祈りと欲望の狭間
――本当の想いに気づけますか?
★15分程度で読めますので是非お読みください。
★タイトルの意味を、読み終えた際に再び楽しんでいただけたら幸いです。
★展開に裏切られる場合があります。そういう意味で恐怖を盛り込みました。
☆どの部分で本当の想いに気付くか、気付けた方は感想など頂けると嬉しいです。
私には好きな人がいる。
正確には好きかどうかよく分からない。
けれどもきっと好きなんだと思う。
思考に隙間ができるとすぐにその人の事を考えてしまうし、いろんなことを妄想してしまう。
我ながら自分が気持ち悪い女だなって思う。
「ほーのか!」
今日もふんわりとその人の事を考えながら通学路を歩いていると、不意に聞こえた元気な声と同時に左肩を叩かれた。
顔を向けるとそこにはちょっぴり寝癖の付いた舞ちゃんがニッコリ笑顔で白い歯を見せていた。
「おはよう、舞ちゃん」
「おっはよう! あー、まーた坂見君のことでも考えてたの?」
「ち、違うよ!」
「怪しいー」
舞ちゃんは見透かすようなジト目を向けてきたけど、すぐに笑顔に戻って私の隣を同じ速度で歩み出す。
「今日も寒いよねー。こんな極寒の中を歩くの辛いから、通学路を全部動く歩道にしてくれないかなぁ。ムービングサイドウォークってやつ?」
舞ちゃんは小学校からの私の親友。
いつも元気でポジティブで、それでいて私にいつも的確な助言をくれる頼れる存在だ。
「あの空港とかにあるやつ?」
「そうそう! そうしたら移動しながら朝ごはんも食べれるし、着替えもできるのにー」
「いや舞ちゃん、それだと余計に寒いし見られちゃうよ」
「そっかー、私は別に見られて困らないけどさっ。ほのかは困るよねー」
「……大抵の人は困るし、何より犯罪でしょ」
「でもでも、家を出てから学校まで毛布に包まって寝る事もできるんだよー?」
「それは……ちょっといいなって思うけど」
「でしょでしょでしょー? あーあ、どっかの偉い人が設置してくれないかなぁ」
どこかアホだなと思うけど、私は舞ちゃんの明るさに結構救われているとも思う。
他に友達と呼べる子もあまりいないしね。
* * *
その日、教室に着いたのは遅刻ギリギリで、席に着いたらすぐにチャイムが鳴った。
高校生になっても時間にルーズなのはあんまり変わらない。
きっとこれは舞ちゃんのせいだけど。ルーズさってうつるじゃん?
担任教師が入ってきてホームルームが始まった。
教師はいつもと変わらぬ事務的な口調でこう口にした。
「来週月曜日はバレンタインデーだが、くれぐれも余計なものは学校に持ってこないように」
教室中がどよめく。男子はそわそわ、女子はひそひそと。
「ねえねえほのか」
真後ろの席の舞ちゃんもひそひそと私の耳に近づいて話してきた。
「ほのかは坂見君にチョコあげないの?」
「えっ」
「だってほら、好きなんでしょ? 折角のチャンスだよ?」
それはそうだ。渡せるなら渡したい。
思いを伝えてみたい。でもきっと、直接渡すってなったら緊張して何もできなくなっちゃう。
だって、それって告白だもん。
「でも、余計なものは持ってきちゃ駄目って……」
「あんなカタブツの言うことなんかきかなくていいの。ぼやぼやしてたら他の子に坂見君取られちゃうよ?」
「でも……」
坂見君が他の女の子と歩いているところを想像して、私は胸の奥が淀んでいく感じがした。
それは本当に嫌だ。でも勇気もない。断られたら立ち直れないかもしれないし。
「大丈夫、一緒に考えてあげるから! 今日帰りに早速買い物行こう?」
ちょっと強引だけど、舞ちゃんはやっぱり私にとってすごく頼れる存在だ。
流され気味だけど、こうして私は坂見君にチョコを渡す事になった。
告白と同義だけど、私だってたまには頑張らなきゃって思った。
背中を押してくれる舞ちゃんのおかげだけども。
* * *
坂見君はテニス部の部長で、背が高くて足も長い。
それにハーフみたいな綺麗な顔で、笑顔は可愛いのに、真面目な顔はすごくかっこいい。
