女神の過去
本日はマーサさんに客室を借り、オレはそこで就寝していた。
しかし、ふと目を覚ますと、オレは雲の上で横になっていた。
どうやら、今晩も女神マサーコ様は、オレに用事があるらしい。
オレはゆっくりと身を起こし、枕もとに座る人物に気が付いた。
「女神マサーコ様……?」
今日の女神マサーコ様は、いつもの笑みではなかった。
今にも泣きそうな表情で、オレの事を見つめていたのだ。
その苦悶の表情に、オレの胸が締め付けられる。
オレが言葉に詰まっていると、女神マサーコ様が急に頭を下げた。
「ごめんなさい! ゆう君を騙す事になっちゃって!」
「オレを騙す、ですか……?」
女神マサーコ様の言葉に理解が追い付かない。
オレは一体、何を騙されたと言うのだろうか?
戸惑うオレに対して、女神マサーコ様が涙目で告げる。
「今日まで私は知らなかったの! 私が本当は神様じゃ無いって! 実は女神じゃないんだって!」
「ああ、マーサさんの話を聞かれていたのですね?」
何となくだが、話の流れは見えて来た。
出会った時に女神と自己紹介したが、それが間違っていたと言うのだろう。
だが、今更そんな事はどうでも良い話である。
マーサさんにも告げた通り、オレの気持ちは何も変わらないのだから。
しかし、女神マサーコ様は、涙を拭いながら説明を始める。
「私がこの世界に呼ばれた時、前任のおじいちゃんが『ワシは神様みたいな者じゃ』って言ってて……。私は後任の神様になるんですかって聞いたら、『大体、そんな感じ』って言われたから……。今日から私は女神なんだって、張り切っちゃったの……」
「そうですか。張り切っちゃったんですね……」
やはり、女神マサーコ様が悪いとは思えない。
どう考えても、前任の管理者が適当過ぎただけではないか。
オレは女神マサーコ様に同情する。
そんな状況で、一人で頑張らざるを得なかった彼女に対して。
しかし、女神マサーコ様は沈んだままでは無かった。
徐に強い意思を宿した瞳で、オレの事を真っ直ぐ見据えた。
「そして、ゆう君に伝えるべき秘密があります! 実は私は――『シスター』だったの!」
「……ん? いえ、マサーコ様は女神であっても、シスターではないと思いますが……?」
シスターとは、神に仕える聖職者の女性である。
修道女とも言い、黒い衣装で身を包む姿が一般的だ。
しかし、女神マサーコ様は白いトーガに身を包んでいる。
神に仕えている自覚も無いし、どう考えてもシスターでは無い。
だが、何故だか女神マサーコ様は、不思議な表情で首を傾げている。
そんな様子を不思議に思い、オレも同様に首を傾げる。
「「ん? んんん???」」
どうも、二人揃って混乱してしまっている。
何かしらのすれ違いが起こっているらしい。
しばらく悩んだ末に、女神マサーコ様がしどろもどろに説明を始める。
「えっとね、三十年前にこの世界に来た時って、初めは何をして良いかわからなかったの。女神になったけど、神様の権能は信仰ポイントの不足で、ほとんど使えなかったりして……」
「ほう、そうだったのですか?」
そういえば、以前に信仰ポイントがどうとか言っていたな。
信者が増えれば、何か出来る事が増えるみたいな話だったはずだ。
僅かにオレが理解を示すと、女神マサーコ様は嬉しそうに笑みを浮かべる。
「しかも、地上を確認すると、みんなご飯が食べれなくて困っててね。何とかしないとって、ひとまず地上に降りてみたの」
「もしや、魔族国を襲った大飢饉の事ですか?」
オレの問い掛けに、女神マサーコ様はコクコクと頷く。
どうやら、シェリルの話にあった大飢饉で間違い無いらしい。
「人族の領地はまだマシだったけど、魔族国は酷かったの! それで、私は女神だけど、何かできる事無いって聞いて回ったの!」
「何と……。その様な事を成されていたのですか……」
やはり、女神マサーコ様は、心優しき御方である。
人々が困っている姿を見て、じっとしていられなかったのだろう。
しかし、オレが内心で感心していると、女神マサーコ様が急に俯いた。
「でも、『お前が神なら雨を降らせろ!』、『人間がオレ達を騙そうとしてる!』って、石を投げられ、追い払われたの……」
「そうですか……」
その悲し気な表情に、オレの心が痛みを覚える。
かつての女神マサーコ様が、どれ程に胸を痛められたかと考え。
しかし、庇う気はないが、魔族の考えもわからないではない。
食べ物が無くて気が立っている時に、神を名乗る存在が現れたのだ。
もし、オレが同じ立場でも、証拠を見せろと言ったはずだ……。
「信仰ポイントの不足で、雨を降らせたり出来なくて……。信じて貰えなくて、信仰ポイントも溜まらなくて……。それで、仕方無くなんだけど……。――私は人族の倉庫から、沢山の食糧を転移させたの」
「…………ん?」
さぞ、苦しい状況だったのだろうと、オレは話を聞いていた。
しかし、最後に何か微妙な違和感を感じてしまった。
その違和感を探るオレに、女神マサーコ様の言葉が続く。
「神様って言っても、誰も信じないしね! それで、私は『シスター』だって名乗ったの! そうすれば、神様の存在を少しは信じて貰えるかなって思ったんだ!」
「何ですって……。それでは、メルトが出会った『シスター』と言うのは……?」
女神マサーコ様の言葉に、オレは思わず驚愕する。
女神マサーコ様は腕を組み、満足気な表情でオレに告げる。
「そうなのです! 実は『シスター』の正体は私だったのです!」
「何て事だ……。そんな昔から、メルト達を救っていたとは……」
誰が予想出来ると言うのだ?
大飢饉を救った人物が、女神マサーコ様本人であると……。
この世界に降り立ったすぐに、魔族の危機を救っていた。
人知れず善行を積むその姿に、オレの心は感動で打ち震えていた。
「その事実をメルトに話したいのですが、伝えても問題無いでしょうか?」
「全然オッケーだよ! むしろ、みんなシスターが何か知らなかったんだね……。道理で頑張ったのに、信仰ポイントが増えなかった訳だよ……」
そういえば、シェリルも聖職者が何か知らなかったな。
そんな相手に、シスターと名乗っても伝わる訳が無い。
人知れず頑張り、人知れず苦労を積み重ねる。
それこそが、オレの尊敬する女神マサーコ様なのだろう。
そんな女神マサーコ様を、どこまでも支え続けよう。
オレはそっと、心の中でそう誓うのだった……。




