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5億7600万年の寿命で魔王を倒す  作者: 元二
勇者カイ ~21年後~
19/28

その18 霧の森

 カイとサーラは二人乗りで馬に揺られている。

 廃墟の町エルッコラで鳥人ハルピュリアの襲撃を受けた際に、カイの乗る馬が犠牲になったからだ。

 だが相乗りもここまでだ。

 目の前には巨大な木々が鬱蒼と生い茂っている。


 霧の森だ。


「とうとうここまで来たのね・・・。」


 サーラが呟く。

 一刻も早く訪れたかった場所だが、いざ到着してみると気後れも感じる。

 当然だ。これから敵の懐に飛び込むのだ。


 二人は馬から下りると荷物を簡単に仕分ける。

 必要な分だけ背負い袋に詰めると、もったいないが残りの荷物はこの場に放置して行くことにする。

 この先は馬では進めそうもないからだ。

 二人は食事を摂りながら最後の打ち合わせをする。


「魔王の砦はこの森の奥、多分歩いて半日といったところかな。」


 すでに日は高く昇っている。到着するのは日が沈んだころだろう。


「ギリギリね。」

「こればっかりは仕方がない。急いで行っても仕方がないからね。」


 仮に、全力で移動して少しだけ早く到着したとしても、そこで体力を使い切ってしまっていては意味が無い。

 彼らの目的は王女の救出であって、砦にたどり着くことではないからだ。

 砦にたどり着いてからが本番なのである。

 サーラも手段と目的を取り違えることは無いようだ。

 はやる気持ちを抑えて、今は食事を摂って体力回復に努めている。


「情報では教団員は、数十名とも百名以上とも言われているわ。」

「あまり当てにならない情報だね。」


 教団が王女を連れて王都を脱出した時には、百人以上いたことだけは分かっている。

 しかし、その後の情報が無いため、現在の人数までは分からない。


「でも、昨夜戦った相手以上の戦力はいないんじゃないかな。」


 サーラもカイの言葉に同意する。

 彼らは高価なマジックアイテムを使っていた。教団があれ以上の数のマジックアイテムを持っているとは考え辛い。

 彼らは教団の虎の子の戦力だったと考えても良いだろう。


「これが最後の食事かもしれないわね。」

「・・・。」


 サーラの呟きに無言で答えるカイ。

 戦闘前に弱気は禁物だ。だがサーラの呟きは戦闘前に誰もが考えることだ。

 こういう時は聞き流すのが戦場の兵士の習いなのである。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 邪神教団の立てこもる魔王の砦の一室。

 かつては貴賓室だったのだろうか? 

 他の無骨な部屋と異なり、この部屋は美しい装飾の施された、品の良い調度品に彩られている。

 天蓋付きのベッドに横たわるのは妖艶な女性。


 魔王マースコラ様の娘エリベトである。


 その張りのある双丘は横たわっていても形を崩すことなく、魅惑的なラインを保っている。


「まさかハルピュリアまで退けるなんてネ。」


 気だるげに身を起こすエリベト。結い上げた髪からこぼれる後れ毛が色気を感じさせる。

 そんなエリベトが顔を上げると、片方の目が血に濡れているかのように真っ赤に染まっている。

 遠見の魔法を使ったことによる反動だ。


 あの人間二人の戦力は想定外だ。

 よもや人間ごときが、魔族の攻撃を二度までも退けるとは思っても見なかった。


 だがもう関係ない。父の復活は近い。


 エリベトはスルリとベッドから降り立つとふと足を止める。

 彼女の足元には、教団の大魔導士ヴォルティネリがつけた世話役の女が倒れている。

 既にこと切れているようだ。

 だが、彼女が足を止めたのは女の死体を気にしてのことではなかった。


 彼女が見つめるのは壁に掛かった等身大の絵画。

 そこに描かれているのは、男でありながら色気を感じさせる若々しい金髪の美男子。側頭部には曲がった大きな角が生えている。


「魔王様・・・。」


 絵の中の男はじっと彼女を見つめる。

 エリベトはその視線にかつての恐怖を思い出す。

 こんな絵は外してしまえれば良いのだが、それも怖くて出来ない。

 結局、彼女は目を伏せると影に溶け込むように自室から姿を消した。


 部屋に残ったのは倒れた女の死体だけ。

 だがその死体に気付く者はいない。

 部屋の外で控えている教団の護衛達も、床の女と同様に既にこと切れているからである。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「これは?」


 目の前に小さな袋を差し出されて戸惑うサーラ。

 中には乾燥させた木の葉が入っている。


「こうやって舌に乗せて。お腹を壊すから飲み込まないでね。」


 カイは木の葉を一枚摘まむと、自分の舌の上に乗せて見せる。

 サーラもカイのやった通りにする。


「これでいいのね、それでこれってーー苦あああ!」


 舌の上に広がる苦味に絶叫して木の葉を吐き出すサーラ。

 サーラのリアクションがツボに入ったのか笑いを堪えるカイ。


「ちょっと、何よコレ! ああもう、まだ舌がしびれてジンジンする!」


 サーラは水筒から水を含むと口の中をゆすぐ。


「ごめんごめん今説明するから。」


 ようやく笑いの波が去ったのか、カイは目に涙を浮かべながらサーラに謝った。



 二人は今、霧の森中を歩いている。

 辺りは霧に包まれている。


「本当にこんなことで平気なのね。」


 サーラが半信半疑といった表情で呟く。

 カイの説明によれば、この霧は吸った人間に幻覚を見せるという。

 幻覚は人の憎しみを煽って殺し合わせたり、淫らな快楽に耽ることで正気を失わせたりするのだそうだ。

 今サーラが舌に乗せているこの木の葉は、この霧を防ぐことのできる特殊な木から採れた木の葉ーーということはなく、激烈に渋いだけの普通の木の葉である。


「この霧は人間の五感を狂わせて幻覚を見せる魔法なんだ。でもその魔法はとてもデリケートで、五感の一つでも異常があれば上手く発動出来ないんだよ」


 カイの説明によると、目を閉じるとか耳を塞ぐ程度では魔法の発動を止めることは出来ないらしい。

 それこそ目を潰すか、鼓膜を破るかくらいはしないと、幻覚に掛かってしまうのだそうだ。


「だからこの激渋木の葉で、一時的に味覚を破壊するのが一番お手軽なんだよ。」


 この激渋木の葉は激渋茶の原料になるらしい。

 わざわざこんな木の葉で淹れたお茶を飲む人間がいるとは。

 世の中には変わった嗜好を持つ者もいるものである。


「しっ! 静かに!」


 小声で警告するカイ。足を止めて息をひそめるサーラ。

 カイの見つめる先、何かがわさわさと地面を這いずり回っている。


「毛深蟲だね。最後まで一筋縄ではいかないようだ。」


 それは地面を覆う原色の毛の長い絨毯、いや、無数に蠢くのは、体毛の生えた体長1mほどのゴキブリに似た昆虫型の魔物だ。

次回「毛深蟲」

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