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エジンとの戦い

「みんな、用意はいいね」


 洞窟の中、ザフィーは皆の顔を見回す。その背中には、革袋を背負っていた。

 カーロフとブリンケンは、真剣な表情で頷いた。ジョニーとイバンカはというと、無言で下を向いている。

 次にザフィーは、手を伸ばしイバンカの頭を撫でた。


「あんたたちは、ここでおとなしく待っているんだ。安心しな、あたしが必ず仕留めてやるからね」


 言ったものの、ジョニーはふて腐れたような顔つきで下を向いている。この男は、ドラゴン退治に参加できないことに未だ不満を抱いているようだ。ザフィーの言葉にも、答えようとしない。

 代わりに答えたのは、イバンカだった。 


「わかったのだ。頑張って、おとなしく待ってるのだ」


 顔を上げ答える少女に、ザフィーはくすりと笑う。手を伸ばし、イバンカの頭を撫でた。


「そう、その意気だよ」




 三人は、洞窟の外に出た。

 全員の顔に、緊張感が漂っている。ブリンケンに至っては、死人のごとき顔色だ。しかし、それも当然だろう。なにせ、これから最悪の怪物と戦わねばならないのだから──


「万一、この作戦が失敗したら、その時は頼んだよ」


 ふたりに向かい言った直後、ザフィーは素早く呪文を唱える。

 次の瞬間、彼女の体は浮き上がった。重力の鎖から解き放たれ、どんどん上昇していく。今や、雲の高さに到達していた。地上にいるブリンケンの目には、空を羽ばたくカラスくらいの大きさにしか見えなくなっている。

 と、頃合いを見計らったかのように飛んできたものがいた。体は船のように大きく、真っ赤な鱗に覆われている。蝙蝠のような翼を広げ、空中に浮いていた。

 ドラゴンのエジンである。強大な力を持っているにもかかわらず、いきなり飛びかかってくるようなことはしない。油断なく、こちらの様子を窺っていた。魔術師のザフィーを警戒しているのだ。伊達に歴戦を生き延びてきたわけではない。

 ザフィーはといえば、静かな表情である。恐ろしいドラゴンに対し、怯むことなく空中に浮いたままだ。

 両者は、空の上で睨み合う。


「来たのかい。それにしても、あんたみたいなのが、よりによってエルフの手先に成り下がるとはね。恐れ入ったよ」


 不敵な表情で言い放つザフィーに向かい、エジンはおもむろに口を開いた。


「ニンゲンゴトキガ、ワレトタタカウキカ」


 訛りも発音もひどいが、ちゃんと聞き取れる言語である。伝説によれば、このドラゴンは千年以上昔から生きているらしい。ならば、人間の言葉くらい話せてもおかしくはないだろう。

 そんなエジンを、ザフィーは鼻で笑った。


「人間ごとき? 言ってくれるねえ。その人間ごときの力がどんなもんか、あんたにたっぷり見せてやるよ。このエルフの番犬が!」


 怒鳴り付けた直後、ドラゴンの口が開かれる。

 次の瞬間、火の玉が発射された──


 ほぼ同じタイミングで、ザフィーも動いた。稲妻のような速さで落下し、飛んできた火の玉を避ける。

 直接、再び上昇した。ドラゴンの目の前で、上空へと高速で舞い上がる──


「す、すげえなあ……あのドラゴンと、互角に戦ってるぜ。もう、隊長さんひとりに任せて問題ないんじゃねえか」


 地上で見ているブリンケンは、震える声で呟く。しかし、カーロフはかぶりを振った、


「確かに、動きの速さだけなら互角です。しかし、飛んでいる状態では、他の魔法は使えません。つまり、攻撃も防御も出来ないのです。出来ることといえば、逃げ回るだけです」


 その言葉の通り、ザフィーは逃げていた。高速で空を飛び回り、時おり向きを変え方向転換する。速さは相当のものだ。肉眼では、動く姿を捉えることさえ困難だろう。

 ドラゴンもまた、後を追っていた。鳥よりも速く飛んでいるザフィーの後ろに、ぴったりと付いて来ているのだ。

 しかし、今のままでは何も出来ない。そもそも、この速さで飛び回ること自体が、人間の身では不可能なのだ。高速で動くことにより恐ろしい圧力がかかり、下手をすると全身の骨が砕けてしまう。

