『女神の園』を目指すのでしょうね」
ディアブロはニィッと邪悪な笑みを浮かべる。
そして、エリーに対して賞賛の眼差しを向ける。
その眼差しに気付いたエリー。
ジワジワと感情が込み上げ、満面の笑みへと変わって行く。
「今の私、とっても輝いてる! みんなもっと、私の事を褒め称えなさい!」
「う、うぅ……。良う御座いましたな、姫様……」
ハンカチを取り出し、目元をそっと拭うセバス。
エリーの成長が見られて、彼もきっと喜んでいるのだろう。
オレはその美しい光景に、そっと心の中で涙を流した。




