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5億7600万年の寿命で魔王を倒す  作者: 元二
勇者カイ ~21年後~
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その4 旅の始まり

「本当に君達も行くの?」


 ここは王都の正門を出たところにある町。

 と言うと知らない者はどういうことかと混乱するだろう。

 急激に復興した王都では現在城壁の外、門のすぐそばにもう一つの町が出来つつあるのだ。

 それぞれ東西南北四つの門の名前を取って西門町、東門町などと呼ばれている。

 もちろん不正規の町だが、町の経済規模から考えて近いうちに王都に吸収されることは間違いないと言われている。

 そうなればこの町の周囲にも城壁が築かれることだろう。


 今カイはそこから出る乗合馬車の発着場に来ている。

 もちろん霧の森に行くためだ。

 霧の森に一番近い町、エルッコラはすでに人の住まない死の町と化している。

 カイはそのエルッコラに一番近いスオサーリの町まで走っている乗合馬車に乗るつもりなのだ。


「当たり前よ。っていうかそもそもなんであなたが行くのよ。」


 カイの前に腕を組んで立っているのは赤髪のすらりとした長身の美少女。

 副団長の娘、サーラ・クリストフである。

 その横には今日もヘンリッキが控えている。


「そりゃあ僕は土地勘があるからね。」


 事も無げに答えるカイ。


「それに何よその格好。武器も持たずに行くつもり?」


 カイが手に持っているのは身長ほどの長さの杖である。

 先が輪になっていてそこにさらに6つの小さな輪が掛かっている。

 お坊さんが持っている錫杖と言えば通じるだろうか?

