高次元転送
土星の衛星タイタンへの転送のための到着ポイントに着く当日、みんながリビングスペースにくつろいでいるとライセはギアがいないことに気づいた。
「ギアはどこ行ったの? 」
椅子に座って本を読んでいたソレイユが言いにくそうに教えてくれた。
「また操縦室でエレミアに怒られてるみたい……」
「また? 」
ギアは昨日もエレミアに怒られていた。ライセが驚いているとクライスが話してくれる。
「しょうがないさ。ギアがちゃんと船体フレームの点検をしないとエレミアは安心して操縦をできない。ライセが動力源の点検をしてくれているおかげで僕は安全な航行を続けられる。役割はそれぞれ違ってもお互いの任務は繋がっているからね」
「そうだけど……。そういえば動力源の反物質コアで今から土星まで転送するんだよね。それってどうやって行くんだろ」
ライセの言葉に椅子に座って紅茶を嗜んでいたクライスが目を輝かせて立ち上がった。見ていたソレイユとティアリスは「また変なスイッチを押しちゃった」とばかりに呆れてると、クライスは構わずに自論を展開し始めた。
「gute Frage!《いい質問だね!》それはハドロン衝突型加速器による反物質の生成にある対消滅。粒子は消失するのでは無く別次元に転送されているのさ。その仮想粒子に量子のもつれと同様の非局所性による情報伝達を行い、ベクトルを合成して反対側のブレーンに接続すれば何光年先においても転送が可能となるのさ」
「そ、そうなんだ……」
「量子宇宙論の応用だよ。光の速度を超えた情報伝達理論さ。実際はハドロン衝突型加速器反物質素粒子対消滅記載式高次元仮想粒子非局所性位相構築型転送装置ということになるね」
聞いていたソレイユはクライスとは目を合わさずに手に開いた本に目を向けたまま呟いた。
「クライス。名前が長いわ」
「略して高次元転送! ライセ、よかったら今から僕と一緒に物理方程式を楽しまないかい? 」
「いや、また今度お願いするよ……」
クライスの親は数年前から巨大なハドロン衝突型加速器を運用していた科学者。シャトルに載せる小型化に成功して、今回のシャトルに搭載されることになったらしい。
クライス自身も物理学には詳しいみたいだが、どこか自分の理論に酔い知れていて話が長い。彼が話し終えるとソレイユが本を閉じてみんなに声を掛けた。
「そろそろ到着ポイントに着くはずよ」
「うん。操縦室に行こう。ギアもそろそろ限界かもしれないし……」
ソレイユに付いて4人が操縦室に向かうとエレミアの大きな声が聞こえてくる。
「100%じゃなきゃいけませんわ!ここは宇宙なんですから1%の気の緩みが生死に繋がりますのよ!わかっています?」
「は、はい……」
「返事はしっかりしてください! 」
「はい!」
操縦室には数時間の説教と船体フレームの説明を受けたギアがげっそりやつれてエレミアの前で立たされていた。
みんなが操縦室に入ってくるとギアは「助けてくれ! 」と懇願するように目を見開いてくる。生まれ育った国が違うとは言え、同じ年の女子に説教される屈辱と敗北感がわかるだけにライセはギアへの同情を隠せない。
入ってくるみんなを見たエレミアは眼鏡越しににっこり笑って出迎えてくれた。
「到着ポイントに着きましたわ。みなさんも操縦席にお座りくださいね」
「はい! 」
ただならぬ緊張感を感じたみんなは「しっかり」返事をした。
今から始まる人類初の宇宙での高次元転送。船体は停泊していて地球から土星への転送のための全ての確認を終えるとソレイユが声を掛けた。
「反物質コアによる高次元転送は磁場の影響を受けやすいために惑星から離れた場所への転送となります。みんな準備はいい? 」
前方の機窓には無限の宇宙が拡がっている。今からその未知の次元に飛び込むことになる。
後部座席の3人は表情を伺いながら固唾を飲んで静かに頷くと、エレミアは正確無比に、クライスは自信あり気に確認済ませて声に出す。
「周辺宙域に障害物無し。惑星磁場の影響最小限。転送後空間座標確定。オールグリーン」
「ハドロン衝突型反物質生成起動。船体コアへのアップロード完了。船内機器異常無し。オールグリーン」
未知の宙域への不安と好奇心、それぞれの気持ちが混ざり合う中で高次元転送が始まる。
エレミアとクライスの確認を聞いてソレイユが研究所への報告を終わらるとタッチパネルに入力する。
「転送先は土星の衛星タイタン周辺宙域。ジェネシス号、高次元転送開始! 」
ソレイユの声と共に次元を超えた転送の世界に繋がっていく。
無限を感じる一瞬、身体は粒子状に崩壊し、精神は宇宙空間へと放出される。自己認識が打ち消されそうな膨張を目の当たりにした6人は地球から15億km離れた土星へと転送されて行った。
転送が終わり意識に焦点が合うと、全員の表情は気分が悪くなり青ざめていた。ギアは転送後の気持ち悪さに思わず声を上げた。
「なんだよこれっ! 気持ち悪過ぎだろ……」
「確かにあまり気分は良くないわね。みんなだいじょうぶ? 」
ソレイユが気遣って声を掛けるとエレミアとクライスはタッチパネルで船体の確認をしている。
「船体、船員ともに完全に再構築完了しました」
「こ、構造上の再構築過程の問題は無いのだけど、次元を超える際の精神的な影響は把握できて無かったようだ。ん? 」
クライスがタッチパネルの情報を見て声を上げた。
「エレミア! 電波望遠鏡を使って空間座標を割り出してくれないか?」
「やっています。しかし地球の人口衛星によるGPSも観測用レーダーも全く反応しません……」
ソレイユも空中タッチパネルで確認するが宙域の座標が出てこない。
「地球への通信も繋がらない。ここは土星の周辺宙域じゃないわ。もしかして人類がまだ観測できてない未知の宇宙。転送が失敗したかもしれない……」
それぞれが機窓の外の宇宙を見て呆然としていた。ジェネシス号は人類が未だ観測すら成し得ない未踏の宇宙へと辿り着いていた。
少し難しいお話にお付き合い頂いてありがとうございます。次からはファンタジー的な物語になります。読んで頂いた方には本当に感謝しています。




