消えゆく記憶
10月半ば過ぎ、土曜の休日にライセとギアは駅の広場に立っていた。陽が落ちかけて広場の電灯が灯る頃、長閑な雑踏の中で2人は誰かを待っている。
「来るかな?」
「どうだろ」
「忙しいみたいだよ」
「そうだよな」
電車が駅に着いた出口の人波にすらりと背が高い白シャツに、アッシュブロンドの髪をしたドイツ人の少年が降りてくる。周囲を見渡すと2人を見つけて歩み寄ってきた。
「やあ、久しぶりだね」
「クライス! 元気にしてた? 」
「毎日やることがたくさんあってさ。気がつけば1日が終わってるって感じさ。君達は元気だったかい? 」
「僕も同じだよ。毎日忙しくて、なんとなくやり過ごしてるって感じ」
「ギアはどうなんだい? 」
「んぁ? 俺か? 何もねぇよ。いつもくだらねぇ毎日だ」
「ギアらしいな」
「っんだよそれ」
クライスは笑って応えるとギアは不満気な顔を見せている。3人で話していると待ち合わせをしていた女子達も到着して手を振って近づいてきた。
「みんなごめんね! 忙しいのに来てもらって」
「ソレイユ、久しぶり! 」
気軽な装いの女子3人も久しぶりの再会に笑顔を見せている。ソレイユが全員に声を掛けて、1ヶ月ぶりに会うことになった。待ち合わせ場所は研究所から最も近い駅の広場。ライセは6人が集まれば何かが変わるかもしれないと微かな期待を寄せていた。
「えっと、せっかくだし、どこか入りましょうか」
「できれば人目が着かない静かな場所がいいですわ」
エレミアが周りを気にしている。駅前の通りを歩く人達は日本人とは違う3人をチラリと見ながら通り過ぎていく。人が少ない場所を考えて、辺りを見渡すライセが提案した。
「じゃあ、あの場所にする? ギアがいつもバイク組み立ててる廃棄場! 」
「んぁ? あそこは何もねぇよ」
「いいわね! ここから近い? 」
「近いよ! 誰も来ないし静かな場所だよ」
「そこにしましょう! ギア、場所教えてね」
「ちっ、しょうがねぇな……」
夕陽が沈む駅裏の堤防沿いを歩いていく。男子3人が前を歩くと少し後ろを女子3人は着いてくる。船内では一緒に生活していたのに、久しぶりに顔を合わせてどこか気恥ずかしさを感じていた。
赤く染まった雲の下、影が長く落とし込むアスファルトの上をライセとクライスは歩きながら話していた。
「そういえばクライス。僕達が地球に着いてから宇宙にいた時の記憶が消えていってる気がしない?」
「あぁ。それは僕も感じているよ。この地球との環境が違いすぎて、宇宙での出来事を現実として捉えることが出来なくなっているんだろうね」
「僕達が宇宙で経験したことも現実なのに……」
「きっと人の意識の奥の無意識が今の環境に適応しようとしてるのさ」
少し歩いて着いた誰もいない廃棄場。日か沈んだ暗がりをギアが小さな白熱電球を着けると、みんなでその明かりを囲んで顔を見合わせた。遠慮がちに黙り込むみんなを見てライセはクライスと話を続けた。
「クライス、僕達が別の宙域にいた事実って証明することって出来ないのかな? 」
「それはとても難しい。言っても誰も信じないさ」
「例えばクライスが宇宙で構築した理論とか発明した装置とかを証明すればわかってもらえない? 」
「理論や発明を学会に公表するには有名な大学を卒業して、名の知れた研究機関で実績を積んで、著名な教授の名前を借りて発表しないと誰も信じようとはしないものなのさ」
「もしクライスが証明しようとしたらどれくらい掛かるの?」
「早くて20年後、学会の派閥や順番を考えれば30年、40年掛かるかもしれない……」
クライスは宇宙で語った夢を諦めたように話すとエレミアも目線を落として話し出す。
「私も宇宙飛行士になるのには最低でもあと20年、テストに合格したとしても身体的な問題や資金面で宇宙に行けるかはわかりませんわ」
