夜明け
シェリルをベッドに寝かせ、オレは食堂へとやって来た。
魔王城の食堂はシフト制で、早朝でもシェフが常駐しているのだ。
まだ、朝日が昇り始めた早い時間だが、凄まじく腹が減っていた。
昨日の昼食と夕食を抜いたので、それも仕方が無い事だと言える。
そして、誰も居ないと思った食堂だが、オレは人影を発見する。
それは、ワイングラスを傾ける、メルトとラヴィの二人であった。
オレは厨房のシェフに適当に頼むと告げ、メルトの隣に並んで座る。
「まだ早い時間だろう? 二人してどうしたのだ?」
メルトの顔色は悪くない。
昨夜から起きていて、寝不足という事も無さそうだった。
そして、オレの問い掛けに肩を竦め、オレへとニヤリと笑って見せた。
「なに、そろそろかと思ってな? 昨晩の様子を聞こうと待っていたのだ」
「私は睡眠が不要ですので。メルト様の話し相手を務めさせて頂きました」
どうやら、メルトはオレの事を待っていたらしい。
恐らくは、親友のシェリルを気にしての事だろう。
ラヴィが差し出すグラスを受け取ると、メルトが楽しそうに問いかけて来る。
「シェリルはどうだった? ユウスケのアレには、流石のシェリルも心折られただろう?」
「まあ、メルト様ったら……。シェリル相手には、いつも意地悪をなさるのですから……」
口元を抑えて、メルトを諫めるラヴィ。
しかし、楽しそうな様子で、本気の非難ではなさそうだ。
そして、同じく楽しそうな笑みを向けるメルト。
そんな彼女達に対して、オレは静かに首を振った。
「シェリルなら、最後まで余裕だったぞ? 見かけによらず、彼女はタフみたいだな」
「……うそ、だろ? そんな馬鹿な事があってたまるかっ……!」
オレの言葉に驚愕し、大きく目を見開くメルト。
そして、何故だか凄まじく激高して立ち上がる。
オレはその様子に戸惑いつつ、昨晩に感じた事を口にする。
「シェリルは間の取り方が達人級だな。流れに逆らわず体力を温存し、要所要所で休息を挟むのだ」
「ああ、なるほどね……。あの子ったら、いつも不眠不休で、長時間労働ばっかりしてるから……」
何やら憐みの表情を浮かべるラヴィ。
その言葉の意味を理解して、オレは思わず驚愕する。
つまり、シェリルはオレと同種の人種なのか?
二、三日なら寝ずに働ける、ソルジャーという事なのか?
そういえば、『二十四時間働けますか?』というCMがあったな。
今の時代からすれば、完全にブラックだと非難される事だろうが。
……いや、話が完全に逸れてしまった。
古いCMの話は忘れ、シェリルの話に戻るとしよう。
「まあ、それでも流石に疲れていたので、今はベッドで眠らせている。穏やかな寝顔なので、良い眠りを迎えられたと思うぞ」
「――納得が、行くかっ……! 私とのこの差は、何だと言うのだっ……!!!」
親友のシェリルを案じ、待っていた訳では無いのか?
何をそれほど、荒ぶる必要があると言うのだろうか?
オレが困惑していると、ラヴィが横からフォローを入れる。
「恐らくは紋章の効果でしょう。レベルで劣るシェリルが、メルト様よりタフとは考え難いですし」
「ふーむ、なるほどな。女神マサーコ様からの贈り物なら、そういう事もあるのかもしれんな……」
ラヴィの言葉で、何やら納得した様子のメルト。
機嫌を直して、オレの隣で大人しく座ってくれた。
そして、そのタイミングで厨房から料理が運ばれて来る。
オレはそれらを胃袋に押し込みながら、ラヴィに対して問い掛けた。
「そういえば、どうしてラヴィがここに? 都市再建計画で忙しいのではないか?」
「ああ、お話しておりませんでしたね。計画でしたら、現在は中断しておりますわ」
ラヴィの返事に、オレは思わず手を止める。
そして、平然とした様子の彼女を、オレはマジマジと観察する。
あれ程までに気合を入れていた計画である。
それをどうして、こうも平然と中止した等と告げられるのだ?
不思議に思うオレに対し、ラヴィは楽し気に微笑んで見せた。
「ディアブロに協力を要請されましてね。神殿建設の為に、全ての職人をこちらに回しました」
「何だと? 神殿建設の為に……」
都市再建計画の為には、ドワーフとゴブリンの職人が大勢必要となる。
それこそ、かつてない程の人数が、ラヴィの都市に集まっていたはずだ。
だが、その計画を中断し、神殿の建設を優先したというのか?
確かにこれ程の大事業を、同時並行で行うのは難しいと思うのだが……。
呆然とするオレに対し、メルトが肩をバシッと叩く。
「ローレライからも資金と物資の寄付があった。さっさと神殿を建てて、結婚式を終わらせてしまえとな」
「ローレライからも……?」
シーサーペントを撃退して感謝はされていた。
友好的な関係を築いて行こうと、話し合いも円滑に終える事が出来た。
しかし、こんなにも協力的になるものだろうか?
魔族は自らの欲を優先する者達だと、シェリルに聞かされていたのだが……。
戸惑いを隠せずにいるオレに、二人は満面の笑みを向けて来た。
「皆が期待しているのだぞ! これからの魔王国を、ユウスケが良くしていくとな!」
「皆が大魔王様に付いて行く所存です。今後も是非、その手腕をお振るい下さいませ」
オレはそれ程の事をしただろうか?
メルトと結婚する為に、各地に赴いて話をしただけなのだが?
しかし、期待されるのは悪い気分では無い。
二人から向けられる笑みも、とても心地良い物だと感じている。
――ならば、その期待には答えねばならないだろう。
「ああ、任せておけ。皆が幸せに暮らせる国を、オレが必ず築いてみせよう」
オレはこうして、再び気合を入れ直す。
大魔王として――この国の王として、オレが皆を守って行くのだと。




