側室ルート?(シェリル視点)
竜人族との交渉は、無事に終える事が出来ました。
戦力を求めない限り、彼等と有効な関係を築ける事となったのです。
元々、大魔王様は武力による支配を良しとしておりません。
経済による支配を考えている為、竜人族の戦力は必要ないのです。
それどころか、我々と敵対しないなら上々という程度の考えでした。
それが貴重なドラゴン素材を卸す、通商条約まで結べたのです。
この交渉結果には、きっと大魔王様にもご満足頂けた事でしょう。
私はウキウキする気分を抑え、魔王城へと帰還する事になったのです。
「さて、それでは降りるとするか」
眼下には雲しか見えない険しい崖。
その手前で、膝を付いた大魔王様が背中を見せております。
私は緩みそうな口元を隠し、その背中にそっと身を寄せます。
「お手数をお掛けしますが、帰りも宜しくお願いします」
「なに、気にする事はない。今回もまた助けられたしな」
私を背負いながら、軽々と立ち上がる大魔王様。
その男らしい背中に、思わず胸がキュンとしてしまいます。
そして、これは『誓いの紋章』の影響でもあるのでしょう。
力いっぱい抱きしめながら、頬ずりしたい衝動に駆られます。
……しかし、その衝動は何とか抑えます。
それをすれば降ろされると、理性がブレーキを掛けた為です。
「それでは降りるが気を付けろよ? 腕が疲れたら休憩するので、早めに伝えるのだぞ?」
「ええ、承知致しました。ただ、しがみ付くだけでしたら、さほど疲れもしないのですが」
大魔王様の気遣いに、私の口元が思わず緩む。
今なら顔も見えないので、我慢する必要も無いでしょう。
心配して頂いていますが、実は背負って頂く必要も無いのです。
重力制御の魔法を使えば、私は単身でも登頂可能なのですから。
しかし、大魔王様が登山前に、背負ってくれると仰られたのです。
その好意を、一人でも大丈夫と断るのは無粋というものですよね?
そんな訳で、私は役得を堪能しております。
崖降りの筋肉の動きや、足場を確認する真剣な横顔を観察するのです。
――と、不意に大魔王様から声が掛けられます。
「ただ、黙々と降りるのも退屈だろう。何か疑問や気になる点は無かったか?」
恐らくその問いは、竜人族との交渉に関してなのでしょう。
こういう細やかな気配りは、メルト様とは大違いですね!
しかし、竜人族との交渉は完璧とも言える物でした。
交易に関しても、安全を配慮しての小規模開始となりましたしね。
……とはいえ、折角の機会です。
気になっていた、別の質問をぶつけてみましょうか?
「結婚式の準備は順調で、間もなくメルト様は正妻となられるでしょう。しかし、その後の側室は、どうお考えでしょうか?」
「そ、側室だと……?」
大魔王様の動揺が伝わってきます。
今の様子からすると、何も考えていなかったのでしょう。
ならば、ここは攻め所ではないでしょうか?
理詰めで壁を崩せば、大魔王様がお認めに成る可能性も……。
「大魔王様はこの国に必要な御方。当然ながら、そのお世継ぎも多くの方々に望まれます。有事の際を考えれば、側室を迎えるべきと思われます。メルト様との子供が、国を継ぐのに相応しい資質とも限りません。メルト様との子供以外にも、多くの子供は居た方が宜しいかと存じますが」
「むう……」
大魔王様は難しそうな声で唸ります。
理屈はおわかりでしょうが、余り良い感情では無い様子です。
私は内心で焦りを感じ、感情路線でも攻める事にします。
「それに、今はメルト様がご懐妊中です。大魔王様の有り余る精力はどうされるのですか? 側室を迎えて頂ければ、その間のお相手を務める事も可能なのですよ?」
「いや、それはそうなのだが……」
困った様子で黙り込む大魔王様。
そのご意思がわからず、私は次の攻め手を考えあぐねる。
すると、少しの間を置いて、大魔王様がポツポツと語る。
「オレの祖国は、一夫多妻制では無くてな。複数の妻を娶るのは、不誠実に思えてしまうのだ」
「しかし、この国は魔王国です。魔族なら権力者の一夫多妻を、誰もが当然と考えております」
反論の糸口を見つけ、私は胸を撫で下ろす。
転生前の常識が理由なら、それは変える事が出来そうだ。
しかし、続く言葉に私は衝撃を受ける。
「それと、実は女神マサーコ様も同郷らしいのだ。恐らく、オレと同じ常識で動いているはず」
「女神マサーコ様が、大魔王様と同郷……?」
女神マサーコ様は、三十年前に世代交代された神様。
しかし、どこからやって来たかは知られていない。
そもそも、少し前まで実在も疑われていたのだ。
その出所を考える者など、誰一人として居なかったはず。
――いや、今は出所なんてどうでも良い。
問題は女神マサーコ様の考えを、私がどうこう言えない事だ。
内心で焦る私に対し、大魔王様は更なる追い打ちを掛ける。
「それに何より、オレ自身が認められない。オレにとって、メルトは絶対の一番だ。一番に愛せない者を、オレは妻に娶りたくない。魔王国がどうとかではなく、オレの正義がそれを許さないのだ」
「そ、それは……」
その言葉に強い思いが感じられた。
大魔王様にとって、それは信念なのだろう。
ならば、私にそれを曲げさせる事は出来ない。
自らの信念を貫くその姿に、私は惚れてしまったのだから。
……だから私は悔しく思い、小さな声で感情を漏らす。
「一番で無くても……構わないのに……」
「ん? 済まない、いま何か言ったか?」
大魔王様に聞かせたくて、口にした訳では無い。
思わず漏れた声を、大魔王様が拾ってしまっただけだ。
だから私は何も答えず、ただゆっくりと首を振った。
第十二章が終了となります。
面白いと思って頂けましたら、ブクマ・ポイント評価をお願いします。
作者にとって、大変励みになりますので!




