結婚報告
軽く話を続けた結果、今日はそのまま泊めて頂く事になる。
そして、夕飯の準備は義父マグナが用意したものだった。
流石に全員分の調理をするのに、毒を仕込まれる事は無いだろう。
余計な事はするなと、義母マーサさんからも釘を刺されていたしな。
だが、テーブルを囲んだ際に、マグナさんの視線が凄まじかった。
悪鬼の如き表情を浮かべ、明確なる殺意を向けられ続けたのだ……。
だがそれも、今やシェリルの機転により改善された。
オレを睨むマグナさんの膝に、銀メルトをそっと座らせたのだ。
これには義父もニッコリ。
今では、だらしな――いや、穏やかな表情で銀メルトと遊んでいる。
「そういえば、シェリルさんの実家って凄いのね。どうして、大厄災で書物が失われずに済んだの?」
パンらしき物を齧りながら、マーサさんが尋ねる。
それに対して、シェリルはスープを口にしながら答える。
「実家の裏に、『箱舟』と呼ばれる施設があります。大厄災等の際には、そこに引き籠ったそうですよ」
……そういえば、フルーネームはシェリル=ノアだったな。
その『箱舟』とは、もしや伝説のアレなのだろうか?
いや、この世界とリンクしている訳ではない。
あの聖書に関わる内容が、この世界に実在するはずが無いな。
「先祖のノストラが大厄災を予言し、設計した施設だそうです。今でも預言書は残されていますね」
「ああ、そういうことか。預言者の一族だったからこそ、大厄災への備えが出来てたって事なのね」
あの世界と、本当にリンクしていないんだよな?
いや、リンクしていたとしても、時系列は滅茶苦茶なのだが……。
オレが内心で唸っていると、マーサさんの視線がオレに向いた。
「そういえば、この里に訪れた理由は何なのでしょう? 『黒の竜神』様の話を聞きに?」
「――いえ、そうではありません。肝心の話が遅くなってしまいましたね……」
そうだ、オレは雑談をしに来たのではない。
色々と衝撃の事実が多すぎて、本来の目的を忘れる所だった。
オレは結婚の報告へやって来たのだ。
そして、ご両親に結婚を認めて貰う為に来たのである。
オレは姿勢を正し、気合を入れて頭を下げる。
「メルトとお付き合いさせて頂いております! メルトとの結婚を認めて頂けないでしょうか!」
「……え、今更?」
マーサさんの想定外の返しに、オレは思わず頭を上げる。
すると、彼女はポカンと口を開いて、オレの事を見つめていた。
そして、互いに何と言えば良いか悩んでいると、隣からの横槍がは入った。
「み、認めん! 認めんぞ! メルトちゃんは、オレの……!」
荒ぶる義父が、再びオレを睨み付ける。
しかし、マーサさんに睨まれ、すっと視線を逸らしてしまった。
再び穏やかな表情で、膝のメルトと遊びだす義父。
そんな夫を無視して、マーサさんが困った表情を浮かべる。
「結婚の話は手紙で届いています。ただ、メルトが認めたのに、我々が認める意味がありますか?」
「ふむ……?」
どうも話が噛み合っていない。
再び互いに、何というべきか悩んでしまう。
そして、こういう時は、いつも彼女の出番である。
「大魔王様は人族の慣習に倣い、結婚式をお考えです。そこに、ご両親の参列もご希望されているのですよ」
「結婚式ってなに?」
まさかの、結婚式すら知らない状況だった。
文化の違いに、オレは激しく驚愕してしまう。
そして、固まるオレを他所に、シェリルが再び説明を行う。
「女神マサーコ様へ、永遠の愛を誓う儀式です。その立会人として、お二人に関係する者を集めるそうです」
説明としては、概ね間違っていないはずだ。
何となく、オレのイメージとずれている気もするが……。
しかし、マーサさんは再び困った表情を浮かべる。
言い難そうな様子で、オレ達に向かって尋ねて来る。
「その、女神マサーコ様って、世界の管理者ですよね? 竜人様の代行者に、誓いを立てる意味って何なの?」
「女神マサーコ様が、竜人様の代行者……?」
何やら、マーサさんが重要な事を言い始めた。
隣のシェリルを見るが、彼女も目を見開いて驚いている。
その様子を見て、マーサさんは戸惑いながら説明する。
「ユウスケさんは、女神マサーコ様の使者なのですよね? その辺りの事を、何も聞いていないのですか?」
「いえ、女神マサーコ様も、前任者から何も聞かされていないらしく……」
オレの返答に、マーサさんが天を仰ぐ。
そして、頭が痛そうな様子で口を開いた。
「神様って、任されて神様に成るものではありません。神様として生まれたから、神様な訳であって……」
「そうなのですか?」
オレの質問に、マーサさんが頷く。
そして、こめかみに指を当てながら説明を行う。
「竜人様が世界を離れる際に、人間から代行者を指名したはず。その人物が管理者であり、神の権能を代行出来る者なのです」
「……つまり、黒と白の竜神以外は、本物の神様では無いと?」
オレの問いに、再びマーサさんが頷く。
隣を見ると、やはりシェリルは呆然としていた。
恐らく竜人族にのみ、この辺りの真実が語り継がれて来たのだろう。
竜人族以外には、神様と管理者の区別が付いていなかったのだ。
そう納得するオレに、マーサさんが再び問う。
「伸ばせるとはいえ、寿命がある唯の人間です。不変では無い代理者に、永遠を誓う意味とは何なのでしょうか?」
女神マサーコ様も、前任者は年寄りだと言っていた。
それはつまり、寿命による世代交代を意味していたのだろう。
それが事実とすれば、確かに永遠を誓う意味など無いのかもしれない。
女神マサーコ様も神の代行者であり、本物の神様では無いのだから。
……しかし、そんな小難しい話は、オレにとってどうでも良かった。
「女神マサーコ様は、オレとメルトを引き合わせた恩人です。だからこそ、感謝の気持ちを込めて敬っています。オレにとっては、本物の神様で無くても関係が無いのです」
「なるほど……。そういう考えは、嫌いではありませんね」
オレの答えに、マーサさんがニコリと微笑む。
そして、オレに対してこう応えてくれた。
「私はユウスケさんを認めます。結婚式にも、是非呼んで下さい」
「ありがとう御座います。準備が出来たら、招待させて頂きます」
こうして、オレは無事に認められる事となった。
オレのミッションは、無事に達成されたのである。
……なお、義父の事は、義母が何とかしてくれると信じている。




