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ガラスの温もり

 入港施設に停泊するジェネシス号に戻った6人。操縦室に集まって慌ただしく出発の準備を確認する中で、クライスが手を止めて声を漏らした。


「……出発を少しだけ待ってくれないかい? 」


「えぇ。いいわよ」


 ソレイユの了解を得たクライスはハッチを開けて外に出ていく。船外で少しの間を佇んでいると透き通る入港施設の1つだけの入口からクリスタルロイドが歩いてきた。

 ナルシアの体型をそのまま移した胸に白い光を灯したクリスタルロイド。戸惑いつつも近づいてクライスは彼女に声を掛けてみる。


「……ナルシア」


「クライス、これが生まれ変わった私……」


 目の前にいるのは彼女の記憶を受け継いだ無表情なクリスタルロイド。胸の前で手を組んで見つめる仕草はナルシアそのもの。


「あっ、……あぁ、とても綺麗だよ。ナルシア」


「私はこの星に残ります。クリスタルロイドの体を手に入れた私にとってこの星が一番過ごしやすいから」


「そ、そうだね。それがいいと思うよ。僕達は地球に帰らなければいけない」


「クライス、私をこの星に連れて来てくれてありがとう」


「どういたしまして」


 作り笑いで応えていたクライスは頭上を見上げて、彼女の思い出に触れるように目を閉じていた。そして片膝を着くとナルシアに手を差し出した。

 冷たく硬い変わってしまった彼女のガラスの手を取って、その透き通った手の甲にキスをすると、クライスの目から堪えきれない想いが零れ落ちた。


「さようなら、クライス」


「ありがとう、ナルシア」


 顔を上げてそのまま振り向かずにクライスはガラスの世界を後にする。その背中をクリスタルロイドはずっと見届けていた。

 見ていたライセにもクライスの気持ちがわかる気がした。大切な人にさよならが言えない切なさが。


 出発の準備が終わった操縦室。戻ったクライスは平然と座って確認を済ませて声を上げる。


「船体並びに船内機器に異常無し。ハドロン衝突型加速器稼働、反重力スラスター作動。オールグリーン」


「周辺空域並びに進行方向異常無し。天候良好。視界良好。オールグリーン」


「ヨシュアが入港施設を操作してくれている間に脱出します。惑星レアールの大気圏突入後には宙域の新鋭艦にも注意してください。ジェネシス号、発進します」


 ソレイユの合図で上空へと浮遊するジェネシス号は透き通るクリスタルの未来都市を遠ざけ一気に加速する。

 全員が上空へと注意を払う中でライセは遠ざかる入港施設を確認するとクリスタルロイドになったナルシアが立っている。その入口には灰色の渦が微かに浮かんで滲んでいた。


 機窓に見えてくるのは白く光った白色矮星。光を閉じ込めた惑星を抜け出すと、人口惑星を警戒巡航する多数の新鋭艦が見えてくる。


「エレミア、周囲のレアール新鋭艦の位置の確認を」


「はい。全ての新鋭艦が動きを止めているようですわ」


「クライス、できるだけレアールの新鋭艦から距離を取ってルートを構築してみて」


「了解。最大速度を維持しつつ距離を取ってみるよ」


 全面クリスタルでできた白い光を帯びた新鋭艦の間を反重力スラスターで音を立てずに掻い潜っていく。すれ違う新鋭艦の透き通る外郭からは動きを止めたクリスタルロイドが見えていた。

 惑星レアールから充分に距離を取って安全が確保されるとみんなは大きくひと息を着いた。


「少し、休憩しましょう。操縦室は私が見とくからみんなは休んできて」


 転送地点までのしばらくの時間をソレイユに操縦を任せて休憩することにした。

 操縦室から軽く飛び跳ねてリビングスペースへと向かうとギアは鍵盤蓋を開けてピアノを弾き出した。ティアリスが紅茶を入れてくれるいつもの日常。

 高い鍵盤がガラスの音のように部屋に響き渡ると、紅茶を嗜むクライスが思い出したように呟いた。


「あぁ、そうだ。僕がナルシアの部屋を片付けよう」


 きっとクライスにも何か思うことがあるのかも知れないとみんなは黙って見過ごすと、ライセはクライスの後を追った。

 7番目にある部屋にライセが入るとクライスはナルシアがいたベッドに座って佇んでいた。


「……ライセ」


「クライス。……大丈夫?」


「僕は大丈夫さ。ナルシアにとってはきっと一番いい選択だったと思うよ」


「でもクライスは……」


「僕は平気さ。もう気にしてないよ」


「そっか」


 ライセが隣に座ると話好きなクライスはいつもの調子で、少し落ち着いて話し掛けてくる。


「もし人類が人を模倣したアンドロイドを造るとしたら、人と同じ愛情や限られた生命、生きる場所を与えてあげないといけないのかもしれないな」


「そうだね。造られた体にだってきっと人と同じ心が宿るんだよ」


「あぁ。全てを人間原理で考えてはいけないのさ」


 2人が座るベッドの上にはナルシアが綴った手紙が置かれたままになっていた。


「……ライセ、アンドロイドも恋をするのかな」


 部屋の機窓を眺めて呟いたクライスの一言がなぜかライセの胸を締め付ける。ライセは溢れ出す感情を言葉にした。


「するよ。きっとするに決まってる!だって、どんなに遠くにあってもどんなに形を変えても大切な人への想いは決して変わらない! ……じゃなきゃ、やってらんないよ」


「……だよな。もし宇宙を読み解く万物の理論が完成したとしても、僕には恋愛だけは読み解けそうにないな」


「僕にもわからないよ。でもきっと恋愛って一瞬で消えて無くなってしまうから……ずっと大切にしなきゃいけないのかもしれない」


 2人はナルシアがいた部屋の窓に映る永遠を刻む星々の輝きを眺めていた。



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