竜人族の使命
メルトの母親であるマーサさん。
その呟きにオレが肝を冷やしていると、彼女はオレをじっと見つめた。
「ああ、それと話を戻さないといけませんね。――そう、竜人族の使命について」
「竜人族の使命ですか?」
そういえば、元々はそういう話から始まったのだ。
里長であるマーサさんには、何やら使命があるのだとか。
オレが興味を引かれるのを見て、マーサさんは薄く笑う。
何やら恐ろしい話でも始めるかの様に、ゾクリと来る視線を向けて来る。
「竜人族の使命は、この世界を守ること。真なる神が戻られるまで、この世界を存続させる事です」
「真なる神……。もしや、それは白と黒の竜神でしょうか?」
オレの問い掛けに、マーサさんが目を見開く。
オレの口から、その言葉が出るとは思っていなかったらしい。
しかし、オレはその反応を見て、やはりという感想だった。
世俗から離れた竜人族になら、何らかの情報があるのではと睨んでいたのだ。
オレは感じる手ごたえに満足感を覚える。
そんなオレに対し、マーサさんは怪訝な眼差しを向けていた。
「真なる神の存在は、二度の大厄災で世から失われたはず。どこでその名を知ったのでしょうか?」
「部下のディアブロから聞きました。初代魔王に仕えた悪魔で、少し前に封印から解かれたのです」
オレの答えに、マーサさんは黙考する。
しばらく考えた後に、何やら納得した様子で頷いた。
「初代魔王の右腕、仮面のディアブロですね。真なる神と共に、その姿を消したと伝わっています」
「そうなのですか? 確かに彼は、仮面を被った悪魔ではありますが……」
そういえば、魔法ランプを与えた際に、シェリルが驚いていたな。
ディアブロの存在を即座に察したのも、確か彼女だったはずだ。
知る人ぞ知る、有名な悪魔なのだろう。
そう納得するオレに、マーサさんは困った表情で告げた。
「……ならば、いずれは知れる事ですね。我等、竜人族が初代魔王と、『黒の竜神』様の子孫である事はご存じでしょうか?」
「いえ、それは初耳ですね。しかし、初代魔王が竜人族の王と聞いた記憶は……」
あれもシェリルの話だっただろうか?
ディアブロが姿を見せた日に、そう語っていたはずである。
記憶を辿るオレの言葉に、マーサさんはこくりと頷く。
そして、その続きを説明してくれた。
「『黒の竜神』様の寵愛を受けた、悪魔族の青年こそが初代魔王。そして、『黒の竜神』様との間に数多の子を成し、彼等を導く王として君臨したのです。その時の子供が、今の竜人族のルーツという訳です」
「なるほど。竜人族が他種族よりも強いのは、その辺りが理由なのですね?」
オレの問い掛けに、マーサさんは再び頷く。
そして、その瞳に強い意思を宿らせ、オレを静かに見据える。
「『黒の竜神』様は、我等に魔族国の守護を命じました。そして、この地を離される際に、必ず戻ると約束されました。我々はその言葉を信じ、『黒の竜神』様を信奉し続ける一族なのです」
竜人族が信じるのは『黒の竜神』のみ。
それ故に、魔王軍に関わらず、世俗に関わろうともしなかった。
それと同時に、命じられた使命は果たし続けていたのだ。
魔王国を乱す者が現れれば、その時は国を正常化の為に始末する。
どれ程の歴史を重ねたかはわからない。
それでも、必ず戻る言った『黒の竜神』の言葉を信じて……。
「――ん? ちょっと待ってくれ。つまり、竜人族であるメルトは、『黒の竜神』を知っていたのか?」
確かに、メルトに直接尋ねた事は無かった。
しかし、フロード達との会食時に、その会話は一緒に聞いていたはずだ。
ならば、メルトはどうして、オレに知っていると告げなかった?
竜人族の掟に従い、相手がオレでも話せなかったのだろうか?
オレが腕を組んで考えていると、マーサさんが手をヒラヒラ振っていた。
そして、気付いたオレに対し、苦笑を浮かべてオレへと告げる。
「あの子は小さな時から、掟やかたっ苦しい話が嫌いでして……。多分、『黒の竜神』様の事を、良くわかってないんじゃないかと……」
「は……?」
そんな事が有り得るのだろうか?
竜人族と言う種族自体が、『黒の竜神』を崇める種族なのに?
オレが戸惑っていると、シェリルが手を挙げてそっと告げた。
「私もメルト様より、昔は良く言われたものです。『私の前でルールの話をするな! そういうのは、私が居ない所でやれ!』と。ルールや掟は、何故かメルト様の逆鱗なのです。魔王国の中では、メルト様のルール嫌いは有名な話しですね」
「そう、なのか……?」
オレの知るメルトは、そこまで傍若無人ではない。
しかし、オレと出会う前は、今とは違った感じだったのだろうか?
「母親の前で言うのも何ですが、魔王国でメルト様を女性と見る者は居りません。暴君とも言えるメルト様を御せるのは、大魔王様以外に存在しないでしょう」
「それは、喜ぶべき事……ではないよな?」
オレがメルトの初めての男とすれば、それは喜ばしい事である。
他に男が居たとなれば、オレは嫉妬心で相手を手に掛けかねない。
だが、妻が周囲に女性と見られていななら、それは悲しい事実だ。
一体、どれ程の暴挙を重ねれば、周囲からそう評されるのだろうか?
シェリルの言葉に、オレは思わず唸ってしまう。
そして、そんなオレとシェリルに対し、マーサさんが小さく呟く。
「その、本当に申し訳ございません……。うちの子が、皆様にご迷惑をお掛けして……」
身を小さくして、しおらしく頭を下げるマーサさん。
今の彼女に、竜人族の里長としての威厳は皆無だった。
心底申し訳なさそうに謝る母親に、何と言葉を掛ければ良いのだろうか?
救いを求めてシェリルを見るが、彼女は素知らぬ顔で窓の外を眺めていた。




