銀河最大のスラム街
「頼む! 昼には帰ってくる! 街に行かせてくれ! 」
「いいわよ。でも喧嘩や揉め事はダメよ? 」
朝食後の船内。リビングスペースでみんなでくつろいでいるとギアがソレイユに頼み込んでいる。
ソレイユの了解を取ったギアは早速自分の部屋から黒いバイクを持ち出して上機嫌で立ち去ろうとすると、エレミアが呼び止めた。
「……ギア。街に行きたいのは修理に飽きてそのバイクに乗りたいだけですね? 」
「ち、違っ。……ジルリウム鉱石のためだって! 」
「ふーん。1人で行くのですか? 」
「ラ、ライセも行こうぜ! 」
「いいよ」
ギアは二挺拳銃を提げてライセは刀をリュックに入れて準備をする。見ていたクライスは薬の名前を書いたメモをギアに手渡した。
「ギア。街に行くならナルシアのためにこの惑星の薬を買ってきてくれないかい? 」
「わかった! ジルリウム鉱石と薬と、あとお土産も待っとけよ! 」
「ライセもギアも早く帰ってきてね」
「うん! 」
ティアリスが心配そうに見送ると2人はバイクと一緒にハッチを降りていく。
ギアがアクセルを吹かすと周囲にエンジン音が鳴り響く。黒く滑らかな光沢に覆われた硬い骨格。剥き出しの鉛色の心臓が2人の体を震わせ、身の毛がよだつ爆音を響かせていた。
「ギアが欲しがってたバイクだね。出発する時に用意してもらったんだ? 」
「カワサキってバイクだ。自動二輪では世界最速だ。いい音鳴らすだろ」
ライセが後ろに乗るとギアはステップを蹴り上げて丘の小道を降りて行く。行く先が霞んだ街への一本道をギアとライセは疾風のように走り抜けていった。
街に着くとどれも同じバラック小屋が連なるスラム街。視界を遮る汚れた街の空気。遠くからは採掘の機械音と輸送機の爆音が響いていた。息が詰まりそうな薄汚れた灰色の空の下、通りを歩く人達は一瞬目を向けるが誰もが目線を逸らし俯いて歩いている。
「酷い惑星だね。空気も汚れてて、みんな疲れ切ってる」
「そうか? 地球とたいして変わんねぇけどな」
ギアはバイクを止めて大通りにある機械部品が並んだ小さな店に入ってみた。
「おっさん。ジルリウム鉱石は無いか? 」
「……あぁ。あれは最近品薄でな。売ってやってもいいがお前ら金持ってるのか? 」
「金かぁ。これ売れないか? 賭けで手に入れたんだ結構高価な品物らしいぞ」
ギアは腰に提げていたナイフを店主に差し出した。
「……ナイフか。武器は店に置いても誰も買わねぇな」
「このナイフは高密度炭素ナイフで硬くてよく切れる。おっさん買ってくれ」
「ここは銀河最大のスラム街だ。食料や生活用品ならすぐに買ってやるよ」
「食料は持ってきてねぇんだ。この辺でナイフ高く買ってくれるとこないか? 」
「……そうだな。この通りの突き当たり、コーネリアス様なら買ってくれるかもしれん」
「コーネリアス? 」
「カザロフで一番の金持ちだ。武器を買ってもらうならそこに行くといい」
「わかったよ。おっさんありがとな」
バイクを店に預けて2人は街を歩いてコーネリアスの家を探すことにした。空の光も遮られた汚れた通りを進んで行くと疲れ切った人混みは増えていく。
その途中、ギアはすれ違った灰白のフードに顔を隠した男にすっと銃口を向ける。すると男は人混みに紛れて消えていなくなっていた。
「ギア、どうしたの? 」
「……いや。なんでもねぇ」
大通りを向かった先の一際目立つ白亜の宮殿。
スラム街の中心に聳え立つ豪華な宮殿が広大な敷地を占有している。その周囲をライフルを肩に掛けた女性警備員が見張っていた。
「……ここだよね」
「……たぶんな」