私が気になり始めたきっかけは、夏の修学旅行で一緒の班になったのがきっかけ。
修学旅行で私は一人だけはぐれて、迷子になってしまった。
それを真っ先に助けてくれたのが坂見君。
「杉本さん、やっと見つけた。大丈夫?」
一人寂しく神社近くの石塀に座っている私に、坂見君は走って近づきながら、はぐれた事を怒るでもなく、真っ先に私の心配をしてくれた。
その時の優しい笑顔が頭にこびりついて離れない。
吊り橋効果って言われたらそれまでだけど、あの時から私はきっと坂見君が好きになった。
それからクラスでも坂見君の動向を目で追うようになったけど、どうやら坂見君はものすごくモテるらしい。
あれだけ容姿が良くて、運動神経も成績もよくて、誰にでも優しいから当たり前かもしれない。
現に教室でも、いろんな女子から話しかけられているのをよく目撃する。
そんな坂見君でも、彼女はいないらしい。
らしい、というの舞ちゃんから聞いたってだけだから。
舞ちゃんは私と違って友達が多いから、情報もたくさん持ってるみたい。
修学旅行以来、坂見君とはこれといった関わりはなかったけど、それでも時折挨拶だったり軽く話をする度に私は胸が破裂するんじゃないかって思うくらいドキドキした。
今時の女子高生らしく、軽く告白なんてできたらどうなるんだろう。
坂見君はOKしてくれるだろうか。
……まあそんな勇気私にはないんだけど。
「ほのかー、チョコレートはどのメーカーのがいい?」
放課後、舞ちゃんと一緒に家の近くのスーパーに来ていた。
手作りのお菓子の材料を買うためだった。
「坂見君、どれが好きかな」
「知らないよ、さすがのあたしでもそんなことはストレートに訊けないし。だからほのかが自分で決めなー?」
舞ちゃんは楽しそうに、それでいて大げさに上目遣いでニヤケ面を作った。
私、あまり甘いもの食べないから分からないな。
「坂見君に、ちゃんと渡せるかな」
「作る前から無駄な心配しないの。とりあえず手伝うからやってみよう! ほのかと♪ 一緒に♪ 手作り~♪」
舞ちゃんは機嫌がよさそうにメロディを付けながら材料をかごに入れていく。
まあまあ音痴だなって感想は言わないでおくね。
* * *
日曜日、舞ちゃんが家に来てくれた。
私がバレンタインデーに坂見君にあげるお菓子を一緒に作る為。
本当、いつもありがとう舞ちゃん。
「完成ー! 味見もしたし、これで完璧! きっと坂見君もほのかにメロメロになるよぉ?」
今時メロメロって……。
でも、見栄えも味も満足のいくものが完成したと思う。
あとは、舞ちゃんが持ってきてくれたラッピングに包んで、学校で渡すだけ。
……。
「舞ちゃん」
「なんだねほのかくん」
「……私絶対緊張して渡せない気がする」
「だろうねー。ほのか緊張しいだし。そんなことだろうと思って、ジャン!」
そう言って舞ちゃんは可愛らしい便箋と封筒を鞄から取り出した。
「直接だとあがって言えないだろうから、ここに思いの丈を書いて、添えて机に忍ばせよう!」
「ら、ラブレター?」
「のようなもんだけど。直接よりは難易度低いでしょ?」
「似合わず奥ゆかしいね舞ちゃん」
「にゃんだとぉ?」
あはは、と笑う私。
でも、それは私にとってはすごくホッとする提案だった。
直接渡す事を考えるだけで倒れちゃいそうなくらい緊張するし。
でもやっぱり――。
そう思って夜までじっくり考えて、手紙を二時間かけて書き終えた。
想いを告げるって本当に大切なことで、中途半端にしてはいけない。だからこそ告白は直接したほうが良いと思い、学校すぐ傍の公園に呼び出す内容を書いた。
緊張で上手くできないかもしれないけど、たまには勇気を出さないとね。人生の大イベントだし。
あとはコレを明日、坂見君の机に忍ばせるだけ。
……考えただけで心臓がバクバクで眠れそうになくなってしまった。
* * *
月曜日。
バレンタインデー当日。
教室はいつもと違う雰囲気だった。
男子はきょろきょろとしながらいつもより元気に見える。
