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ニューノーマル

作者: オモト ラム

 時は2080年、ここは第47回オリンピックを一年後に控えたJOC理事会会場。

 議長コタミカコが声高に叫ぶ。

「とにかくアトヤマ総理の決定です。今後、公式の場での日本語の使用は禁止です。オリンピックに関連する用語は英語と中国語。総理の言葉だと、これが「ニューノーマル」なんだそうです。」

「なんてことだ。バカじゃないのか?」

 日本空手道協会のキユーナ3世会長が憤慨している。

「いや、私も冗談だと思っていたんだがホントらしい。」

 JOC会長で日本柔道連盟の会長でもあるジャマシタ4世が応える。

 議長の説明が続く。

「とにかく昨年の政権交代で、あの万年野党の民民党が70年ぶりに政権を取ったんですからね。もとはといえば前の政権、アゲ総理のあまりにも自国優先の政策が世界から反感を買い、その結果先進国首脳会議のメンバーから外されたことがきっかけですから。」

 新理事のキング・カーズ3世も頷きながら言う。

「仕方ががないですよ。前政権の鎖国政策で労働人口は激減している。私のクラブ、OKOHAMA FCでもワールドカップで活躍したブラジルのネルマール3世をJリーグに呼ぶ予定だったのに、前政権下の文科省は外人枠を廃止する暴挙に出た。」

 サッカー協会会長のルイルイ・ラモース4世も呼応する。

「私も最初聞いた時は、外人枠撤廃=海外の有望選手を人数に関係なく呼ぶことができると早合点してしまった。まさか外人受入禁止とはね。」

 カーズ3世が続ける。

「その一方で生涯現役を貫き通した私の祖父を軍神にまで祭り上げ、第3の働き方改革と称して80才定年制を奨励。挙げ句の果ては年金支給開始を85才に引き上げてしまった。かわいそうに、引退を表明していたゴン・アカヤマ2世は還暦祝いの会場で現役続行を表明する始末。」

 副会長で日本フェンシング協会会長のユーキ・オッタ4世理事も吐き捨てるように言う。

「若年層の財産は海外の個人年金や投資信託に行っちゃってるんだから無意味な政策なんだよ。私も祖父が集めたトロフィーや貴金属は全て海外の隠し金庫に預けてるからね。」

 体操界期待のホープ、ダイキン・ハッシモト3世理事が息巻く。

「副会長、それは非国民がする行為じゃないですか。」

 オッタ理事が笑ってハッシモト理事をたしなめる。

「ハッシモト君、いけないのは僕じゃない。政治家と日本経済だよ。」

 会議は次第に経済論争の様相を呈してきた。

 キング・カーズの不満も止まらない。

「いや、確かにアゲ元総理の失態ですよ。」

 キューナ3世も同調する。

「確かに。美しい日本が見たかった国民も、長すぎる経済氷河期に流石に嫌気が差していましたし、奇しくも妻の家計問題ともみじの会の招待客問題に加え、相次ぐ閣僚たちの贈収賄事件が重なってあえなく総辞職。衆議院議員選挙は歴史的な敗北を期し、野党第1党であった民民党が棚ぼた式に政権につくことになった訳ですから。」

 ジャマシタ会長が切り出す。

「決まったものはしょうがないが、オリンピックで使用する言葉や標語は全て英語か中国語でないといけないなかね?」

 ウロフチ事務局長が応える。

「正確には米語と北京語ですが、国連で使用されているフランス語、スペイン語、ヒンディー語もOKのようです。」

 ジャマシタ会長の秘蔵っ子で昨年新理事になったコーセー・アノウエ3世が息巻いた。

「フランス語だろうがヒンディー語だろうがどうでもいい。技有りとか一本とか、日本語以外に言いようがないですよ。」

 ジャマシタ会長が愛犬をなだめるように言う。

「アノウエ君、違うよ。ワザアリ、イッポンは世界共通語だ。英語でもあり、フランス語でもあるんだ。だから柔道はすべてOKだよ。」

「ちょっと待って下さい。」

 日本テコンドー協会会長のオガモト3世が尋ねる。

「ではテコンドーも全て世界共通語ということでよろしいですね?」

「いや、あれは韓国語だろう。私はまったく知らないぞ。」

 アノウエ3世が笑って言う。

 そこに前回のオリンピックから正式種目となった日本カバディ協会のイモカーワ会長が意見した。

「どうでしょう、発祥地が英語圏、フランス語圏、中国語圏、スペイン語圏、ヒンディー語圏のスポーツのみ現行の使用語を認めるのは?残りの競技は今一度、英語に訳してはいかがですか。」

