その21 王女マーリア
霧の森の奥、魔王の砦の中を走るサーラ達。
先導するのは派手な服装の青年、ラファエル・リクハルド・コスケンサロネン。
「王女はこっちだガキ共! 俺様の偉大なケツに顔面を突っ込む勢いで付いて来い!」
「・・・ねえサーラ、この人本当に信用しても大丈夫なの?」
この青年、見た目も派手だが言動もいちいち目立つのだ。
「色々と個性的すぎて、とても密偵が務まる人とは思えないんだけど。」
「・・・私もそう思うわ。」
「おいおい、俺様本人を目の前にして言いたい放題じゃん!」
まあクソガキってのはそのくらいクソ生意気じゃなきゃな! 青年は年少者達の皮肉を軽く流す。
渋い顔を見合わせるサーラとヘンリッキ。
階段を上がるとそこは小部屋になっていた。
教団員が二人床に倒れている。
「また倒れているわ。話は本当だったのね。」
「えっ? サーラ達が倒したんじゃないの?!」
サーラの呟きに驚くヘンリッキ。
「違うわ。私が来た時には教団員はもうほとんどの者が死んでいたの。」
「どういうこと?」
砦に到着したサーラを出迎えたのは、自称密偵のラファエル・リクハルド・コスケンサロネンだった。
この長い名前の青年の情報によれば、昨夜あたりから教団の人間がバタバタと倒れ出したという。
「今じゃ生き残ってるのは王女と俺様と教祖のファッ〇ン爺と後数人、ああ、やたら色っぽい格好をした魔族のねーちゃんもいたな。教団員は弱いヤツから順におっ死んじまったよ。」
森の霧は昨夜から濃くなったそうだ。
そして霧を吸った教団員達は、次々とおかしな言動を取るようになった。
「おかしな言動?」
「急に見えない何かに死ぬほどビビり出すヤツがいたかと思えば、脳みその中がピンク色になったのかアヘ顔で悶絶するヤツ、おっ死ぬまで自分の首を締めるヤツ、まあ色々さ。確かに前から魔王を崇めるようなイカレたクソ野郎共だったが、流石にここまでぶっ飛んではなかったぜ。」
青年が言うには霧は砦の奥、地下に安置してある石の棺から発生しているらしい。
中には魔王の遺体が収められているという話だ。
「それってもしかして・・・。」
「魔王の生贄にされちまったんだろうさ。食えない女だよあの魔族のねーちゃん。」
王女を生贄に捧げるというのは嘘では無かったのだろう。
ただし、本命は王女を連れてくる100名以上の人間の方だったのだ。
「まあ確かに、いくら我らが王女殿下が銀髪でも、100人以上の魔力ってことはないわな。」
銀髪は魔力が高いと言われている。実際に上位の魔族はみんな銀髪だ。
例外は金髪だった魔王くらいのものだろう。
だがいくら王女の魔力が高いといっても、青年が言うように人の100倍とまではいかない。
「王女殿下はご無事なのね?」
「モチのロン。ん? これってイケてる表現じゃね? 流行らせよっかな。」
日本では古い言葉だがこの世界では斬新だったようだ。青年は自分で生み出した言葉にワクワクしている。
そんな青年の姿にサーラは集中力が切れそうになるのを苦労して堪える。
今でもサーラは青年を警戒している。
それはそうだろう、一度は密偵を名乗る男に騙されているのだ。
だが、この青年相手に緊張感を保つのは困難だ。
この青年はいろいろと緩すぎるのだ。
「あとお前の連れ? 彼氏? 何か地味なヤツがさっき連れて来られてたな。牢屋にブチ込まれてんじゃねえかな?」
「地味な・・・ヘンリッキのこと?! そこに案内して!」
どのみちここまで来てしまった以上、いつまでも立ち止まってはいられない。
こうしている間にもカイは陽動のため戦っているのだ。
サーラはひとまず青年の言葉を信用することにした。
「確かに彼の言った通りだったわ。教団員はそこらじゅうに倒れて死んでいるし、あんたは牢屋に閉じ込められていたし。」
「・・・なるほど。」
ヘンリッキは納得する。
さっきまで見ていたピンク色の夢は、霧の幻覚作用のせいだったのだ。
ヘンリッキは二度とあんな幻覚に惑わされないよう、舌の上の渋い木の葉をしっかりと味わう。
「そこまで信用されてなかったわけ? 俺様ショック。おっと、この先だ。」
青年は大袈裟に目尻に浮かんだ涙を拭うふりをしていたが、不意に廊下の角で立ち止まる。
「流石に王女殿下の見張りはまだ死んでないのね。」
サーラが腰の剣を抜く。ヘンリッキも倒れていた教団員から奪った槍を構える。
青年は戦わないようだ。そもそも武器を持っていない。
「俺様の武器はこの舌だから。」
などとうそぶく青年に、気合が抜けそうになるのを堪えるサーラとヘンリッキだった。
ガチャリ!