女子もそわついているように見える。
私もきっと、そわそわして見えるんだろうけど。
後ろの舞ちゃんはいつもと変わらないけど。
坂見君の机に持ってきた手作りチョコを忍ばせるチャンスは移動教室の時か、席を離れる昼休みくらい。
二時間目の移動教室、ぞろぞろとクラスのみんなが移動する中、私はできるだけギリギリまで教室に残った。
けれども同じように残っている女子が居た。
中学校から一緒の三津橋さんだった。
家がご近所でもある。
「あら、杉本さん」
片眉を吊り上げて明らかな挑発的な態度で私の苗字を呼ぶ三津橋さん。
腕を組んだまま、席に座っている私の元に近づいてくる。
「次は理科実験室ですわよ。早くいかなくていいんですの?」
「んと、ね、そうだね。三津橋さんは行かないの?」
三津橋さんは中学校の頃からまあまあ高飛車な人で、よく厭味を言われたものだ。
そして私は知っている。
この三津橋さんも、坂見君のことが好きなのである。
「私は、学級委員としてクラスメイトの動向を見守る義務があるのですわ。さあ、早く行ってくださいまし!」
誰もやりたがらない学級委員を自ら立候補してくれたことには感謝するけど、明らかに邪魔されている気がする。
私が普段から坂見君のことを目で追ってしまっているのに気付いているのかな。
仕方なく諦める。
次のチャンスは昼休み。忍ばせるならそこしかない。
放課後になったら机の中を見てくれる保証はないから。
* * *
やった。
私はやり遂げた。
昼休み現在、きっと誰にも見られずに坂見君の机の中に手作りチョコを忍ばせることに成功した。
ライバル (?)であろう三津橋さんも教室にはいなかった。
偉い、私。ミッションコンプリートって感じで不敵に笑んじゃいそうだ。
暴走一歩手前の心臓に深呼吸で抗いながら、私は必死に平静を装った。
あとは、坂見君が呼び出しの手紙を読んでくれることを神に祈るだけ。
放課後、学校すぐ傍の公園に来てくれますように。
午後の授業は勿論のこと何も頭に入らなかった。
なんて告白しようか、切り出し方はどうしようか、立ち方はどうしようか、そんなシミュレーションを必死に何度も繰り返した。
運悪く教師に当てられてちょっぴり恥をかいたけど、緊張の方が勝って恥ずかしさもよく分からなかった。
「ほのか、頑張ってね! 来てくれるといいね!」
舞ちゃんには朝のうちに全て話した。
忍ばせて手紙で呼び出す事、直接想いを伝える事。
「ありがとう。舞ちゃん、本当にありがとう」
「お礼は想いが実ってからでよし! そんじゃまた明日ね~」
変わらぬ笑顔で手を振って先に帰る舞ちゃん。
部活動のある坂見君は帰るのは十九時頃。
それまで私は……特にすることもないので公園で待つことにした。
* * *
考えが甘かった。
二月の外は確実に身体の熱を奪ってきて、一時間もしないうちに私は震えるくらい身体が冷え切ってしまった。
雪や風がないだけマシだけど、坂見君の部活が終わるあと二時間も待てるかな。
「ほーのかー」
カチカチ歯を鳴らしていると、背後から良く知った声が聞こえた。
「え、舞ちゃん?」
「ほのか、バカだねー。寒いでしょ、ほらホットココア」
「帰ったんじゃないの? 今までどこにいたの?」
「いやーまさか普通は外でずっと待つとは思わないけど、ほのかならやりかねん! って思って心配で見に来たら案の定! ほら、マフラーと手袋も持ってきたから!」
冷え切った体にココアと舞ちゃんの気遣いが染み渡る。
私は本当に良い親友を持てて幸せだ。
「ありがとう舞ちゃん」
「いいっていいって。それじゃ頑張ってね! 応援してるよ、ほのか」
それだけ言って舞ちゃんは寒そうに走りさった。
自分のマフラーと手袋を私にくれた舞ちゃんの為にも頑張らなくちゃ。
坂見君が来たら、誤魔化さず、真っ直ぐに気持ちを伝えよう。
すぐに温くなったココアの缶を両手で力いっぱい握りしめて決意を固めた。
そんな決意空しく。
二十時になっても二十一時になっても、坂見君は現れなかった。
