その23 5億7600万年の寿命で魔王を倒す
巨大な魔王の砦の地下室。
今ここに魔王マースコラが復活した。
「本人から散々愚痴られたからね。僕の名前はカイ。君たちには勇者カイの方が通りが良いかな? 魔王パロカンナスは死んだよ。彼の最後は僕が看取った。」
驚きに目を見開く魔王マースコラ、いや、魔将軍マースコラ。
「君がどうやって復活したのかは分からないけど・・・ふむ。そういえば複数の命を持つ魔族がいると聞いたことがあるな。確か種族名は蚩尤。81もの命を持つ者もいたとか・・・。」
蚩尤は複数の命を持つ魔人だ。殺されても生き返ることから、同じ姿をした複数の兄弟がいる、と間違われることもある。
フィジカル系の能力値が高い種族だが、霧を操る能力にも長けている。
魔族の中でも数の少ない珍しい種族である。
「・・・人間にしては知恵者のようだ。大法螺吹きだがな。」
「法螺ってどこが?」
「ワシとて敵わなかったパロカンナスに、人間ごときが勝てる訳が無かろう。あやつこそ正真正銘の化け物だ。」
マースコラの言葉に大教祖ヴォルティネリが眼を剥く。
この圧倒的な威圧感を放つマースコラすら、パロカンナスには敵わないと言うのだ。
「まあそうだね。でも結果的に彼が死んだだけで、僕が彼を倒したわけじゃないから。」
「? 謎かけのつもりか?」
そんなつもりはないよ。そう言いながらカイは自分の懐に手を入れる。
「このまま自分達の世界に帰って欲しい、と言ってもダメだよね。」
「戯けが! 何のために復活したと思うておるか。」
吐き捨てるように言い放つマースコラ。
カイはため息をついて懐から小さな金色の玉を取り出す。
何の変哲もない金色の玉だ。玉ねぎのように上が少し尖っている。
しかし、その玉を見た途端、マースコラの体におぞけが走る。
「この感覚は聖剣?! それはまさか神器か!」
「ご名答。もう一度だけ聞くよ。これが最後のチャンスだ。このまま自分の元居た世界に帰る気は?」
マースコラの腕に霧がまとわりつき、盾と戟に姿を変える。
戟とは刺突用の武器である矛と、敵の首を刈る戈が組み合わさった、槍のような武器だ。
「否! 死ぬが良いこの阿呆が!」
叫ぶや否や一瞬にしてカイとの距離を詰め、戟を振り上げるマースコラ。
カイはひと言だけ叫んだ。
「”浄土”!」
その瞬間、この世界からカイとマースコラは消滅した。
「・・・ここは。」
突然砦の地下室から青空の下へと連れ出されて、警戒するマースコラ。
暑くもなく寒くもない、過ごしやすいほど良い気温だ。
足元は柔らかな草に覆われ、まばらに生えた木立が日の光を遮っている。
マースコラは知らないが、これは菩提樹という常緑高木である。
目の前にはカイがさっきのまま立っている。
「ワシの攻撃は・・・。貴様どうやって躱した?」
マースコラの攻撃は、確実にカイの脳天を捉えていたはずである。
だがカイは平然と立っているし、命中した手応えも無い。
「それにここは外、いや待て。」
ずっと地下室にいたマースコラだが、霧の感覚で今が夜であるということは分かっていた。
だがここには太陽が昇っている。
混乱するマースコラにカイが告げる。
「ここは”浄土”。正確には”清浄国土”と言うそうだ。僕達の世界とは違う世界だよ。」
「何・・・だと?」
人間には知られていないことだが、魔人は元々は別の世界に住んでいるその世界の人類だ。
彼らは魔神の力で世界を渡って、カイ達の世界に来ている。
つまり異世界からの侵略者なのだ。
と言えば聞こえは悪いが、仮に人間が魔人を押し返せば同じ道を逆にたどって、今度は人類が魔人の世界に侵略しに行くことになるだろう。
これは神による人類を使った壮大な代理戦争なのだ。
「君の元居た世界や僕達の世界は、”修羅道”と呼ばれる世界の一部なんだ。そしてこの宇宙はそういった大きな世界が六つ集まって出来ている。」
それら大きな世界は天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道という。
この六つの世界を総じて”六道”という。
命あるものはこの六道の中で、永遠に輪廻転生を繰り返している。それは神であっても例外ではない。
だが、その輪廻の輪から抜け出して、この六道の外に出た者が現れた。
地球という星のコーサラ国(古代インドの王国)の属国に生まれた彼は、厳しい修行の末に高次元生命体へと進化した。
