SUMMER VACATION 2019 エピローグ
順番に読んでいる方は「四式戦闘機はスキル・ローグダンジョンRPGで村では小柄で5億7600万年」本編の最終話「最終話 創られた神」の方を先に読んで下さい。
「助かったよ、ヴァルコイネン。」
漁船の上、舳先で丸くなる大きな白猫に小声で伝えるカイ。
白猫は大きな欠伸をすると、投げやりに尻尾を揺らした。
島のダンジョンが消滅した時、同時に島に掛かっていた魔神の人払いの結界も消滅した。
そのことを察したヴァルコイネンは、カイが行きに使った漁船の船長を上手く誘導してカイを迎えに来させたのだ。
「済まなかったな坊主。何で俺はお前さんを島に残した事を忘れてたんだろうな。」
申し訳なさそうにする漁師にいつもの笑みを返すカイ。
「もういいですよ。こうして迎えに来てくれたんですしね。」
「そう言ってくれると助かるよ。いやあ、本当に済まなかった。」
この漁師が島の事を忘れていたのは人払いの結界が原因で、決して彼のせいではない。
その事が分かっているカイは決して漁師を責める事はないのだが、漁師はどうやら自分のミスが許せないようだ。
さっきから何度もこうして謝罪を続けていた。
こうしてカイは無事に島から帰る事が出来たのである。
「まるでお祭り騒ぎだね。」
久しぶりに戻ってきた王都では、あちこちで市民達が盛り上がっていた。
マーリア王女が無事に帰還してから数日。王城からは連日今回の事件あらましが市民に開示されていた。
これも女王が取る平民よりの政策の一環で、現代の日本で言えば国会の記者クラブに当たるものだ。
それほど開かれた情報ではないが、それでも無いよりは全然マシである。
女王が即位する前は王都の民は噂でしか情報を得る事が出来なかった。
その結果流言飛語が飛び交い、時には混乱した市民達によって町の治安が著しく悪化する事がままあった。
そのことが為政者の庶民に対する不信感を強め、結果として市民に対して更なる締め付けを招いていたのだ。
騎士団隊長の息子と副団長の娘の二人が、魔王を信奉する魔神教団から王女を救出した話は多くの市民に喝采をもって迎えられた。
王都では二人の絵姿が飛ぶように売れ、貴族の子弟達は憧れに目を輝かせて騎士団の入団テストの申し込みに殺到した。
酒場では二人の活躍が歌にされ、王都の民は酒場をはしごしてはどの歌がより優れていたかを議論した。
中でも、王女と副団長の娘、二人の美女から想いを寄せられて苦悩する騎士団隊長の息子のロマンス物語が特に評判が良いらしい。
是非一度ヘンリッキに聞かせてみたいものである。
そんな風に盛り上がる王都の民だが、二人の冒険に若い従者が従っていた事を知る者は意外と少ない。
王城の発表ではちゃんと三人の名前が挙げられているのだが、騎士団団長の息子と副団長の娘という輝きの前には、名も無き従者の存在は霞んでしまったようだ。
特にヘンリッキのロマンス物語には従者の存在は邪魔だったのだろう。
カイの存在は市民には無かったことにされていた。
ここは難民区画。
その奥に立つ一軒のボロ屋。
カイは我が家に入ると旅装を解く。
「じゃあヴァルコイネン。家の周囲の見回りをお願い。」
「面倒くさいニャー。カイは神経質過ぎるニャー。」
白猫ーーヴァルコイネンは文句を言いつつもふらりと部屋から出ていく。
カイの慎重さは今に始まった事ではない。
もし自分がやらなければ、カイは納得いくまでいつまでも周囲の見回りを続けるだろう。
「異常なしニャー。」
「ご苦労様。」
五分ほどでふらりと戻ってきた白猫にカイは労いの言葉をかける。
家の周囲の見回りをしたにしては早すぎる時間である。しかし、カイはヴァルコイネンがサボったとも手抜きをしたとも思っていない。