 カイの持つ武器らしきものといえばせいぜいそれくらいだ。


 それに対してサーラは腰に剣を履いている。

 少し細めの剣だ。

 ヘンリッキが背中に背負っている長い袋はおそらく槍だろう。

 どちらも騎士団の正規品、つまり平民が持つような安物ではないということだ。


「盾は使わないの?」

「ヘンリッキは使うわ。私は腕力が足りないから使えない。」


 ヘンリッキが盾と槍で前衛。サーラが装備の身軽さを生かして遊撃といったところだろうか。

 確かに上手くはまれば強そうだ。

 実戦でどうなのかは分からないが。


「それにあんただけでマーリ・・・あの子の顔が分かるのかしら。」


 周囲の耳を気にして王女の名前を口に出すことを避けるサーラ。

 サーラのドヤ顔にため息をつくカイ。

 この分だと彼女は置いて行っても勝手に付いてきそうだ。

 カイはサーラの横に立つヘンリッキの方に振り返る。


「君も行くの?」

「止めとこうって僕は言ったんだけど・・・。」

「嫌なら付いて来なくて良いから。」


 サーラにバッサリ切られてしょげ返るヘンリッキ。

 こう言われて渋々付いてきたということが想像できる姿だ。


 ニャーゴ


 何処からともなく聞こえてきた白猫の声にビクっとするヘンリッキ。

 サーラには聞こえなかったようだ。ヘンリッキの姿に呆れるサーラ。


「分かったよ。・・・じゃあ一緒に行こう。僕の言うことはちゃんと聞いてね。」

「いいわ。でも戦闘が始まったらあなたが私達の言うことを聞くのよ。」


 スレンダーな胸を張って自信満々に宣言するサーラ。

 カイはヘンリッキの方を見ると、彼は小さく頷く。

 どうやら彼女の腕前はヘンリッキが認める程度には立つようだ。

 カイは足元の荷物を背負うとサーラに告げる。


「じゃあまずは僕の指示に従ってもらうよ。僕に付いてきて。」


 こうして三人の旅は始まったのだ。




 乗合馬車の旅は決して快適とは言えない。

 揺れは酷いし、すし詰め状態の車内は狭いし熱気がこもって居住性は最悪だ。

 車内では誰も会話を交わさない。人数が多くて迷惑だし、そもそも喋れば舌を噛む。

 誰もが心を無にしてじっとその時間を耐えている。

 サーラとヘンリッキが耐えられたのは、学園の実地訓練で同様に馬車で運ばれた経験があったからだ。

 そうでなければ、とても貴族の二人が耐えられるものではない。

 そんな二人をカイは感心しながら眺めている。

 彼は一人涼しい顔で馬車に揺られている。

 そんなカイを恨めしそうにジト目で見るヘンリッキ。


 ちなみにサーラとヘンリッキは学園服を着ている。

 学園には貴族の通う上級科と平民の通う一般科が存在する。

 学園の生徒には違いは一目瞭然だが、外の人間には違いが分からない。

 そのためか制服を着ている彼らは乗客に少し距離を置かれているものの、貴族に対する礼儀は払われていない。

 普通、乗合馬車を利用するような貴族はいないのだ。


 貴族と平民が同じ学園で学ぶことに最初は大きな抵抗があった。

 だが現女王がゴリ押しで押し通したのだという。

 現女王は平民と貴族の融和政策を取っている。

 そのため政敵も多いが、平民寄りの政策が現在の王国の発展の原動力になっていることは否めない。

 今となれば貴族の中でも女王の政策を認める声も多い。

 もちろんそんな女王は庶民には絶大な人気を誇っている。



 馬車が所定の場所に止まる。

 休憩時間だ。

 乗客は全員馬車から降りるとそれぞれ体を伸ばし、深呼吸する。

 ぽつぽつと会話を交わしている者もいる。

 乗客の間に笑顔が戻ってくる。


「やあ、大変そうだね。」


 少しだけ意地の悪い笑みを含んでカイがサーラ達に話しかける。

 二人はふらふらと馬車から降りると、近くの地面に座り込んだ。


「実習で馬車に詰め込まれた時は最悪だと思っていたけど、あれよりヒドイとは思わなかった。」


 ヘンリッキのぼやきにサーラは何も返さない。

 だが彼女も同じ意見だということはその表情で分かる。


「頑張ってね。今日は暮れ六つ(午後六時)まで走るそうだから。」


 カイの言葉にげんなりする二人。周囲からは若い二人の反応に笑いを含んだ視線が向けられるのだった。



 馬車は何度か休憩を挟んだ。

 休憩と休憩の間には村に寄るのだが、そこで降りる乗客と乗る乗客の入れ替えがあるだけで、カイ達はずっと馬車に乗ったままだ。

 休憩時間にヘンリッキがカイにそのことを愚痴る。


「仕方ないよ。村は基本よそ者に厳しいからね。用もない人間が馬車からぞろぞろ降りてたら乗合馬車自体入れてもらえなくなるんだよ。」


 カイの言葉に呆れるヘンリッキ。


「乗合馬車のルートから外れたら村人だって不便になるだろう。」


 カイは肩をすくめる。


「だろうね。でも村の中に不和が生じるよりずっといい。村人ってそういうふうに考えるものなんだよ。」


 サーラとヘンリッキは微妙な顔をしたものの、生まれてこの方王都でしか生活したことのない彼女達にはカイの言葉に反論できる根拠もない。

 二人は無理やり納得するしかなかった。


「そんなことより今夜はどうしようか?」


 カイの説明によると、乗合馬車の客は普通、馬車の停留所に併設された宿舎に泊まると言う。


「みんなそこに泊まるのなら僕達も泊まればいいじゃないか。」


 だがサーラはカイの微妙な表情を見逃さなかった。


「わざわざそれを聞くっていうことは、お勧め出来ないってことなのね?」


 サーラの言葉にヘンリッキも何かに思い当たったようだ。ぎょっとした表情になる。


「ご明察。板間にムシロ、全員で雑魚寝。足はギリギリ伸ばせるかな? それも場所によるけど。僕はともかく貴族のお二人には厳しいかもしれないね。」


 宿でぐっすり眠って一日の疲れを取るつもりでいた二人はカイの説明にげんなりする。


「僕はムリだ・・・とても耐えられる気がしない。」

「私もちょっと。せめて汗くらいは拭きたいもの。・・・ねえどうにかならないの?」


 カイは頷くと二人を安心させるように笑顔を見せると、御者の方を指さす。


「彼に言うといいよ。宿を手配してくれるはずだから。」


 カイの説明によると時折サーラ達のような客はいるらしく、御者はそういう客を宿屋に斡旋することで紹介料をもらっているのだそうだ。

 その分宿泊料は割増になるそうだが、宿屋も分かったもので、体を拭く湯を用意してくれたりとサービスは良いらしい。


「そうさせてもらおうよ、サーラ。」

「・・・そうね。」


 二人はふらふらと御者の方へと歩いて行く。

 その様子を苦笑しながら見つめるカイであった。


 宿屋の手配を任せた事で上客になったのか、その後の馬車の乗り心地は若干良くなった。

 どうやら今までサーラ達は振動を拾いやすい車輪の軸の上の座席に座っていたようだ。

 事情を良く知る乗客はその席を避けていたため、自然とサーラ達がそこに座ることになっていたのだ。

 御者に今の席を案内された二人は最初不思議そうな顔をしていたが、馬車が走りだしてしばらくして微妙な乗り心地の違いに気が付いたようだ。

 非難するような目をカイに向ける。 

 カイは涼しい顔で二人の視線を受け流す。

 ちなみにカイは車軸の上の席に座っているが平気なようだ。


 こうして一行は最初の町へとたどり着く。

 旅の一日目はこうして終わった。

 これから続く馬車の旅に辟易するサーラ達であったが、後にそれがどれだけ贅沢な不満であったかを知ることになる。

次回「腐肉喰らい」

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