* * *
失意と安堵がいっぺんに襲ってくる中、私は帰宅した。
ただいまを言うこともなく自室に向かう途中、母親に声を掛けられた。
「ほのか、ポストにアンタの作ったチョコ入ってたわよ。アンタの机に置いておいたからね」
心が遠出している私には母親の言葉の意味がすぐに理解できなかった。
部屋の机の上を見て、私は更に意味が分からなくなった。
私の机の上には、私が作ってラッピングして手紙を添えたチョコがぽつんと置いてあった。
「どういうこと?」
間違いなく、坂見君の机に忍ばせたはずだ。夢なんかじゃない。
あんなに心臓が張り裂けそうになってまで達成した偉業が、夢なわけがない。
しかしながら現実、バレンタインデーの本日二十二時少し前、私の部屋の机の上に忍ばせたはずのチョコが戻ってきていた。
混乱で眩暈が発生する。
お母さんは何と言っていた? ポストに入っていた? 私の家のポストに?
坂見君が、断る意味で懇切丁寧にわざわざ私の家のポストに入れた?
そんなことってある?
わけのわからない状況に、よく分からない感情が溢れてきて、私は声も出さずに泣いた。
* * *
翌日。
まともに眠れなかった私はいつもよりかなり早く教室に着いていた。
いつも通りギリギリに登校してきた舞ちゃんが席に着く私に近づいてきて、
「おはよう、ほのか! って目! どうしたの!?」
わけも分からぬまま泣き腫らした私の目を見て、舞ちゃんは驚嘆顔を作った。
「うん、それが……チョコ、私の机に戻ってきてたの」
「戻ってきたって、どういうこと?」
「わたしにも分からないんだけど……これってフラれたって事なのかな」
また涙が出てきそうなのを必死に押さえながら舞ちゃんの顔を見つめていると、まるで探偵か刑事のように顎に手を当てて難しい顔をし始める舞ちゃん。
「んー。もしかして誰かの嫌がらせ、とかかな。坂見君なら、ライバル多そうだし」
真剣に考えてくれる舞ちゃん。
確かに少し考えれば思いつく事だった。坂見君モテるし。
ふと、私に頭には三津橋さんの挑発顔が浮かんだ。
「そうかも……どうしよう、きっかけ失っちゃった」
「ふふふ。諦めるのは早計だよ杉本ほのか君」
舞ちゃんが変な口調で言った。探偵ごっこのつもりかな。
「でも」
「良いことを一つ教えて進ぜよう。坂見君は、明日の二月十六日、誕生日なのだよ」
「誕生日?」
「そう。だから、バレンタインではなくなったけど、明日も同じくチャンスって事! 妨害してくるどこぞのライバルなんかに負けないで、諦めないで明日また挑戦しよ?」
涙目の私に、笑顔で話してくる舞ちゃん。
舞ちゃんのポジティブさには、昔から救われ続けている。
本当にありがとう、舞ちゃん。
「わかった、私もう一回頑張ってみる」
「その意気だ! アタシは一生ほのかの味方だよ! あーはっはっは」
その高笑いは意味不明だけど、舞ちゃんが親友で良かったって心から思うよ。
* * *
翌日、坂見君の誕生日。
私はバレンタインの日と同じように手作りチョコを学校に持ってきた。
二日たってるけど、冷蔵庫で保管したしチョコなら大丈夫だよね、きっと。
そしてまたしても昼休みに誰にも見られずに坂見君の机に忍ばせることに成功した。
三津橋さんは全く邪魔する気配はなかった。
まあ今日はバレンタインデーじゃないし、警戒してなかったのかな。
前よりは緊張しなかったけど、それでもやっぱり心臓は興奮気味だった。
あとは、放課後に公園で待つだけ。
放課後、教訓を生かして、先ずは先にテニスコートを見に行った。
坂見君は寒いのに半袖半ズボンのテニスウェアで汗をかきながらラリーをしていた。
これなら、部活の終わる十九時くらいから公園待てば寒い思いをしなくて済みそう。
今更気づいたけど、コート際には色んな学年の女子がテニスを見に来ていた。
テニスって言うよりも坂見君を見てた。やっぱりすごくモテるんだね。
十九時頃まで飲めもしない珈琲の店で時間を潰して、私は公園にくりだした。
