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5億7600万年の寿命で魔王を倒す  作者: 元二
勇者カイ ~21年後~
2/28

その1 攫われた王女

 男が王城から自分の屋敷に戻ったのは夜もふけたころである。

 この世界の夜は早い。

 日が暮れると貴族街ですら闇に包まれる。

 男は馬車から降りるとカンテラを手に屋敷のドアを開ける。


「まだ起きていたのか・・・。」


 男は呆れた顔でロビーに立つ少女を見つめる。

 すらりとした背の高い少女だ。

 赤色の髪は肩で切り揃えたワンレングス。

 その眼差しは凛として美しい。

 見る者を引き付ける美少女である。


 男ーー少女の父親は立派な髭を撫でつけると、ため息を一つこぼす。


「サーラ。明日も学校があるだろうに。」

「そんなことより父上、お城の方では何と?」


 暗がりで良く分からないが、少女ーーサーラの顔は青ざめているようだ。

 彼の口から聞きだすまで一歩も引く気はない。少女の目はそう語っていた。

 男は説得を諦める。そもそも言って聞く子ではない。

 娘の頑固さは騎士団副団長の自分譲りなのだから。


「王女殿下誘拐の主犯はヴォルティネリ。内偵の情報だ、ほぼ間違いあるまい。」


 思わぬ大物の名前にサーラの目が見開かれる。

 王都で大教祖ヴォルティネリの名を知らない者はいない。

 魔王を崇める邪教の教祖を自称している老人だ。

 多くの者には悪質なテロリストとして知られている。


「目的は魔王の復活。王女殿下はそのための生贄として選ばれたようだ。」

「そんな!」


 あまりに衝撃的な内容にサーラは我を忘れて駆け出す。


「待て待て! こんな時間にどこに行く?!」

「マーリア様を捜さないと!」


 慌てて娘を止める男。


 マーリアはこの王国の王女の名前だ。

 昨日、王女は学園からの帰りに何者かに襲撃された。

 現場に残っていたのはバラバラになった王女の乗っていた馬車と、全身を切り裂かれて死亡した護衛の騎士達。

 懸命な捜索にも関わらず王女の死体は発見されなかった。

 その特徴的な被害現場の様子から、最初期から大教祖ヴォルティネリの名前は捜査線上に浮かんでいた。

 そこに前々から魔神教団に潜入していた密偵からの情報が入り、王女が教団に拉致されていることが判明したのだ。

 密偵はこの情報を最後に連絡を絶っている。

 無理をして情報を伝えたことで存在がバレて殺されたものと見られている。


「今、騎士団が総動員で教団の潜んでいる場所を探している。見つけ次第乗り込むことになるだろう。」


 男は言葉を選びながら娘に説明をする。

 家族とはいえ捜査情報を流す訳にはいかない。

 本当はこれまでの話も外部の人間にして良い話ではないのだ。

 だが、娘は学園ではマーリア王女の護衛であることを自分に課していた。

 それに二人は身分を超えた友誼を結んでいる。

 知らせなければ心配のあまり暴走しかねない。


 サーラは父親をじっと見る。


「部下は捜査のために走り回っているのに、なぜ父上は家に戻っているのですか?」


 男の顔が歪む。


「部下が気を使って寝に帰るように勧めてくれたんだよ! 俺は昨日からずっと寝ずに騎士団本部に詰めていたんだぞ!」




 翌日、男は早朝から王城へと向かった。

 だがそこで知らされた報告は彼の想像を超えるものだった。


「バカな! 霧の森に入って行ったと言うのか?!」


 霧の森、別名不帰の森。かつて魔王がその奥に城を築いたと言われている魔の森である。

 騎士団本部から昨日まであった捜査の熱が引いていくのを感じる。

 

 みんな王女の命は絶望的と諦めたのだ。




「そんなことって! 教団の人間は入って行ったんでしょう? 騎士団が入れない理由がないわ!」


 案の定、父の説明にサーラは納得いかなかったようだ。

 だがこれはサーラが悪いとは言えない。


「あの森が出来たのはお前がまだ生まれる前だからな。知らないのも無理はない。」


 魔王が初めにこの地に降り立ったのが霧の森である。

 その当時は森というより小さな林だったようだ。

 だが林から霧のように漏れる瘴気のせいか今は見上げんばかりの大樹が生い茂っている。

 瘴気は人間の精神を蝕み、狂気に染め上げる。

 近隣のエルッコラの町の住人は霧の影響で殺し合い、自ら滅んだという。

 21年前、魔王が何者かに滅ぼされて以降もその霧が晴れたことはない。

 かの森は誕生して以来一度として人間が足を踏み入れたことのない前人未到の魔境なのだ。


「どうやって教団員があの森に入って行ったのかは分からない。だが王城では教団員はすでに森で全滅しているという意見が大勢を占めているんだよ。」


 その場合、当然王女もすでに亡くなっていると考えられる。

 当然だ。

 王女は護身のために様々なマジックアイテムを持たされているが、魔王の瘴気を防ぐほどの力はない。

 もしそんなものがあれば、それを持って森に入った騎士団が森を焼き払っているだろう。


「でも・・・もしマーリア様が生きていらしたらきっと助けを待っておられるはずだわ!」


 父親の説明に青ざめながらもサーラは可能性を捨てることをしたくなかった。

 父親はそんな娘をじっと見ている。


「・・・彼なら霧の森に入る方法を知っているかもしれない。」

「! その人は誰ですか?!」


 サーラは思わず父親にすがりつく。

 父親はためらいながらも娘の問いに答える。


「彼の名前はカイ。平民なので苗字は無い。イソラ村のカイと呼ばれている。おそらく彼は21年前あの森に入って帰ってきたはずだ。」

「イソラ村のカイ・・・」


 どこか歯切れの悪い父親の言葉に疑問を感じながらも、サーラは目の前のわずかな希望に賭ける他無かった。

次回「幽霊屋敷の少年」

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