疾風 改
8
翌日。
俺たちはいつも通りの朝を迎える。
「おっはよー!
起きて伊吹君!今日は改装終了の日だよ!
早く行こうよ〜!」
「うーん...」
眠いんじゃない。
なんとなく顔を合わせるのが恥ずかしいだけだ。
2人っきりで川の横で過ごしたあの時間が頭をよぎってしょうがない。
..寝ても変わらないから起きることにする。
「...おはよう〜」
そう返した時、摩耶の顔が「パァッ!」って効果音がついていそうなくらい明るくなる。
...心を鷲掴みにされたような感覚だ。
離れると少し寂しいし、いつも心配だ。
できることならずっと一緒にいたい。
なんなんだろう...この気持ちは。
「ダーイブ!」
「うぐっ⁉︎」
そしてなんだか今日は摩耶の機嫌が良さそうだ。
ただ腹にダイブするのはやめてくれ...!
死ぬ!何が死ぬって理性が死ぬ!
横じゃなく縦に突っ込んでくるからだよ!
顔が目の前にあって控えめな胸もちゃんと視界の隅に入っちゃっててダメになりそうだ!
「あ、朝の用意をしようか。着替えなきゃ...」
「はい、どうぞ♪」
そんな軽い口調で摩耶は俺の服を手渡してくれる。
...何をされるのかわからないから誰にも教えてない俺のクローゼットの中から。
ー隠すだけ無駄だったんだなぁ...ー
でも摩耶は「褒めて褒めて!」
と言わんばかりに可愛らしく胸を張っている。
「...」
気分を悪くさせちゃまずいよな。
って事でその場はとりあえず頭を撫でておいた。
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午後
いつもとは違う訓練を終え、哨戒任務にあたる。
大規模な戦闘に参加したのはこの間が初めてだが...
破壊され尽くした街並みは空から見下ろすと虚しくなってくるほどだ。
地上で誰かが瓦礫を少し踏んだだけでも大きな音に感じるほどの静寂。
下では陸上型のハンターが哨戒を行なっているようだった。
哨戒飛行をしていると、優秀なレーダーを持っている雪乃さんと不知火が敵機を感知したようだ。
「レーダーに感あり!敵機1時の方向!」
「了解!」
...見つけた。
制空型レイヴン。
すかさずレーダーでロックオンしてエンジンの出力を上げる。
数は4...一気に消し飛ばす!
この間の戦闘まではなかった、背中から肩にかけての部分に生えた、天使の羽根のような形のコンテナ。
俺の深い緑の機体色に合わせられて同じく深緑の正体不明なコンテナを備えた疾風は、エンジンも強化されて位置も腰から背中に移動していた。
愛刀「朧月」は更に冷却性能が向上。
霧を作り出すだけではなく、そこから刀身に大きな氷が発生するくらいまで出力が上がった。
それに応じて名称は「牙氷」へと変更された。
前回の戦闘の修理と塗装の変更に並行して加えられた改造によって、疾風は大きく姿を変え、前までとは大きく違う性格を見せる。
エンジンの強化により加速力は向上したが、空気抵抗の増大により最高速度は低くなったように感じる。
だが一瞬で時速900km/hまで加速するエンジンの威力は、最高速度がどうこうと言うような問題は感じない。
というか戦闘中の速度は並の機体の1.5〜2倍位は出ているくらいだ。
話を戻すが、敵を捕捉したのでレーダーでロックオンする。
対象に照準がピッタリ貼り付いたところで...背中のミサイルを解放する。
コンテナの中身...「32連装汎用小型ミサイル発射機」、開発コード「ヴィルヴェルヴィント4」の二基が左右両方とも顔を出す。
「レーダーロック!ヴィルヴェルヴィント4、発射‼︎」
バババババババッシュゥゥン‼︎
けたたましい推進音と共に4機のレイヴンへと一斉射の半分...左右16発ずつ、合計32発が向かった。
単純計算1機に対し8発のミサイルが追いかける。
逃げられるわけもなく、カラス達は次々と翼をもがれていく。
最後の1機。
火を吹きながら最後の抵抗で突っ込んでくる。
これまた新装備、疾風に供与された実験段階の代物らしいそれは、俺の背部ユニットと同じく
「ヴィルヴェルヴィント1」という名を冠されている。
分間1500発を誇る発射レートと250発ある弾丸を装備し、休む事なく撃ち続けるこの弾幕の中で敵はなす術なく制御を失った。
叩き落とされた敵機はそのまま煙と炎を巻き上げながら...地面へと還っていった。
最後の抵抗で放ったらしいミサイルが1発残っていたが、「ヴィルヴェルヴィント1」の弾幕で迎撃...には完了した。
でもそれは間違いだった。
爆発したミサイルから金属片が撒き散らされたのだ。そして狙ったかのように一方向に集中した金属片は摩耶の方へ。
ーマズい!ー
「きゃっ...!?」
「危ないっ!」
すかさず摩耶の前に出て防御姿勢を取る。
すると正六角形の形をした板のようなものが無数につながったような障壁が発生して、ミサイルの発した金属片を弾いた。
『搭乗員保護プログラム』
簡単に言うならパイロットを守るための防御システムだ。
本来なら海上型の装備らしく、対Gスーツとしての性能も兼ね備えるように改良されているので、高負荷戦闘時にとても助かっている装備になる。これも技術実証品だそうだ。
「よし、基地に帰るか!」
皆無事に帰れるということがどれだけ特別か...俺はなんとなく、「選帝侯」との戦闘を思い出していた。
皆ぼろぼろになったけど、全員生きて還ってきたあの時。
ー俺は...隊長として正しいことができたのかな...?ー
事実と裏腹に、心は曇ったままだった。