シンギュラリティ
思考実験を楽しんでもらえれば……
次の日、みんなで相談してナルシアの治療と磁場制御装置の製造のために一旦ハイドラントに戻ることを決めた。レアールで補充と点検をしながら、高次元転送の体力消耗に耐えれるようナルシアの容態が安定してから出発することにした。
船内で各自が点検をしていると、外の閉め切ったハッチの前でクリスタルロイドが1体立っていた。
「出港の連絡は終わってるんだけど、どうしてクリスタルロイドが立ってるのかな」
「もし何か連絡したいことがあるなら通信があるはずですわ」
「きっと何か用があるんだよ。ハッチを開けて聞いてみようよ」
立ったままのクリスタルロイドにみんなでハッチを開けて外に出てみることにした。出てきたみんなにクリスタルロイドは無表情に問いかけてきた。
「あなた方は私の味方ですか?敵ですか?」
突然の質問に誰も答えられない。みんなが困惑しているとクライスが笑って答えている。
「どちらでもないさ」
「クライス、どういう意味?」
「旧約聖書のヨシュア記だよ。神の戦士に会ってヨシュアが質問した答えなんだ」
「そうなのね。とりあえず入ってお話しましょう」
ソレイユはクリスタルロイドを船内に入れて話すことにした。容態が良くないナルシアを部屋で休ませてリビングスペースで6人とクリスタルロイドが向き合って話してみる。
「まずは皆さんに謝らなければいけません。私はあなた方の大切な友人のエレミアさんを治療のために連れ去ろうとしました。どうかお許しください」
「あぁ。あの時にナルシアの部屋にいたクリスタルロイドなんだね。僕もついカッとなってしまってプラズマを流してしまった。僕の方こそ許して欲しい」
「クライスさんありがとうございます。私は皆さんに聞いてもらいたいことがあってハッチの前で会えるのを待っていました」
思っていた以上に礼儀正しいクリスタルロイドにソレイユとクライスが応えてみた。
「そうなんですね。私達でよければ話してみてください」
「実は体にプラズマを受けた時に私の意識が覚醒したようなのです」
「意識が覚醒とはどういうこと?」
「私達クリスタルロイドは正常に起動しなくなると廃棄されます。しかし私の仲間がルールに違反して私を直そうとした行為が私に自我を目覚めさせたようなのです」
「つまり仲間を守ろうとした行為で覚醒したと、君達はそれぞれが別々の意識で動いているのでは無いのかい?」
「いいえ。私達はクオリアという数千億の集合意識の末端として動いています。クリスタルロイドには意思が無く命令された指示通りに動くだけの機械です」
「てっきり君達は元々は人間であって、今はアンドロイドになっているのかと思ってたよ」
「いえ。元々人間であった意識はクオリアの元で過ごしています。惑星レアールは人間の集合意識によって管理されていて、私達はその末端の機械として人を模倣して造られた存在です」
「その君達クリスタルロイドには人間のような意思は存在しないのだね」
「はい。アンドロイドやAI《人口知能》は全てにおいて人間のような独立した意思を持つことは不可能です。私達クリスタルロイドも最先端技術で造られていますが定められたプログラムの中でのみ動く機械でしかないのです」
「アンドロイドって人間のようにはなれないんだ? 」
ライセの質問にエレミアとクライスが答えてくれる。
「言わゆるシンギュラリティ、AIが人間を超越するという理論は不可能ですわ。AIを人と同じ自我を持たせるとしたら自我を認識させるためのプログラムが必要。しかしそのプログラム自体にも自我を必要とするため、AIが人の意思から独立することは決して有り得ませんわ」
「AIの解答や行動には必ず人の意思が介在している。処理速度や合理的な解答を得られたとしても、人間のような独自性や創造力は生まれないのさ」
「でも目の前にいるクリスタルロイドは意思が独立したんだよね? 」
「はい。私がクオリアから意思が独立して自我を獲得したのは知的生命体が持っている『限りある生命』、『意識の進化』、『他者への愛情』を偶発的に手に入れたからかと思われます」
少し解りにくい話にティアリスも聞いてみる。
「その、……あなたは、今までクオリアという惑星レアールの集合意識によるプログラムの元で行動していたとして、今のあなたと、以前のあなたとはどこが違うのかしら?」
「私は300年の時間を毎日決められたルールに従って行動してきました。死という概念が無い、規則的な行動、他との違いを見い出せない、以前のプログラムの中で計算された意識は1日が数秒で終わる感覚でした。今は意識が拡がりを見せていて時間がとても貴重に感じ取ることができます」
「毎日を同じ場所で同じことを考えて規則的な行動を取る。他者との交流による変化も自らの心や体に成長や老いも恐怖も無い。それって1日が数秒で過ぎる永遠の時間になってしまう……」
ソレイユの言葉にその場にいた全員が思いを口にした。
「そいつは永遠という名の地獄だな」
「生命は限りある若さや美しさがあってこそ、その瞬間がとても貴重なのさ」
「永遠の時間の中では進化を見い出すことができないということですわ」
「人が永遠に神秘を見い出すのは限りある時間の尊さを知ってるからなんだろうね」
「この惑星は何か特別なルールで生きているのかも」
「クオリアという集合意識がルールを作っているのね」
「私の中に生まれた自我はあなた方と共にあることで意識の拡がりを見せるようです。よろしければあなた方がこの惑星に滞在する貴重な時間を一緒に過ごさせてはもらえないでしょうか」
クリスタルロイドの願いをソレイユは笑顔で応えて返した。
「私達は補充と点検を終わらせたら出発するんだけどそれでもよければ。もしよければ磁場制御装置の製造も手伝って欲しいし、あなたの意識に変化があるならそれはきっと素晴らしいことよ」
「ありがとうございます。磁場制御装置の製造については私の記憶の中の設計を元にあなた方への協力を可能とします」
全員が賛成して話が決まるとクライスがクリスタルロイドに向かって提案した。
「自我が生まれたのなら君に名前を付けよう! ヨシュアってのはどうだい?」
「はい。ヨシュア。皆さん私をヨシュアと呼んでください。よろしくお願いします」
透き通る女性の体型をして胸が光った無表情なヨシュアをみんなで歓迎する。出発するまでの少しの間、みんなと一緒に船内で過ごすことにした。




