大厄災
何とも言えない空気が部屋に満ちていた。
オレはその空気を変える為にも、別の質問を投げ掛けて見た。
「そういえば先程、大厄災という言葉が出ましたね。それは何なのでしょうか?」
キョトンとした表情でオレを見つめるマーサさん。
しかし、すぐに合点がいった様子で頷いた。
「ああ、そういえばユウスケさんは異世界の人間でしたね。ならば、知らなくても仕方が無いでしょう」
どうやら、オレの転生については理解している様子だ。
その辺りは、シェリルの手紙にでも書いてあったのだろう。
しかし、マーサさんは難しい表情を浮かべ、オレへと答えた。
「竜人族でも手に負えなかった大事件。世界が大きく変わる事となった、時代の節目と伝わっています。……ただ、詳しい記録は残っていません」
「ふむ、そうなのですか……」
歴史を繋いで来た竜人族でもそうなのだ。
それでは、その過去を辿る事は困難なのだろうな。
そう思った所に、シェリルが不思議そうに尋ねて来た。
「二度の大厄災ですよね? 巨神兵の暴走と、大洪水の事では無いのですか?」
「へ……?」
シェリルの問い掛けに、マーサさんが間の抜けた声を出す。
しかし、すぐに咳ばらいを行い、シェリルへと問い返す。
「シェリルさんは何かを知っているのですか? 竜人族が調べた限り、大厄災の記録は世に残っていないはずですが?」
警戒や威圧を行っている訳では無いのだろう。
しかし、マーサさんは凄まじい圧をシェリルに掛ける。
その事に戸惑いながらも、シェリルは困った様子で返答する。
「機械の神が世界を滅ぼす話と、神が大陸を沈めようとした話ですよ? 童話にもあると思うのですが……」
「童話って……。それは、ただの作り話でしょうに……」
シェリルの返事に、ガッカリした様子のマーサさん。
どうやら彼女も、大厄災の正体に興味があったみたいだ。
しかし、マーサさんの態度に、シェリルが心外そうな顔となる。
そして、困った表情でマーサさんへと告げる。
「作り話では御座いません。詳しい年月日も記録されています。あの童話は、過去の史実を元にしているのです」
「な、何ですって……?」
今度はマーサさんが、大きく目を見開いて驚きを示す。
そして、シェリルの肩を掴んで、激しく揺さぶって尋ねる。
「大厄災の混乱で、過去の記録は消失したはず! どこに、そんな記録が残っているって言うの!」
「ちょ、ちょっと、落ち着いて下さいっ! 話しますから、私の事を揺さぶらないで下さい……!」
シェリルの叫びに、マーサさんがハッとなる。
自らの興奮した姿に気付き、恥ずかしそうに肩から手を離した。
そして、落ち着いた様子を確認し、シェリルが衝撃の事実を口にした。
「実家の本棚に並んでましたよ。二度の大厄災も、それ以前の記録についても」
「実家の、本棚って……」
ポカンと口を開くマーサさん。
余りの驚きに、次の言葉が出てこない様子だった。
なので、オレが代わりにシェリルへと問う。
「そもそも、シェリルの実家は何なのだ? どうして、その様な記録が残されている?」
「言ってませんでしたっけ? 私の実家は、代々続く占い師の家系です。記録とは、星読みの観測結果ですね」
そういえば、両親が占星術師と道中に聞いたな。
しかし、それ以上の事は聞いた記憶が無いのだが……。
その事実にオレが唸っていると、シェリルは面白そうにクスクスと笑う。
「まあ、流行らない占い屋ですよ。本業では稼げないので、普段はキノコ栽培で稼いでいますし」
「キ、キノコ栽培……?」
再びの衝撃がオレを襲う。
シェリルが占い師の家系で、実家はキノコ栽培を本業にしている?
……まったく、状況が理解出来ない。
シェリルはどの様な環境で、生まれ育ったのだろうか?
オレが呆然としていると、シェリルは更に言葉を続ける。
「マジック・マッシュルームが、裏ルートで高く捌けるそうです。お陰でウチは、食うに困った事はありませんでしたね。――あっ! 裏ルートの件は、ここだけの話として頂ければ……」
「うむ、オレは何も聞かなかった事にしよう……」
オレの返事に、シェリルは嬉しそうな笑みを浮かべる。
その笑顔を見れば、些細な事はどうでも良く思えて来る。
まあ、灯台下暗しと言う事なのだろうな。
竜人族の事と言い、シェリルの実家の事と言い……。
オレは自分の至らなさを思い知り、内心で大きくため息を吐くのだった。




