里長
家に招かれ、茶を出された。
オレとシェリルは、テーブルに並んで座る。
その向かいには、ニコニコ微笑む義母。
マーサ=ドラグニルさんがオレ達の事を観察していた。
「シェリルさんのお手紙の通りね。本当に良い男だわ~」
「はあ、恐縮です……」
嬉しそうなマーサさんの言葉に、オレは軽く頭を下げる。
その様子に、シェリルがさり気なく説明を加える。
「マーサさんへは、手紙でやり取りを何度か。大魔王様の事も報告させて頂きました」
「娘の近況を良く知らせてくれてね。あの人も手紙を、いつも楽しみにしているのよ」
マーサさんの視線が家の窓へと向く。
オレ達もそれに釣られ、窓の外へと視線を向けた。
そこには縄で縛られ、正座させれれている義父の姿が。
首から板を下げており、そこには反省中と書かれていた。
オレはその哀れな姿に同情し、マーサさんへと質問する。
「その、宜しいのでしょうか? 仮にも里を治める長なのでしょう?」
「え、マグナが里長……?」
キョトンとした瞳でオレを見つめるマーサさん。
しかし、すぐに彼女は大きな声だ笑い出した。
「あ、あははっ! ユウスケさんったら! あの人に里長が務まる訳ないじゃない!」
「何ですって……?」
お腹を抱えて、苦しそうに身を捩る義母。
その想定外の姿に、オレは戸惑ってしまう。
すると、再びシェリルがオレへと説明してくれる。
「竜人族は母系社会です。家長は女性であり、里親も強き女性から選ばれます」
「なんと、そういう事か……」
里長と聞いて、男性と思い込んだオレが浅慮だった。
それが当たり前と考えるのは、オレの視野が狭かった為だろう。
そして、あのレスラーの様な義父を一撃で伸した実力。
あれは紛れもなく、マーサさんが強き女性である証と言える。
オレが納得していると、マーサさんは涙を浮かべながら告げる。
「竜人族は女性の方が強いの。メルトも強いけど……ユウスケさんはそれ以上ですってね?」
「――っ……?!」
スッと目を細め、試すような視線が向けられる。
やはり母親としては、娘の結婚相手が気になるのだろう。
オレは胸を張り、気迫に飲まれない様に気を引き締める。
そして、言葉を返そうとすると、そこにシェリルが割り込んで来た。
「ええ、破格の能力です。つい先日も、海域守護者と対峙し、相手がビビッて逃げ出しました」
「なにそれ……。まじもんのバケモノじゃない……」
急に顔から表情が抜け落ち、平坦な口調で言葉を吐き出す。
その急激な変化に、オレは言い知れぬ不安を感じてしまう。
しかし、シェリルは微笑みを浮かべ、マーサさんへと報告する。
「しかし、大魔王様はメルト様を溺愛し、メルト様も大魔王様に夢中です。お二人は、相思相愛の状況なのです」
「……あー、そっかー。そんな感じなのねー」
何故だか、マーサさんは困った表情を浮かべていた。
オレとシェリルが相思相愛で、何が困ると言うのだろうか?
オレが不思議に思って首を傾げると、マーサさんは苦笑を浮かべた。
「ユウスケさんには言っても良いかな? 実は里長である私は、世を乱す者がいれば成敗する使命があるのです」
「成敗する使命……?」
竜人族の情報として、事前にそれらしき話は聞いている。
過去に世を乱した魔王が、竜人族によって成敗されたと。
しかし、その理由はまでは聞かされていない。
竜人族であるマーサさんから、その話が聞けるのだろうか?
そう期待するオレに対し、マーサさんは困った様子で息を吐いた。
「けど、流石の私も海域守護者程の実力は無い。ユウスケさんが暴走しても、止める事が出来ないのよ……」
「大丈夫です。オレは至って良識ある人間です。マーサさんが止める事態等、起こり得るはずもありません」
オレはキッパリと宣言する。
マーサさんが心配せずに済む様に、しっかり伝えるべきである。
しかし、何故か隣のシェリルの圧が凄い。
無言で見つめる彼女の視線が、とても何かを言いたそうだった。
オレが内心で狼狽えていると、マーサさんは再び溜息をついた。
「娘にとっても、私にとっても良かったのかな? 最悪の未来だけは、避けられた訳だし……」
「最悪の未来ですか? それは一体……?」
オレの問いに、マーサさんは困った表情を浮かべるだけ。
その事については、口にしたくないみたいだった。
しかし、そんなマーサさんの意向を、隣のシェリルが無視して語る。
「メルト様が暴走すれば、私からお知らせる手筈でした。その時は、マーサさんが自ら娘の始末を付けると」
「始末を付ける、だと……?」
言葉の意味は瞬時に理解出来た。
マーサさんが、オレに語りたがらなかった理由についてもだ。
過去に竜人族は、世を乱す魔王を成敗した。
メルトが暴走すれば、同じ事態が起き得たという事である。
母親が娘を手に掛ける。
それは確かに、最悪の未来と言えた……。
「あ、ちなみに、もう一つの最悪も無さそうね。娘が泣かされてたら、相手を始末する予定だったんだけど」
「ええ、何も問題御座いません。今のメルト様は大魔王様に頼りっきり。むしろ駄目になってる感じですね」
シェリルの返答に、マーサさんは楽し気に微笑む。
とりあえず、オレに対する当たりは柔らかくなっていた。
――と、そこでオレは勘違いに気付く。
微笑むマーサさんの、その瞳が笑っていない。
遠くを見つめながら、何かを考えている様子だった。
そして、マーサさんは小声でぽそっと呟いた。
「一度、見に行く必要があるかしら……?」
「――っ……?!」
その冷たい声に、オレの背筋がピンと伸びる。
冷たさの中に、微かに混じる怒気が感じられた。
話の流れから、会いに行くのは娘に対してだろう。
そして、腑抜けた姿を確認すれば、その時はきっと……。
「メルト……」
レベルやステータスでは、オレの方が上かもしれない。
しかし、何故かオレでは、マーサさんに勝てる気がしなかった。
オレは心の中で、メルトに対してそっと謝る。
そして、もしその時が来たから、一緒に謝ろうと心に誓うのだった。