前ほど緊張はしなかったけど、来るか来ないか待つ時間は心臓には良くなさそうだった。
白くなる息を目で追った先に、一際輝く月が見える。
満月か、それより少し欠けているか。
雲一つない夜空の中心で、私を応援してくれている気がした。
けれどもそれは気のせいだった。
またしても、坂見君が公園に現れる事はなかった。
* * *
現実は残酷だ。
家に着くと、またしても私の家のポストに私の手作りチョコが入っていたらしい。
これはもうほぼ決定打だ。
ひどいよ坂見君。
断るにしても、せめて一生懸命作ったチョコは受け取ってよ。
せめて私の想いを直接聞いてから断ってよ。
私の部屋の机に置かれたチョコを、私はてきとうなところにぶん投げて、うずくまるようにベッドにもぐりこんだ。
晩御飯も食べずにそのまま寝てしまった。
目が覚めても目が覚めた気がしなかった。
自分が自分じゃないみたいな奇妙な感覚のまま、翌日も休むことなく学校に赴いた。
朝から元気な舞ちゃんの声も、今の私にはあまり聞こえないくらいだった。
心配そうな顔をしているのが見えたけど、今は少しそっとしておいてほしい。
* * *
昼休みになった。
食欲は無かったけど、母親が早起きして作ってくれたお弁当を食べないわけにはいかない。
私は人気のない場所を探し歩いて、プール際の校舎の石階段に座った。
ちょうどグラウンドからも見えない、校舎内からも見えない、一人になるには最適な良い場所だった。
弁当のふたを開けながら、私は笑ってしまった。
こんなにも落ち込むくらい、私は真剣に坂見君のことが好きだったと気付いたから。
きっとでも多分でもなく、本気で好きだったと今更明確に自覚した。
笑いながら、自然と目から雫が落ちる。
それを無視しながら卵焼きを口に運んだ。
「ほーのか!」
背後から、聞き慣れた明るい声が私にかかった。
お弁当を片手にちょっぴり息を切らした舞ちゃんがそこにいた。
「舞ちゃん」
「もう、探したぞー! こんなところで一人食事とは、さては何かあったなー?」
「……」
頬っぺたに汗を一筋垂らしながら、ニカリと笑う舞ちゃん。
私は舞ちゃんに何回救われるんだろうね。
舞ちゃんは隣に座って、暫く無言で一緒に弁当を食べた。
急に、外の寒さを思い出して私が身を竦めると、すぐさま舞ちゃんはホットココアを差し出してきた。
気が利きすぎて、もうエスパーの領域だよ、舞ちゃん。
「そんで、なーにがあったの? ほのか」
一通り弁当を平らげた後に、舞ちゃんは遠くを見つめながらそう訊いてきた。
「うん。またね、忍ばせたはずのチョコが戻ってきたの」
「またー?」
「うん。これってやっぱり断られたって事だよね」
「そうとは限らないでしょ! ライバルも強敵ってことじゃない?」
「……そうかなあ」
私の感覚だと、あの昼休み、ライバルっぽい子は絶対私の動向を見てなかったと思うんだけど。
「きっとそうだって。坂見君モテるし。ほのか、それで諦めて凹んでたの?」
「だって、もう二回もだし」
「ほら、よく言うでしょ? 三度目の正直って!」
「でも、これまでがライバルの妨害だとしても、また妨害されちゃうかもだし」
「んー、そうだねえ。ちょっと考えものだね」
さすがの舞ちゃんも、眉間に皺を作って唸りだした。
私は諦めないで頑張って、良いのだろうか。
本当に坂見君が断る為に付き返していないって補償はない。
「やっぱり諦めたほうがいいのかな」
「何言ってるのほのか! そうしたらライバルの思うつぼだよ!」
舞ちゃんはいつになく真剣な顔で声を張った。
本当に私のことを思ってくれている、それがすごく伝わってくる。
「舞ちゃん、いつもありがとう」
「なーにぃ? 前にまだお礼は早いって言わなかった? それよりも次の策を考えようぜい」
ちょっぴり照れて見える舞ちゃんは、髪の毛を弄りながらそう言った。
そして、こう続けた。
「んむう。それにしても、ご丁寧に二回もほのかの家のポストに入れるとは……。ライバルもなかなか意志が強そうだよねぇ。どうしたもんか……」
え?