鍵の開く音がしてドアが開かれる。
部屋の中で目を閉じて椅子に座っているのは美しい少女。
まるで銀髪の人形のようなこの少女こそ、教団に攫われた王国の王女マーリアである。
(いよいよ生贄の儀式が始まるのでしょうか。)
昨日までは日に二度の食事を与えられていたが、今日になってからは水すら出されていない。
耳に入った教団員の会話から、自分は魔王復活の生贄に捧げられる、ということは分かっている。
どうせじきに死ぬ相手に食事を与えても無駄、ということなのだろう。
王女の持つ護身用の武器と、マジックアイテムは全て取り上げられていた。
と、教団員達は考えていたが、実は彼女は攫われた時、自決用のマジックアイテムを飲み込んでいた。
王女は自分が生贄になることで魔王が復活するくらいなら自ら命を絶つつもりでいた。
ギリギリまでそれを実行しなかったのは、彼女を助けに来る者の働きを無駄にしないためだ。
だがどうやら間に合わなかったようだ。
「王女殿下! お助けに参りました!」
少女の声に王女の目が見開かれる。
・・・が、またすぐに閉じられる。
どうしたことか、昨夜から何度もこういった幻覚を見るようになったのだ。
おそらくは願望が見せた幻だろう。実際は霧の見せた幻だが、そのことを知らない王女は自分の心のせいだと考えていた。
(それにしても今回のはとびきり荒唐無稽です。)
さっきの声はサーラ。騎士団副団長の娘であり同じ学園に通う学友。そして彼女の唯一の親友。
(馬鹿馬鹿しい。きっと、死ぬ前にもう一度彼女に会いたいという私の願望が「って苦あああああああい!」
口元に押し付けられた葉っぱをうっかりひと舐めした王女は、あまりの渋さに大声を上げた。
「王女殿下! 私ですサーラです! 助けに参りました!」
「騙されません! 貴方は私の弱い心が生み出した幻影・・・いや、なんでその葉っぱを押し付けてくるんですか! ちょっと止めて、苦いから! ホントに苦いから! だから何であなたは、そんなに私にその葉っぱを食べさせようとするのよ! もう! 何なのよ貴方は! いい加減にしてよ!」
懸命に王女を幻覚から救おうとするサーラと、必死に(激渋木の葉に)抵抗する王女。
青年はニヤニヤしながら、ヘンリッキは冷めた目で、二人の美少女の取っ組み合いを見つめていた。
(やっぱり現実の女の子ってこうだよね・・・)
さっきの自分の幻覚との差に、気持ちが冷めていくのを感じるヘンリッキだった。
「本当にサーラなんで「もう一枚いっときますか?」サーラですね分かりました。」
何とか落ち着いた王女を連れ、砦の廊下を走る一行。
先頭は青年、それにサーラ、王女と続き、殿をヘンリッキが務めている。
移動しながらサーラが王女に現状を簡単に説明する。
王女も今ではサーラが幻覚ではないと信じている。
そもそも、こんなに言うことを聞いてくれないサーラが幻覚とはとても思えない。
普通、幻覚ならもっと素直で優しいサーラが登場するものだろう。
「この霧が原因だったのですか。」
サーラとの取っ組み合いで乱れた髪を手櫛で整えながら、王女は辺りに漂う霧を見渡す。
「忌々しい霧ですが、おかげでこうして無事にマーリア様をお助け出来ました。」
聞けば、彼女達は自分を助けるためにたった三人でここまでやってきたという。
サーラの言葉に胸が暖かいもので満たされる王女だった。
「! 下がって!」「痛っ!」
突然、サーラは王女を突き飛ばすと飛び出す。
尻もちをつく王女。
バシャ!
二人の真ん中にコップ一杯分ほどの水が落ちる。
サーラは扉の開いていた部屋に飛び込むと、中にいた顔中に包帯を巻いた女をひと突きで葬った。
「どうしたの?! サーラ!」
「分からないわ、この部屋から狙われている気がしたの。」
そんな理由って・・・ 呆れるヘンリッキ。
「何だろう、前にもこんなことがあったような・・・。」
女の死体を見下ろすサーラ。包帯の隙間からは酷い火傷の跡が見える。
村でサーラ達を襲った教団殺戮部隊の最後の生き残り、”夢魔”である。
”夢魔”はヘンリッキを砦まで運んだ後、この部屋で治療を受けて休んでいたところだったのだ。
どうやら彼女は最後までサーラと相性が悪かったようだ。
サーラは結局”夢魔”のことを思い出せなかった。
顔は包帯で隠れているし、彼女は背後に落ちた水にも気付いていなかったのだ。
「まあ良いわ。」
「まあ良いわって・・・。」
どのみち教団の人間は許しておけないもの。
教団は今回の一件で大勢の無関係な人間を殺している。
サーラにとって教団の人間というだけで同罪なのだ。
こうしてサーラ達が王女を無事に救出し、魔王の砦を脱出したのと入れ替わるように、一人の少年が砦へと足を踏み入れる。
カイである。
王女誘拐から始まったこの事件、最後の戦いが今始まろうとしている。
次回「魔王復活」




