ポケットの中の宇宙
「……僕達はもう宇宙に行けないんだ」
「あぁ……。それが現実ってもんだ」
ギアに言われてライセは気づいた。みんながこの世界の現実と向き合おうと、最後の別れのため集まっていたことを。一人だけ過去に囚われていたライセだけがこの世界に抗おうと藻掻いていた。
取り残された喪失感にライセは夜空を仰ぐ。深く覆った暗い雲はあまねく星を遮っている。忘却の彼方に脳裏に霞む誰かの声が過ぎって消えていく。……君こそは人が火を得た理由を知るべきだった。
「人が火を得たのは、火がそこにあったんじゃない。人の意思が火を生み出した……」
何も能わないこの世界で何もかもを諦めて生きていく。造られた世界に閉じ込められて真実に目を背けたまま……。
「この世界の、僕達は地球の、誰かの意識に飲み込まれちゃいけないんだ」
壊れた部品に囲まれた夜闇で白熱電球に繋がるフィラメントが今にも消えそうは光を灯している。ライセがポケットに入れた手の中に、いつも手離したことの無い金のバッジが入っていた。過去の記憶の友情の証。そっと取り出して暗い夜空に掲げ、意識の中の言葉を声にした。
「夢から醒めて目覚める宇宙を解き放つ光……」
その言葉に忘れかけた懐かしい記憶が蘇る。ソレイユも大切にしまっていた金のバッチを取り出して顔を見上げて思いに耽る。
「見ることによって初めて宇宙は開かれる……」
クライスは自分が成すべきことを思い起こすように、取り出した金のバッジに語り掛けてみた。
「未知の宇宙の真理は解き明かされる……」
エレミアは大切な夢の欠片を取り出すように金のバッジを眺めて呟いた。
「この宇宙は万物現象全てに意味を成している……」
ギアは飲み込まれそうな世界から真実を見出そうと金のバッジを見て笑ってみせた。
「宇宙はつかの間の幻。全ては滅びゆく記憶……」
消え去る記憶に金のバッジを両手に包むティアリスは祈りを込めて夜空を仰ぐ。
「数多の星の輝きは私達を導いてくれる……」
ハイドラントで渡された金のバッジ。全てを没収されて夢を失った6人の誰もが大切に隠し持っていた。
手に持つバッジを眺めていると1つ1つが金の輝きを放ち始めていく。失った光を取り戻したかのようにバッジは光り輝いていた。驚く6人は手を伸ばし金のバッジを夜空に掲げてみた。すると見上げた暗い雲の上から白銀の燐光が浮かび上がってくる。
「……こちらはハイドラントのアルティオです
……皆さん通信は届いてますか?
聞こえてましたら応答願います……」
バッジから聞こえてくる声にみんなは思わず顔を見合わせ声を上げた。
「アルティオ!!」
「……皆さんご無事でしょうか? 」
「私達は全員無事よ! アルティオはどこにいるの? 」
「皆さんのお力をお借りしたくて地球の上空に来ています。今からハイドラントに来てはもらえないでしょうか? 」
「今から!? 」
突然の奇跡に驚きを隠せない6人。光り輝くバッジから聞こえてくる懐かしい声にあの日の記憶が甦る。慌てふためくソレイユはこれからの予定を気にしていた。
「えっあの、どうしよう。私、来週から校内のテストがあって今から帰って勉強しなきゃ……」
戸惑うソレイユにライセは笑って声を掛けた。
「ソレイユ、奇跡は僕達の中にあるんだ。宇宙に行こう! 」
「えっ? でも、その、宇宙に行くには準備とか……」
「僕達はこの宇宙に何も持たずに生まれて来たんだ。何も持ってく必要なんて無いよ」
「そうよね……。みんなはどうする? 」
「俺達を助けてくれたアルティオが力を借りたいって言ってんだ。行くに決まってんだろ」
ギアの声に地球に閉じ込められた意識は吹っ切れてクライスもエレミアも希望に満ちた笑顔を取り戻す。涙を拭うティアリスにライセは優しく語りかけた。
「ティアも一緒に宇宙に行こう」
「うん! 」
「アルティオ!僕達を全員もう一度あの宇宙に、君の船に転送して欲しい!」
「了解しました。転送位置を確認。そのままお待ちください」
暗雲の彼方の白銀の燐光から一筋の光が降りてくる。雲を突き抜ける金色の光は幾つもの光の輪に囲まれて、地上に掛けられた鍵を解くかのように6人の頭上に転送の光が降り注ぐ。
一瞬で転送した場所はハイドラントの探査船の操縦室。アルティオが忙しく空中パネルを操作している。
「皆さんに会えてよかった」
「アルティオ様! 」
「アルティオ!久しぶりだね!」
1ヶ月前に乗せてもらったハイドラントの探査船。月日は経ってはいないのに洗練された白銀の操縦室が懐かしい。
「地球の上空を騒がせてしまい失礼しました。理由は後で話します。今から光学迷彩で船体を隠して地球を出発します」
「了解!! 」
クジラ型の巨大宇宙船は地球の上空を離れていく。上昇を始めた時、ライセの携帯電話が鳴り出した。慌てて出てみると四道教授の声がする。
「ライセか? 今、この研究所から上空を観測をしていたら、巨大な飛翔体と光に包まれた君達が見えたんだが……」
「えっ……あの……父さん、僕達……」
突然の連絡にライセは言葉に詰まってしまう。言ってもどうせ信じてはくれない。何をどうやって伝えるか迷っていると、隣で聞こえたギアは呆れた表情で言い放つ。
「ライセ、そういう時の返事は1つだろ? 」
その言葉にライセは自信に満ちた表情ではっきりと四道教授に事実を伝えた。
「僕達、宇宙に行ってきます! 」
「……そうか。君達の無事と健闘を祈ってるよ! 」
「はい! 」
船体が空に上がるとさっき沈んだ太陽が地平に光を伸ばしていく。白銀のクジラ型の巨大船は青い地球の白い大気を飛び越えていく。造られた世界に閉じ込められて真実を見失いかけた6人を乗せて、銀鉛輝く巨大クジラは銀河の大海へと旅立っていった。