 今のザフィーは、持てる魔力を消費し人体を圧力から守りつつ、しかも重力の鎖を切り離し高速で飛び続けているのである。

 このままでは、いずれ魔力が尽きる。そうなったら、後はドラゴンの餌食になるだけだ。

 それだけは、絶対に避けなくてはならない。カーロフは、人造人間だけが持つ超視力で上空の戦いを見つめつつ口を開く。


「ブリンケンさん、あなただけが頼りです。用意しておいてください」


「あ、ああ」


「私が合図したら、空に向けて撃ってください」


「わかった」


 ブリンケンは、震える声で答える。直後、腰の小剣を抜いた。

 刃の部分が落ち、柄の部分が伸びる。ブリンケンは宙に向けて構え、合図を待った。今や、ザフィーとドラゴンの姿は豆粒くらいにしか見えない。しかも、一瞬でとんでもない位置に移動するのだ。見ているだけで目が回りそうだった。

 恐怖に耐え、ずっと武器を構えるブリンケン……突然、カーロフが声を発した。


「今です! 撃ってください!」


「おう!」


 同時に、筒から光の球が放たれた──


 光の球は、まっすぐ上空へと飛んでいく。雲を突き抜け、さらなる高みへと突き進む。

 異変を察知したドラゴンは、パッと動きを止めた。次の瞬間、ドラゴンから数メートルほどしか離れていない位置を、光の球が飛んでいく──

 エジンは、ゆっくりと下を向いた。ドラゴンの超視力を持つ瞳には、ふたりの人間の姿がはっきりと見えている。

 人間ごとき、恐るるに足らない存在のはずだった。しかし、今の光の球は予想外だ。魔術師の使う攻撃魔法ではない。得体の知れないエネルギーによるものだ。

 千年以上生きてきたドラゴンですら、感じたことのない未知のエネルギーを秘めた球体が、凄まじい勢いで飛んでいく……さすがのエジンも、警戒せざるを得ない。素早く状況を確認する。

 ふたりの人間は、地上にいる。一方、空を飛ぶ魔術師は何も攻撃をしてこない。おそらく、飛ぶことに魔力の全てを集中させているのだろう。

 ならば、地上の人間から殺す。ドラゴンは口を開けた。火の玉を食らわせ、一瞬で消し炭に変えてやる……つもりだった。

 その時、エジンの胴に何かが巻き付いた。直後、背中に何かが貼り付く──


 ザフィーが待っていたのは、この一瞬であった。エジンが上空で動きを止め、地上に注意を向ける……その僅かな隙を作るためだけに、ブリンケンは武器を使ったのだ。

 今、ザフィーはドラゴンの背中に貼り付いていた。彼女の背負っていた革袋からは、長いワイヤーが伸びていた。ドラゴンの胴周りに、幾重にも巻き付いている。

 ミレーナが手足代わりに使っていたワイヤーの予備に使うはずだったものだ……。


 ミレーナ、あんたのワイヤーのお陰だよ。

 見てな、このトカゲ野郎を仕留めてやるから。


 心の中でかつての部下に呼びかけると、ザフィーは右手でドラゴンに触れる。翼の付け根のあたりだ。と同時に、呪文を唱える。

 すると、ドラゴンの巨体がぐらりと揺れた。次の瞬間、真っ逆さまに落ちていく──


 エジンは混乱していた。

 この世に生を受け、千年以上が過ぎている。空を飛ぶなど、食事と同じくらい当たり前にやっていたことのはずだった。

 ところが今、その当たり前にやっていたことが出来なくなっている……こんな状態は初めてだ。人間で例えるなら、歩いている最中に手足が動かなくなったようなものである。

 空を自在に飛び回り、幾多の勇者たちを返り討ちにしてきた無敵の魔竜エジン……しかし今では、溺れた子供のようであった。手足をバタバタさせながら、為す術なく墜落していく──







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