ヴァルコイネンが本気になればこの半分以下の時間で仕事を終えることだって出来るのだ。
五分かかったということは、それだけ渋々だったということになる。
「異常は無いけど、手紙はあったニャー。」
ヴァルコイネンがカイの前を通り過ぎると、パサリと手紙が床に落ちた。
「手紙? ああ、サーラからか。」
一緒に旅をした仲間からの手紙に喜ぶカイ。
「でも随分と大きな封筒だね。ーー案内状?」
魔王が倒れてから21年間。急速に復興を遂げた王国で一つの革新が起きた。
紙の普及と印刷技術の確立である。
これにより王国では庶民の識字率が大幅に向上した。
とはいえ田舎に行けば、未だに文字はおろか数字も読めない人間がほとんどなのも事実である。
王都周辺と農村の地域格差が現在の王国の大きな問題となっている。
「これは学園の入学案内だ。こっちはサーラからの手紙か。」
入学案内を前に置き、サーラからの手紙にざっと目を通すカイ。
『今回の件では貴方にはお世話になったわ。でもお金を渡してそれで終わる事を私もマーリア様も望んでないの。ねえ、いつまでそこで世捨て人のように暮らすつもりなの? 私は貴方に学園に通う事を進めるわ。学園の主席卒業生は貴族に準ずる資格が与えられる、いえ、それが無くても学園の卒業生なら色々な仕事に就く事が出来るわ、それこそ王国騎士団にだって。・・・貴方は騎士団に良い印象を持ってないと思うけど、もし望むなら私とヘンリッキ、ううん、マーリア様も口添えしてくれるそうよ。4年間の学費とその他にかかる費用は全て王国が持つわ。ねえ、どうか考えてみて。』
という内容が、何一人で勝手に王都に帰っているのよ的な恨み節をたっぷり効かせて書かれていた。
手紙を手に苦笑するカイ。
「しょうもない誘いだニャー。」
「そうだね。」
カイの返事に何かを感じるヴァルコイネン。
「・・・受けるつもりかニャー。」
「そうだね・・・どうしようか。」
おそらく数日前のカイなら迷うことなくこの話を丁重に断っていただろう。
しかし、今のカイはあの島で自分と同じく神に翻弄される仲間達と共に戦い、また、その彼らと別れたことで、二十数年振りに人恋しい気持ちになっていた。
「まだ時間もあるし、ゆっくり考えて決めるよ。」
「その時間はあるのかニャー?」
後でゆっくりと読もうと手紙をたたんでいたカイはヴァルコイネンの言葉に顔を上げる。
その時、家の門の外から少女の大きな声がした。
「カイー! いるんでしょ! 入るわよー!」「ちょっと、引っ張らないでよサーラ! 入るよ、入るから。」
サーラとヘンリッキの声である。
驚いてヴァルコイネンを見るカイ。
「君、さっき異常なしって言ったよね?」
「あいつらは別に異常じゃないニャー。丁度その手紙を置いて帰るところだったから預かってきてやったニャー。」
額に手を当てて天を仰いぐカイ。
やがて賑やかな二人が玄関を開けて勝手に家の中に入ってきた。
決断というのはいつだってこうだ。いつもこちらの準備を待ってくれないんだ。
仕方なくカイは心を決める。
いや、この手紙を読んだ時から心は決まっていたのかもしれない。
部屋のドアが大きく開け放たれた。
ーーSUMMER VACATION 2019・終ーー
この話でこのイベントの話は全て完結となります。
最初に書いた通り、これは本編のストーリーには何の関係も無いイベントのようなものです。
とはいえ、読んで頂ければ分かる通り、本編の後日談的なお話になることを意識して書いています。
本編を最後まで読んで頂いた方に少しでも楽しんでいただければ幸いです。
最後まで読んで頂きありがとうございました。