【第一部】マグノリアの花の咲く頃に 第一部(第一章ー第三章)& 幕間
背比べ
王太子宮は、アラン・アーライルの訪問を受けていた。
「弟が大変お世話になりました」
一通りの挨拶を終えたアラン・アーライルが、ロバートに頭を下げた。
「わざわざご丁寧にありがとうございます。レオン様も優秀かつ熱心でいらっしゃいましたか。引き継ぐにあたり、私も大変心強いものがありました」
ロバートも、頭を下げて応じた。アラン・アーライルの高祖母は一族の者だ。だが、アラン・アーライルがどこまでロバートの一族に関して知っているかはわからなかった。
「ローズ様にも、弟がお世話になりありがとうございました」
「ご丁寧にありがとうございます。レオン様も、イサカの町でご活躍と連絡を受け取っております。レオン様の派遣をと、お話をいただきありがとうございました」
ロバートの隣に立つローズもアランの挨拶に応じていた。
そのローズの視線が、アランの隣に立つ男を見た。
「ヒューバートさんもお久しぶりです」
「お久しぶりです」
強くローズに袖を引かれた。
「ねぇ、ロバートと、ヒューバートさん、どっちが背が高いかしら」
声を潜めようとしているのだろうが、周囲には筒抜けである。アレキサンダーの肩が揺れている。
満面の笑顔で期待しているローズに、ロバートは苦笑した。
「どちらとも言い難いですね。視線がここまで同じ方には、めったにお会いしませんが」
ヒューバートも頷いていた。
「ヒューバートさん、ロバートと、背比べしてくださいませんか」
「背比べ、ですか」
「そう。背中合わせになって立つの。ね、ロバートいいでしょう」
ローズの背中合わせという言葉に、ロバートは顔が引きつった。見ると、ヒューバートも戸惑っていた。剣を持つ者として、よほど信頼できる相手以外には背を預けたくはない。
「背中合わせですか」
期待しているローズには悪いが、出来れば避けたい。ロバートの想いをくみ取ったのかアランが別の提案をしてきた。
「横並びでもわかると思いますよ」
横並びで立つと、ロバートの肩とヒューバートの肩が触れた。
「ほぼ、同じですか」
「そのようです」
ロバートの言葉に、ヒューバートも答えた。
「ライティーザ王国騎士団と、アーライル家の騎士団で私と同程度の方は数人のはずです」
「そうですか。もう少しいてもよさそうですが」
伯父とは、ほぼ同じ背丈だ。父親とは思いたくないあの男、バーナードも高身長だと聞いている。思い出した嫌なことを頭から振り払い、ロバートは自分たちを見上げるローズを見た。
「ローズ、どうですか」
二人を見上げるローズの首が仰け反っていた。
「高すぎて、わからないわ」
ローズの背丈では、それも仕方ないのだろう。
「なんだ、せっかく並ばせたのに、もったいない」
アレキサンダーの言葉に、ローズがむくれた。
「だって、見えないものは見えません」
あちこちから忍び笑いが漏れた。
「こうしてはどうでしょうか」
アランが、そういうと、ローズを持ち上げ、肩に座らせた。
「こうしたら見えますよ」
アランの言葉に、ローズが笑顔になった。
「一番高い!」
ローズは自分が高くなったことをはしゃぎ始めた。ロバートとヒューバートの背比べなど、どこかへいってしまったらしい。
「御可愛らしい方ですね」
ヒューバートが小さな声で言った。
「えぇ。まだ子供です。普段、周り中から見下ろされていますから、嬉しいのでしょう」
アランの肩ではしゃぐローズは可愛らしかった。
ロバートは、アランの肩に座るローズを見上げた。
「上からみたら、どちらが高いのか分かるのではありませんか。ローズ」
「私、ロバートより高いわ」
ロバートの言葉にも、ローズははしゃいだままだった。
ヒューバートが忍び笑いを漏らした。ロバートも自然に笑顔になった。
「ローズ、背比べはどうしました」
「だったらロバート、ちゃんと前を向いて」
本来の目的を思い出したローズの言葉に、ロバートはおとなしく前を向いた。
「わからないわ。いっしょくらいかしら」
ロバートは、アランの肩に座ったまま、手を伸ばしてきたローズを、抱きとめた。
「ロバートの旋毛が見えたわ。ロバートはいつも私の旋毛を見ているの」
「いつもではありませんよ、ローズ。それにしても、大きくなりましたね」
背丈も伸びたし、重たくなった。小さな子供だと思っていたが、いつまでも小さいままではないのだ。
「ちゃんと背は伸びてるの」
いつだったか、あまり背が伸びていないと言ったことを、根に持っているらしいローズの言葉にロバートは噴き出した。
「そうですね。ちゃんと伸びていますね」
いつまでも、小さい子供のままでいてくれたら、ずっと可愛がっていられるのに。ロバートは少し残念な気を味わっていた。
幕間のお話にお付き合いいただきありがとうございました。
この後も、本編でお付き合いいただけましたら幸いです
王太子宮には様々なお客様がいらっしゃるため、日々気が抜けません。