最後のエデン
停泊地点の安全を確認した6人は全員で一旦休憩を取ることにした。未知の光に包まれてひっそりと宇宙空間に浮かぶジェネシス号。
船内では各自が自分の部屋でゆっくり休んで起きてくる。ライセが起きて部屋から顔を出すと、先に起きていたソレイユ達がリビングスペースのモニターを使って反物質星の観測をしていた。部屋にはティアリスが朝食の準備をしているパンが焼けた匂いが漂っている。
「おはよう」
「おはよ! 」
今が朝なのかはわからない。起きたらみんな挨拶をする。ギアも眠そうな顔をしながら部屋に入ってくるとティアリスが並べてくれた朝食をみんなで食べはじめる。食べながらクライスとソレイユが話し出した。
「やはりあの反物質星は対生成と対消滅を繰り返しているようだね」
「そうみたいね。惑星ラムウが教えてくれた白き創星イェンツィガは天の川銀河誕生の設計や知識が集積した反物質星のことだったのね」
「あの反物質星がホログラフイックのようにこの銀河を投影しているようなものさ」
「……だとするとイェンツィガを調べれば銀河を自由に航海する方法が見つかるかもしれない」
ソレイユとクライスが話していると朝食の卵をパンに乗せて口に頬張ったギアが呟いた。
「それってなんかこの宇宙が誰かに創られたみたいだな」
「そうね。あの光の中にある反物質を調べれば宇宙の起源に触れることができるかも」
パンを片手に持つライセもモニターに映る反物質星の光を見ながら呟いた。
「僕達や人類が地球や遠く離れた惑星にも存在する理由があの光の中に隠されている……」
「その可能性もあるわ。しかし今は地球に帰る方法を考えましょう」
ソレイユの言葉にクライスとエレミアは提案する。
「僕はあの反物質星の対消滅を利用して高次元転送のベクトルを地球へと繋ぐ理論を構築してみよう」
「私は反物質星を観測して地球の物質との非局所性を調べてみますわ」
「ソレイユ、ペンはあるかい? 」
「えぇ。これでよかったら……」
ソレイユが胸ポケットから差し出したペンを手に取るクライスは何かを思いついたようにパンを口に加えたまま部屋の壁に物理方程式を書き始めた。
エレミアは食事を終えてリビングスペースのモニターで反物質星の観測を始める。
ソレイユは2人を手伝いながらティアリスは食事を片付けて、ライセとギアは船内の定期点検を始めることにした。
数時間後、クライスが書き綴る物理方程式はリビングスペースの壁から床へと続いていた。そしてペンを放り出して声を上げる。
「完成だ! あとはこの理論を元に反物質コアを改良すればいい! 」
「素晴らしい理論ね! この理論が正しければ反物質星の対消滅を利用して私達は銀河のあらゆる場所へと到達することができる! 」
クライスとソレイユが喜んでいると、ライセとギアは書き綴られた数字や文字の羅列に首を傾げていた。
喜んでいる最中、ソファーに足を出して座っていたギアの表情は翳り目つきが変わる。突然拳銃を抜いて部屋の中央に銃口を向けた。
すると全員が揃うリビングスペースの中央に灰色の渦が滲んで浮かび上がる。
「クロノス、何しに来た? 」
ギアの声に全員が目を向けると闇の中から灰白のフードを深く被ったクロノスが現れる。
「僕は何もしない。君達に別れの挨拶をしに来ただけだよ」
「何言ってんだ? 俺はお前だけは信用できねぇ! 」
「信用できなくて当然だ。僕はそういうものだから」
突然現れたクロノスに苛立つギアを鎮めるようにソレイユがクロノスに声を掛けた。
「あなたはクロノスね。別れの挨拶とはどういうこと? 」
「君はパシピエントのソレイユだね。知っておいて欲しい。君達はこの宙域に存在してはいけないものだったんだ」
どうやって侵入したのかわからない。突然現れて、部屋の中央に立つクロノスの言葉に取り囲む1人づつが問いかけてみる。
「それはどういう意味でしょうか? 」
「アーキテクトのエレミア、君達が存在したこの宙域と君達が生まれ育った地球とは掛け離れている。数万光年先への宙域の移動を可能としても創造主はそれを許さない」
「つまり僕達自身が存在してはいけない宙域に来てしまったということなのかい? 」
「シーカーのクライス、そういうことだ。君達は与えられた力も無限の可能性も失って地球という『最後のエデン』に帰ることになる」
「……最後のエデンとはどういったことかしら? 」
「オラクルのティアリス、君達の地球は創造主によって守られているんだよ。だから君達は必然的に力を得て、その力でこの宙域のバランスまでも変えてしまった」
「宙域のバランスってどういうことだ? 」
「ハルシネーターのギア、この宙域は微妙はバランスで保たれていた。もちろん延々と星間戦争を続けている惑星もある。しかしそれらエントロピーも終止符を打つことになる」
「……クロノス、君は一体何者なんだ? 」
「エスカピストのライセ、宇宙は意識の数だけ存在する。君達はそれを共有しているに過ぎない。この宇宙の見るものや感じ取る感覚が真実であるかを君達は知るべきだった」
「僕達が見ている宇宙が真実では無いということ? 」
「ライセ、誰もがこの宇宙の真実には目を向けようとしない。君達がなぜ創成の光を得たのか。そして君こそは人が火を得た理由を知る必要があった」
クロノスが一瞬見せた白灰の瞳が嘘や詭弁を言っているようには見えない。むしろ何かに抗い真実を見出そうとする姿にすら見える。
彼は全員を見渡し別れを惜しむように言葉を続けた。
「禁断の果実を手にした君達が遠く離れて造られた牢獄の中に戻ってしまえば、きっと後悔すら忘れることになるだろう」
クロノスの言葉を打ち消すようにソレイユは今の自分達にとって最も大切なことを言葉にした。
「私達が生まれ育った故郷は地球。私達には待ってる人がいる。地球に帰らなければならないの」
「それが君達が地球に存在する理由。君達の中に刻まれたプログラムなのかもしれない……」
失望するように言葉を残したクロノスは闇の中へと消えて行く。彼がどのような存在で、何を言いたかったのか、今の6人にはまだ何もわからなかった。