「ま、いちゃん?」
「どうしたかね、ほのかくん」
どういうこと?
寒さとは別要因の手の震えがさっきから止まらない。
「私、一言も言ってないよ」
「何が?」
「家のポストの戻ってきた、なんて言ってない」
「……」
「舞ちゃん」
声まで震えてきた。
戻すだけなら、教室の私の机に戻せばいい。
ご近所さんならまだしも、大抵の生徒が電車通学の高校で、わざわざ私の家に来てまで戻すなんて普通は考えない。
さらに言えば、私は机に戻ってきたとしか言ってない。
ポストと断定している時点でおかしい。
「どうして知ってるの? ポストに戻ってきたって」
震えと一緒に、胸の中に恐怖心がどんどん湧いてくる。
返事のない舞ちゃんの顔が、違う人間に見えてきた。
「だってさ」
舞ちゃんは聞いたことのない低い声で顔を歪ませながら、
「絶対、アタシのほうが好きだもん」
* * *
嘘だ。
信じたくない。
ずっと私を応援してくれていると思ってた舞ちゃんが、こんなことをするなんて。
「舞ちゃんだったんだね……どうして」
「だから言ってるでしょ」
舞ちゃんは眉をギリリと吊り上げて声を荒げる。
「絶対に絶対に、アタシのほうが好きだから! ほのかと坂見君にうまくいってほしくなかったから!」
「ひどい……酷いよ、舞ちゃん」
信じてたのに。
「酷いかもしれないけど、ほのかと坂見君にうまくいって欲しくなかった。坂見君は、ほのかのことけっこう好きみたいだし、このままだと絶対うまくいっちゃうって思ったから」
「私の事、応援してくれてるんじゃなかったの……」
涙が止まらない。
いろんなものを一気に失ってしまった気がする。
「ほのかのことは応援したい、それは本当。でも、嫌だったのも本当。アタシだってどうしていいかわからなかったよ! でも、絶対にアタシのほうが好きって気持ちは強いから」
「じゃあ、どうして舞ちゃんは気持ちを伝えようとしなかったの?」
「それは……」
「私にはあんなにも勧めておいて、どうして舞ちゃんは気持ちを伝えようとしなかったの?」
長い時間を掛けて築いた友情って、こんなにも簡単に脆く崩れるんだね。
「そんなの…………そんなの、言えるわけないでしょ!!」
舞ちゃんは叫びながら、目から大粒の涙を零した。
「どうして言えないの」
「言えるわけない! アタシの気持ちなんて言ったら、全部壊れちゃうから!」
「もう壊れちゃったよ……言ってよ……。お願いだから言ってよ、親友なんだからさ」
「言えるわけ、ないんだよ」
喋るのも辛い程、涙があふれて止まらなかった。
舞ちゃんも、たくさんの涙を零し続けている。
「アタシのほうが、絶対に本気でほのかのこと好きなんて、言えるわけないよ」
「え……?」
「誰にも渡したくない、坂見君にも他の誰にも。私だけのほのかでいてほしいなんて……」
舞ちゃんは小首を傾げて目を細める。
両目から大粒の雫が顎に向かって走った。
「……言っちゃった」
☆
お読み頂き有難うございます。
途中で結末に気付けましたでしょうか?
気付いたとしたら、どの部分で気づけたのかなど、感想や疑問等も、お気軽に書いて頂けたら嬉しいです。
もし少しでも「面白かった」「やられた」などございましたら、下の評価ボタンを押していただけたら幸いです。