 ジャマシタ会長が尋ねる。

「シモカーワさん、具体的にどういう対応を取るんだね?」

「例えば「技あり」なら、harf-pointとか、「寝技」なら、sleeping techniqueとか。」

「ちょっとイヤらしくないかね?」 

「会長、世界の潮流から外れた事をすれば、また日本は仲間はずれになりますよ。今大事なのは、IOCの意向に即した行動を取ることでしょう!」

「イモカーワ君、最近強くなってきたからといって、正しい事を言ってあまり調子に乗らん方がいいぞ。」

 ジャマシタ会長が笑みを浮かべるがその目は鬼の目をしている。

 しかし副会長のシタジマ理事が意見する。

「いやいや会長、ごもっともな意見ですよ。ここは政府の方針に理解を示して置くことが、会長の政界への近道だと思いますよ。」

 会長は苦笑いする。

「シタジマ君、痛い所を突くね。」

「私ども水泳連盟は政府の方針に従って全て英語にしますよ。皆さん、来年のオリンピックを成功させるためにもこの大改革をチョー気持ち良く進めましょうよ。」

「シタジマさん、あなたのところはもともと英語だから実害が無い。私達のところとは違うんだよ。」

 コーセー・アノウエ理事が顔を真っ赤にして反論する。

 シタジマ副会長も黙っていない。

「アノウエさん、我々も平泳ぎをブレストと言ったり自由型をフリースタイルと呼んだり苦渋の決断をしたんですよ。都内を見渡してみなさい。ブルーマウンテンストリート、イーストキャピタルステーション、ニューポストタウンにフィールドポストタウン、次々と名称を変えてオリンピックに備えているんですよ。」

 アノウエ理事はおさまらない。

「馬鹿げてる。せめてアオヤマストリート、トウキョーステーション、シンジュク、ハラジュクでいいじゃないか。しかしあのアトヤマ総理、先祖代々宇宙人だとは思っていたが、ここまで来ると精神異常者のレベルだな。」

 会長の座を虎視眈々と狙っているシタジマ副会長がジャマシタ会長をフォローする。

「会長、いま一度、時間を置いて議論をした方が良いのではありませんか?会長も来年の大会後には熊本選挙区から立候補と伺っております。今一度、慎重なご判断が肝要かと。」

 単なる時間稼ぎだが、シタジマ副会長の大人の提案に、ジャマシタ会長もニコリと頷く。

「わかりました。では年明けの1月20日に、最終会議を開催することでよろしいですかな?」

 会長の提案に賛成の声。

 事務局長のウロフチが付け加えた。

「事務局からの確認事項ですが、ご承知の通り、来年から公の場での英語・中国語以外の使用は禁止です。よって次回からの会議は英語で行います。」

「ちょっと待ってくれ。」

 ジャマシタ会長が口を挟む。

「柔道連盟の公用語は日本語かフランス語だ。去年神戸ばかりかマドリッドのサッカーチームまで買収したラクセンじゃあるまいし。みんなで外国語を話して何が楽しいんだ。」

シタジマ副会長が微笑んで言う。

「それはそちらの団体だけの問題でしょう。それに恐らく日本人とフランス人以外は英語か中国語を話せますよ。ちなみにラクセン会長のミッキー・タニ3世は、新政権の官房長官ですよ。」

 コーセー・アノウエ理事が尋ねる。

「英語や中国語を喋れない者は次回の会議からどうすればいいんですか?」

 シモカーワ理事が冷静に意見した。

「静かにしていればいいでしょう。」

 2080年第47回トーキョーオリンピックはまだまだ前途多難だ。

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