薄明かりの下で落胆する2人にライセは久しぶりに会えたソレイユにも聞いてみる。
「ソレイユはこれからどうするの? 」
「私は、日本では宇宙飛行士になれるのは数年に1人。現実的に考えて難しい。でも天文学や物理学はこれからも続けていくつもり」
どんな状況でも諦めなかったソレイユでさえこの世界の現実は厳しいのかもしれない。ライセはずっと連絡が取れなかったティアリスにも声を掛けてみた。
「ティアは今はどんな感じ?」
「えっ、私? ライセやギアはどうかしら? 」
「僕は将来のことなんて何も考えられなくて……。今は誰にも迷惑掛けないよう目立たないように毎日を過ごしてるだけだよ」
「俺もやりたいことなんてなんもねぇし、毎日死んだふりしてやり過ごしてるだけだな」
「そうよね、私も。周りに言われて学校に進んで、親が認めた相手と結婚して、きっとみんなが思う幸せを築いて年老いてくだけ……」
「っんだよ。みんな同じか。俺達はこの世界の牢獄で息を殺して生きてるようなもんじゃねぇか」
壊れたスクラップ部品に囲まれたの小さな灯りの下でそれぞれが置かれた厳しい現実に肩を落として失望していた。それでも諦め切れないライセはクライスに聞いてみる。
「クライス、僕達だけでもう一度あの宙域に行くことはできないかな? 」
「スペースシャトルを1機造るには数百億円。まだ世間には認められていない反重力や反物質の最新の技術を搭載すればその何倍も掛かってしまうのさ」
エレミアとソレイユも決して適うことのない難しい現実をライセに教えてくれる。
「仮に最新のシャトルを造ったとしても、私達がいた宙域の情報はもう無くなっていますわ。あの宙域は地球ではまだ観測ができてない場所なんです」
「もし私達が転送した宙域を探すとしたら、地球の衛星軌道上に精密な光学観測ができる天体望遠鏡を設置して、それから数十年掛けて見つかるかどうか……」
みんなが経験した宇宙探査は地球に帰った時点でもう二度と叶わない夢になっていた。あの時は偶然に偶然が重なって奇跡が起きただけ。そんな奇跡はもう起こらない。誰もが現実の世界に組み込まれてあの時の希望は失ってしまっていた。
暗い沈黙のあと、時間を気にしたエレミアがティアリスに声を掛ける。
「ティア、そろそろ時間ですわ」
「えっ。あっ、1時間だけ自由にしていいって言われていて……。お願い、エレミアあと少しだけいいかしら? 」
「はい。空港にチャーター便を待たせていますわ」
「あの……。今日はみんなにお別れを言いに来たの」
突然の言葉にライセが驚くと他のみんなは驚くことなく、それが当然のように受け入れている。ティアリスは目に浮かぶ涙を堪えて最後の言葉を続けていた。
「みんなとはもう会えない。私には私が生まれた環境があって、その中で生きてくことが周りを幸せにするの。でも今日で最後なのに、記憶が無くなっていくのに、私の中の大切な記憶だけは消えないの……」
悲しく見つめるティアを見てライセは最初に彼女に会った時のことを思い出す。この世界は造られた幸せの偽りの自由の中でしか生きられない。地球という惑星がどれ程不自由であるかを何も知らなかった。
悲しむティアリスを慰めるソレイユは今日みんなに集まってもらった理由を打ち明けた。
「あの時、地球に着いて私達の宇宙探査が終わって、最後にちゃんとお別れを言ってなくて……。それで今日みんなに集まってもらったの」
ここに来るまでに感じていたライセの中の期待感は手の平に乗せた砂のように脆く崩れていく。もう2度と宇宙になんて行けない。みんなとも会えなくなる。それぞれが引き裂かれて、この世界の現実に繋がれ死んだふりをして生きていくしかないことを……。
2部は星間戦争や戦闘描写が多くなりますが、宇宙や科学の考察も入れていく予定です。
無駄な情景描写や心情描写はできる限りカットしていきます。




