女神の園
食事を終えてゆったりし、少ししてから執務室へと移動する。
すると、程なくして多数の部下達が詰めかけて来た。
いずれも、オレに対して報告があるらしい。
オレは集まった一同を改めて確認してみる。
まず、一番気合が入っているのが、不死族の女王エリーだ。
執事セバスと共に、前のめりでオレの声掛けを待っている。
次に気合が入っているのが、獣人族の王リオン。
仕事上のパートナーとして、エルフのエミリアと並んでいる。
そして、一番落ち着いているがディアブロとフロード。
一見いつも通りだが、目の奥には熱い何かがチラついて見える。
そして、最後の組み合わせがメルトとラヴィ。
二人は早朝から十分に話したので、聞く側に回るみたいだな。
やや手狭な執務室であるが、これだけ集まれば仕方が無い。
皆には我慢して貰い、それぞれの報告を聞くとしよう。
「ではそうだな。まずは、エリーから話を聞かせて貰おうか?」
「勿論、よろしくってよ! 私の活躍をお知らせしましょう!」
待ってましたとばかりに、目を輝かせるエリー。
長い銀髪と赤いドレスをなびかせて、彼女は一歩前に出る。
「現在、私の領地では人族の孤児を保護しているわ。『女神のゆりかご』という施設を運営し始めたの」
「孤児の保護? つまり、それは孤児院ということか?」
オレの問い掛けに、エリーは大きく頷いて見せた。
オレの驚きが何故か嬉しいらしく、満面の笑みを浮かべている。
「勿論、以前の牧場は廃止して、家畜扱いも禁じているわ。パパは人族と、友好な関係を築きたいんでしょ?」
「おお、まさにその通り……。オレの考えを理解してくれるとは……」
人族と魔族の共存において、不死族の存在はネックだった。
人族を食料と考えており、価値観が他とまったく違ったからだ。
不死族の意識改革は、かなりの難関だと考えていた。
それが既に解消したのは、エリーが成長した証だろうか?
喜びの沸き上がるオレを確認し、エリーは胸を張って更に告げる。
「それだけではなくてよ! 怪我人や病人、行き場の無い方々を集め、人族が生活する保護区を用意したの!」
「保護区だと? それは具体的に、どの様な場所なのだ?」
今のエリーは非常に知的だ。
その考え方には、とても期待する事が出来た。
身を乗り出すオレに対し、エリーは更に嬉しそうに話し出す。
「人族の領地では、不遇な扱いを受ける者達が多くおります! その様な方々を招き入れ、我が領地で生活して頂いておりますの! 保護区の名前は『女神の園』と名付け、女神マサーコ様の愛であると伝えておりますわ!」
「なんと……。女神マサーコ様の愛か……」
そこで暮らす人々は、女神マサーコ様へ感謝を捧げるのだろうか?
もしそうであるなら、女神マサーコ様の信仰心が多く集まる事だろう。
……しかし、孤児院も保護区も、それ程簡単に軌道に乗るのだろうか?
「非常に素晴らしい計画だ。正直、感動すら覚えている。……だが、人族は不死族からの誘いを受けるのか?」
そう、一番の問題は運営者が不死族という事だ。
魔族の中でも、最も恐れられている存在と言う事なのだ。
オレが逆の立場なら、とても信じる事が出来ないだろう。
信じて付いて行けば、その先で殺される可能性を考えてしまう。
しかし、オレの疑念に対し、エリーは腕を組んで大きく頷く。
「その辺りも抜かりないわ! 旅商人のホビット族に交渉役を頼んでおいたからね! 顔馴染みの商人から誘われれば、信じてみようって人族は結構多かったわ!」
「おお、その様な細やかな気配りまで……。エリーは本当に成長したのだな……」
オレが感動に打ち震えていると、エリーが何やら考えだす。
そんなエリーの様子に気付いたセバスが、そっとエリーの耳元に近づいた。
「……えっと? ああ、そうだったわ! ねえ、パパ! こういう活動を、人道支援って言うのよ!」
「人道支援か……。よもやエリーの口から、その様な言葉を聞ける日が来るとは……」
オレは目頭が熱くなるのを感じる。
子を持つ親の気持ちとは、きっとこの様な物なのだろうな。
オレは穏やかな気持ちでエリーを見つめる。
そして、彼女に対して優しく問い掛ける。
「これ程の計画、考えるのはとても大変だったろう? エリーが中心になって、仲間達と考えたのか?」
恐らく、背後のセバス達が支えたと思われる。
だが、それでも不死族の女王として、彼女が先頭に立ったのだろう。
そう考えるオレに対し、エリーは胸を張って宣言する。
「ええ、とても大変だったわ……。でも、計画は全て――そう、私一人で考えたわ!」
「何ということだ……」
これ程の計画を一人で考えるなど、もはやシェリルの領域ではないか。
成長したエリーが、ここまで大成するとは思っていなかった。
……いや、そうでは無いのだろう。
エリーは不死族の女王という立場である。
きっと、全ての責任は自分にあると言いたかったのだろう。
エリーもまた、王の器を持つ存在と言う事なのだろうな。
そう考えて、オレの中でエリーの評価が数段跳ね上がるのだった。