彼は菩提樹の下で悟りを開き、仏陀ーー目覚めし者、と呼ばれることになった。
そして彼は、後に自分に続く者が出るようにと、そのヒントを残していったのだ。
「それがここ、”浄土”だ。」
宇宙にはここと同じ”浄土”が複数存在しているという。
人々はここに生まれ変わり、ここで修業を積み、やがては先達のような高次元生命体へと至るのだそうだ。
もちろん至れずに寿命が尽きれば、また別の世界に生まれ変わって次のチャンスを待つのだ。
カイの説明に鼻を鳴らすマースコラ。
「下らない作り話でワシを煙に巻こうてか。貴様どれほどの大法螺吹きか。」
「まあ信じなくてもいいけどね。でもルールだけは説明しておくよ。」
カイは手を広げる。
「一つ。”浄土”では食事を摂る必要も無ければ怪我も病気もしない。だから戦うこと自体が無意味だ。」
「なにい!」
信じられない言葉に眼を剥いて驚くマースコラ。
「二つ。どちらかが死ぬまでここからは出られない。ちなみに出た場合はさっきの場所に戻るよ。」
信じ難い話だが、元の世界では時間もほとんど経過していないのだと言う。
「三つ。ここに入った以上、もう僕にはどうにもできない。つまりここに連れて来た僕の方が有利、とかそういうのは全然ない。君と僕とは全く同じ立場ということだね。」
そもそもここは高次元生命体へと至るための修行の場だ。そんな場所で修行者に優劣をつけることなどあってはならない。
「そしてこれが最後のルール。ここでは何をやっても構わない。地面をまるごと吹っ飛ばしても、周囲を火の海にしても全然問題ない。この”浄土”で君は完全に自由だ。」
呆れた顔をするマースコラ。
「長々と下らんおしゃべりだ。どちらかが死ぬまで出られないと言うのなら、今ここでお前を殺せば良いだけだろうが!」
言葉と共に戟を振り抜くマースコラ。魔人の膂力で振られた戟はカイの頭を切り飛ーー
「何ィ!!」
切り飛ばせはしなかった。
そこに立っているのは、さっきと変わらない姿のカイ。
「いや、最初に言ったでしょ。”浄土”では食事を摂る必要も無ければ怪我も病気もしない。だから戦うこと自体が無意味だ、って。」
愕然とするマースコラ。
「ま、待て、ならワシ達は一生ここでこのまま過ごすのか?!」
ようやく事態を正しく理解したのか青ざめるマースコラ。
「まあそうだね。修行を終えて高次元生命体になれば出られるんだろうけど、僕はその方法を知らないし。」
それもそのはず。知っている者はこの宇宙の外だ。
天を仰いでため息をつくマースコラ。
「こうなってはジタバタしても仕方がない・・・か。さしものワシも神器は手に負えん。後80年ほどでこやつは死ぬだろうしそれまではここでーー。」
「ちなみに僕の寿命は5億7600万年だから。」
カイの言葉に固まるマースコラ。
「5・・・なんだって?」
「5億7600万年。僕が勇者として持って生まれた”才能値”は、隠しパラメータの”寿命”に全振りしたって、神の使いが言ってたよ。」
マースコラはカイを見つめる。
信じられないのだ。
ちなみに上位の魔人の寿命は人間のそれよりも遥かに長い。
とはいえ流石に二千年を超える者はほとんどいない。
「魔王は五千年は生きたかな。蚩尤の平均寿命ってどのくらいなの?」
「ぐわあああああああ!!」
マースコラは暴れた。無茶苦茶に戟を振り回した。
かつて魔王を負傷させたこともある自慢の魔法も放った。
大地が抉れ、木々がなぎ倒され、火と破壊が降り注いだ。
だがカイは平気な顔をしている。
食事も必要なく水も飲まずに済む世界には、昼も夜も無ければ睡眠も無かった。
マースコラは体力と魔力が尽きるまで暴れた。
暴れ疲れると倒れ、回復したらまた暴れた。
「なんだかこの辺りも荒れて住み辛くなったんで移動しようか。」
カイの言葉で場所を移すと、そこは最初の場所とほとんど変わらない光景が広がっていた。
「この世界はどこにいってもこんな感じかな。」
昔、カイと魔王が”浄土”で過ごした時、あまりにヒマなのでこの世界がどこまで広がっているのか歩いて確かめようとしたことがあった。
結局、数百年歩いても世界の果ても無ければ元の場所に戻ることも無かった。
「案外果てなんて存在しない世界なのかもしれないね。」
マースコラの心は折れた。
次回「勇者とか魔王とか、そういうのはもういらない」