「すごい宮殿だね……噴水や石像もあるよ」
「あぁ。なんか金持ち臭くて趣味悪ぃよな」
2人は宮殿の正面玄関で受付をして、外の待合所で待ってみることにした。待合所には数十人の長い行列。その最後尾に並んでみる。
壁に寄りかかって待っていると前に並ぶ中年の男性がライセに話し掛けてきた。
「君達もコーネリアス様に面会かね? 」
「はい」
「私もカザロフの採掘権を得るために面会したいのだが、もう10日間以上もここで待たされてる」
「10日も!? 」
「コーネリアス様はこの惑星の最高権力者だ。彼に気に入ってもらえれば何でも手に入るそうだよ」
「でも10日以上も待てないよ……」
話を聞いた2人は諦めて帰ろうとした時、受付の女性が近づいて声を掛けてくる。
「地球から訪問されたライセ様とギア様ですね。特別に面会が許されています。こちらからお入りください」
突然言われて驚く2人は女性に案内されて宮殿の長い通路を着いて行った。
通された黄金の広間には多くの女性に囲まれた1人の男が天蓋付きのベッドに寝そべっている。上半身裸に金のストールを掛けた男は女性が差し出すタブレットに目を遣りながらライセとギアに声を掛けてきた。
「お前達が地球から来た2人か」
「……はい」
「地球など聞いたこともない。まあ辺境の未開の惑星といったところか」
「……」
「あぁ。入港審査のお前達の情報は全てこちらで管理している。今日は私に何の用で来たのかな? 」
「この高密度炭素ナイフを買ってもらえねぇかな? 」
ギアがナイフを見せると案内した女性が受け取って男に差し出した。男はナイフを手に取ると放り投げて言葉を吐き捨てた。
「ハイドラントの超硬度ナイフか。こんなものは金を出せばいつでも手に入る」
「……」
「それよりもお前達と一緒に滞在している地球の女性はどこにいるのかな? 」
「……えっと。今は別のところにいます」
お仕えの女性が差し出しているタブレットを見る男の目は吊り上がり笑みを浮かべていた。
「このティアリスという女性なら私が買おう」
「えっ? 」
「代わりにお前達に大金をくれてやる」
「いえ。やめておきます」
「ん? それとも宇宙船がいいのか? ハイドラント級の探査船、ガルゼア級の戦闘艦、レアール級の新鋭艦、カザロフ級の輸送船で大儲けしてもいい。なんだったら地球から来たこの女性3人をまとめて買ってやろう」
「あぁ? 何言ってんだこいつ! 」
男の威圧的な言葉にギアは苛立っていた。ライセは喧嘩や揉め事をしないでと言っていたソレイユの言葉を思い出す。
「あの。すいません! お金はいらないんで帰ります」
「ふむ。残念だな。良い取り引きだとは思うがな。まあ私と会えた駄賃だ。受け取りなさい」
男はベッドの脇の貨幣が詰まった箱に手を入れるとライセ達に向けて小さな硬貨を1つ放り投げる。案内した女性が落ちた硬貨を拾うとナイフと一緒にライセに手渡した。苛立つギアを連れてライセは宮殿を立ち去っていく。
「なんだよっ! あの変態オヤジ、頭おかしいだろ! 」
「きっとすごく偉いんだよ。それより薬を探そう」
2人は硬貨1枚を持って店へと戻って行った。
ライセとギアがいなくなった宮殿の広間では男がどこかに通信していた。
「いなくなった地球人が見つかったぞ」
「コーネリアス、約束は守ってもらう」
「任せておけ。全て手筈は整えてある。明日には6人を差し出してやろう」
「油断はするなよ」
「この惑星に来たものは全て私に従ってもらう。全ては衛星により監視された私の所有物だからな」
タブレットに映る6人に目を向けるコーネリアスの表情は欲に穢れた歪んだ笑みを浮かべていた。




