人類の楽園
見切り発車です。
ソレイユの目前、白光の巨大な顔は大きな目で見据えている。無数の意識に形作られた顔に向かってソレイユは呼び掛けてみた。
「……あなたが惑星レアールの集合意識」
「私はクオリア。惑星レアールの英智の結晶。人智を超えた永久機関」
巨大な顔が話し出すと女性の低い声が響き渡る。クオリアの異様な姿に慄きながらもソレイユは静かに問いかけてみた。
「あなたがこの場所に数千億の人の意識を閉じ込めているのね」
「人類は限られた世界の中で儚い生命を終わらせる生命体。かつてのレアール人達が生命のメカニズムから自らを守るためにこの世界を創り上げた」
「意識を移行したクリスタルロイドがかつてレアールの市街地に住んでいたけれど、永遠の時の流れの中で生きる意味を見失ってしまった」
「人が望んで止まない永遠の生命、宇宙のエネルギーを利用した進化を続ける科学技術、人が幻想抱く完璧な世界がこの惑星レアールにある」
「この造られた惑星には生きている人はもう住んでない。 人の意識は思い出の中に寄り添ったまま、永遠の時に取り残されてるわ」
「夢想の中で永遠に幸せの時を過ごす。それが人類が求めて止まない楽園であり理想郷と言われる世界」
「それは創られた世界の中で幻想に囚われているだけ。クオリア、あなたもかつてのレアール人に与えられたプログラムを遂行してるだけにしか過ぎない」
「私は完璧なプログラムであり、常に進化を遂げている。人智を超えた科学は宇宙の理さえも掌握する」
「あなたは過去に造られたプログラム。人の意識を吸収して自らの進化に役立てているだけよ」
「お前達地球人もここで生身の体を捨てレアールの集合意識となってクオリアの進化の糧となるべき存在」
「いえ。私達には永遠の命も幻想の世界も必要ない。私達は地球に帰らなければならないの」
人の顔を形作る集合意識クオリアは周囲に白い光を放ち出す。光が収縮したその場所には巨大な顔は消えて、背の高い女性のクリスタルロイドが立っていた。
「楽園へと踏み入ったお前達は我々にとって危険な存在。ここから帰す訳にはいかない」
胸に白い光を収縮させたクリスタルロイドは手の上に電撃を震わせソレイユに向かって投げ放つ。その異変にソレイユは呆然と立ち竦んでいると、危険を感じたヨシュアがソレイユの前に立ちはだかった。
「ヨシュア! 」
「……皆さん逃げてください」
クオリアが放った電撃はヨシュアの体に直撃する。透き通るヨシュアの体は電撃に包まれ、崩れるように倒れ込んだ。
白く発光するクリスタルロイドは手の上に電撃を震わせソレイユを狙っている。
「ソレイユ、避けて! 」
ソレイユは重力波を操り、高く飛び上がって電撃を避けた。クオリアは両手の電撃を続け様に放っている。
距離を取って避けるソレイユにライセは刀を抜いて集中する。熱伝導を起こす超音波刀。クオリアに向けて火柱を上げる刀を薙ぎ払った。
燃え盛る紅い炎の中で、クオリアが全身に白い光を凝縮させると炎は一瞬で消えて無くなっていく。ソレイユがクオリアに向けて放つ重力波もその周囲を包む白い光が跳ね除けていく。
「あれは光量子。ティアと同じ能力……」
避けるソレイユの動きを読み解くように、クオリアは正確に電撃を撃ち放つ。避けきれないソレイユを後ろにいたティアリスが集中して白い光で包み込む。
膨張する白の光はソレイユを守って電撃を跳ね除けると、光に目を止めたクオリアが立ち止まった。
「それはこの宇宙を打ち消す背徳の光……」
「いえ。これは神託の光よ」
ティアリスの光と言葉にクオリアは立ち尽くしていた。
「この宇宙に神はいない。神は人を救わない」
「人が想像する神は誰も救わないわ。神は人に導きを与えるもの」
「神はいない。神は人を……人類を見離した……人の意識は進化を遂げて神とならなければいけない……」
