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熱狂カエル 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくんは、「中州会議」を見たことあるかい?

 昼ごろになると、この川の中州に鳥たちが集まってさ。おんなじ方向を向いて、じっとしていることがあるんだよ。

 特に戸や壁が立っているわけでもないのに、僕たちには彼らが何をしているのか、想像してみるしかない。その得体のしれなさがなんとも会議然としていて、勝手に名づけたんだけどね。

 動物たちには、まだまだ理解できていない習性が多い。いま判明しているものだって、人間の感性によるもの。ひょっとしたら、異なる目的があって行っていることもあるかもしれない。

 その習性に関して、最近親戚からまたひとつネタを仕入れたんだ。つぶらやくんの足しになるといいのだけど。


 ひと昔前のこと。おばさんが住んでいたところでは、一年を問わずにカエルの姿をよく見たらしい。冬の間もちらほら見かけたというから、ひょっとすると珍しい種だったのかもしれないね。

 子供たちには人気のあったカエルたちだけど、大人たちはあまりおもしろい顔をしなかったらしい。

 このカエルたち、活動時期の常識も当てはまらなければ、求愛の時期だってところかまわずだ。水がすっかりなくなった田んぼを会場に、大合唱を始める時だってあったらしいよ。あぜ道の隅に並んで、あたりをはばからずに大声を張り上げるんだ。


 でも、それと同時に大事が持ち上がる。このカエルの大合唱を耳にすると、高い確率で、近く、人が亡くなるらしいんだ。

 一度や二度なら、たまたまで済んだろう。けれどひどい年では、大合唱が聞こえてから三日以内に誰かが亡くなられる確率が、8割を超えたという話だ。

 過去、カエルの鳴き声が聞こえるや外に飛び出し、一匹残らず始末しようともくろんだこともあったらしい。専用の薬はないから物理的にしらみつぶし。許される家庭では猟銃すら持ち出して、鳴き声をかき消す銃声が幾度も響いたことさえあったとか。

 それでも根本の解決には至らない。中には寿命を迎えてしかりの高齢者や病人も混じっていたから。やがて人々は、これこそこの地域における「虫のしらせ」なのだと、受け入れるようになっていたとか。


 おばさんも小さい頃から、この話を聞いて育った。幼いおばさんは死やお化けに関する話が大嫌いで、カエルの鳴き声が聞こえるたびに、耳をふさぎながら大騒ぎして、布団をかぶることもままあったとか。

 そんな時を何年も過ごしたおばさんだけど、一向に自分に死は訪れない。なかなか手を出してこない見えざる相手に、おばさんの心はじょじょに警戒をゆるめていったそうだ。テレビや新聞で、大勢の人が死ぬ事件を見てきたことも大きかったかもしれない。


 ――どうせいつかはやってくるんだ。まだ実感が湧かないことに、びくびくするなんて損だ。


 そう考えるようになったおばさんは、カエルの合唱にさほど嫌悪感を示さなくなったらしい。

 それがある年の冬。おばさんはにわかには信じがたい光景に出くわすことになった。

 

 その日は部活がない早帰り。友達と別れたおばさんが家へ向かっている途中、あぜ道の脇に、カエルたちが一線に並んでいるのを見たんだ。

 これまで何度も眺めてきた景色。ほどなく、彼らの合唱が始まるはず。数年前までなら耳をふさぎ、全力でこの場を逃げ出していた。でもいまなら、平然と彼らの後ろを横切ることができる。

 クラスメートの一部には、大合唱が聞こえてくるたびに、誰が亡くなるかを当てようとする、不謹慎な輩もいたそうだ。死について開き直ったおばさんとしては、以前ほどの嫌悪感はないものの、ちょっと不愉快に思っていたらしいけど。

 

 やがて予想通り、カエルたちがいっせいに声を響かせ始めた。

 あたりに他の人もおらず、なにげなくおばさんは足を止める。まだ荒起こしも始まっていない田んぼのほうを向き、彼らはグワ、グワと鳴き続けていた。

 おばさんも彼らにならって田んぼを見たけど、「あれ?」と思ったことがある。暗さを増し始めた空の中に、大きな管みたいなものが浮かんでいるんだ。

 そのよそおい、カメラのフラッシュを受けた時の残像に近い。けれど、目を閉じれば一部の気配も残さず、視界は闇に閉ざされてしまう。

 本当に浮かんでいるのか? とおばさんは何度も目をこすりながら、じっと見つめた。

 数メートルの上空に浮かぶその管は、蛇がとぐろを巻いている姿を上から見たような、奇妙な形をしていた。カエルたちは一匹も顔をそらせることなく管を見つめ続けていたらしい。

 やがて、管の中心辺りに黒い丸が新しく浮かぶ。ゴマ粒ほどだったそれは、みるみる大きくなり、管いっぱいに広がった。そうしてでかくなった図体からは、次第に手が生え足が生え、頭さえもできあがっていく。

 出来上がったのは、真っ黒な姿のカエルだった。管いっぱいの大きさでちょこんと座り、こちらへ顔を向けている。それにこたえるように、居並ぶカエルたちの合唱はいっそう騒がしいものとなった。

「不思議なものを見たな」と、その場を立ち去りかけたおばさんだけど、管の中のカエルがひとはねしたとたん、下っ腹に鈍い痛みが走る。

 痛む箇所は、わずかに移り続けた。それはあの菅の中でカエルが動くタイミングに合致し続けている。思わずうずくまって声を出しそうになるくらいきつかった。

 カエルたちの合唱は、すでに止んでいる。それどころかいつの間にか、一匹残らずに姿を消していたんだ。まるで元からいなかったかのように。空に浮かんでいた、あの管とカエルもまた同じ。


 嫌な予感がしたおばさんは、お腹を必死にさすりながら家へと急いだ。便座に腰掛けていきむと、先ほどに倍する痛みが尻のあたりを襲う。

 目を開けていられなかった。お腹を押さえながら、じっと中の痛みに神経を凝らす。

 痛みの源がどんどん下ってくる。その正体だけは見極めようとするも、下をのぞきこむ態勢を取ると、なおも激しい痛みが走るんだ。声を押し殺すのが精いっぱいで、これまで経験したいかなる便秘よりもひどかった。

 どれほどか分からない時間が過ぎ、おばさんはふと、とうとつに痛みから解放される。同時に肛門を何かが抜けていった感触も。

 さっと便座の中を見たけれど、そこに残っていたのは、かすかに黒ずんでいた水の溜まりだけだったんだってさ。

 


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