「それがあなたの存在する理由ね。儚い人生を嘆き、神に失望して、人であることを見失った、永遠という贖罪の中でしか生きられない意識の集まり」
ティアリスが白い光でソレイユを守ると、刀を持ったライセがクオリアに取り付いた。超音波刀が脳量子共鳴に反応してクオリアの白光する胸を斬り裂いた。
「クオリア、人は神になんてなれないんだ! 」
「……お前達は宇宙の真実を知らない」
斬り裂かれたクオリアの胸は白い光の中に修復していく。自らの傷を気に止めること無くクオリアは執拗にソレイユを追い詰めていく。
炎も重力も刀も効かない、動きを止めないクオリアに3人は戸惑うと、床に倒れていたヨシュアが起き上がった。周囲の状況を確認したヨシュアがクオリアの背中にしがみついた。
「このクオリアの存在が私達クリスタルロイドの意識も閉じ込めていました。皆さんは逃げてください! 」
後ろから絡みつくヨシュアの腕をクオリアが掴んで砕いていく。それでも3人を逃がそうとヨシュアはクオリアから離れない。ライセはソレイユに向かって叫んだ。
「ソレイユ、僕をあの頭上の球体に飛ばして! 」
「あの透明の球体に!? 」
「あれは人の集合意識、あの球体を破壊する! 」
ソレイユの重力波はライセを頭上の球体へと飛ばして行く。高く舞い上がったライセは透き通る球体に刀を突き刺した。
増殖し続けるガラスの思い出がひび割れていく。砕け散る球体を見上げたクオリアはライセに向かって声を上げた。
「それは人の大切な意識。楽園に生き続けているレアールの心」
「これはもう人の意識なんかじゃない。機械に縛られてるただの記憶! 」
「人は夢の中でしか生きられない。お前には数千億の人の意識を奪うことができるのか? 」
「僕が受け継いだ光はエスカピスト。夢から醒めて目覚める宇宙を解き放つ光……」
ライセの脳量子共鳴が刃先を赤く輝かせ炎を巻き起こす。ガラスの球体は刺した先から溶け落ちていく。
「やめろ、それは私の集合意識……進化の源泉……」
「クオリア、閉じ込められた人の意識は君が解放しないといけない。君達はこの宇宙に解放されるべきなんだ」
ライセの言葉に反応して区切られた床の明かりは1つまた1つと消えていく。自ら命を解き放つようにガラスの世界はその光を失い、クオリアの体の光も消えて動きを止めていた。
白く霞んだ暗いガラスの底にライセは降りていく。光が消えて無くなっていく深層でソレイユはみんなに声を掛けた。
「ここから出ましょう。みんなの所に戻りましょう」
消えゆく光の中でヨシュアと3人はソレイユの重力波で集中管理塔へと上がって行った。崩れた通路の手前には探しに来たギア達が待っていた。全員で船に戻ろうとした時、ヨシュアが立ち止まった。
「皆さん、私は中央管理塔に残ります。この惑星に複数存在するクオリアは決してあなた達を逃さない。私があなた達を無事にレアールを脱出するように管理塔を操作します」
「何言ってんだ! ヨシュア、お前も一緒に脱出するぞ! 」
ギアの誘いに片腕を失くしたヨシュアは立ち止まったまま静かに声を響かせた。
「私はアンドロイド。腕は痛みを感じない。しかしあなた達が無事に脱出しないと心は痛みを感じてしまいます」
ヨシュアの心を込めた言葉にみんなは大切な友人を見送るように、ソレイユは最後の別れを告げた。
「ありがとうヨシュア、きっとこの惑星は変わるはず。あなた達クリスタルロイドの楽園になるべきなのかもしれない」
「ありがとうございます。無事に地球に帰ってください。この宇宙は繋がっている限り、私はきっとまたあなた達に会えるでしょう」
ヨシュアのガラスの無表情が別れの涙を流しているようにも見えてくる。6人は何度も振り返って惑星レアールを脱出するために入港施設へと戻って行った。
天国とはどういったものなのでしょうか。
神は所詮人が想像したものという言葉を目にして
それは想像力が足りないのでは?
と思ってしまいました。




