その17 鳥人の襲撃
馬を駆けさせるカイ。
そのカイ目がけて空から舞い降りる大きな影がある。
「カイ! 危ない!!」
サーラの叫び声と、カイが何者かの襲撃に気が付いたのは同時だった。
咄嗟に馬から転がり落ちるカイ。
ザクッ!
馬の首に巨大な鳥のかぎ爪が突き立つ。
転倒する馬から飛び去る鳥。
馬は悲しげにいななくと血だまりの中で息を引き取った。
「ハルピュリアか!」
ハルピュリアは体長3mを超える巨大な鳥型の魔人だ。
翼を広げれば幅は5mに届く。
顔はどことなく人間に見えない事もない。
魔族の中ではゴブリン同様、下位に位置する魔人だ。
だがその鋭いかぎ爪と強靭な翼は侮れない。
実際にカイも、そのかぎ爪に兵士を捕えたハルピュリアが大空を飛ぶ姿を見た事がある。
その後、空高くで離された兵士は地面に落ちて絶命した。
「カイ!」「馬から下りて木を背にして!」
カイの指示に間髪入れずに従うサーラ。
サーラの迷いのない動き出しに感心するカイ。
実際、今回の旅で彼女はこの思い切りの良さで、何度もギリギリの死線をくぐり抜けている。
(直感も鋭いし、その直感に迷いなく従える感性も良い。それに飲み込みも早い。さすがアダムスさんのお嬢さんだ。)
襲撃を受けている状況でそんなことを考えるカイ。
しかし目は油断なくハルピュリアの姿を追っている。
宙を舞うハルピュリアは20羽以上。
完全に囲まれてしまっている。
幸いなことにハルピュリアは魔法を苦手とするため、遠距離攻撃の手段を持たない。
魔法はパラメーターの知力や精神力、記憶力等がその威力や精度を左右する。
ハルピュリアは種族的に知力と記憶力が低いため魔法を苦手としていた。
空を飛ぶという圧倒的なアドバンテージを持つハルピュリアが、ゴブリンと同じく下位の魔族に位置しているのはそういう理由があった。
「僕が何とか動きを止めてみる。君には止めを任せて良いかな?」
「ええ、お願い!」
剣を抜いて構えるサーラ。
カイが何をするつもりなのかは分からないが、彼がやると言うのならきっとやるに違いない。
この旅でサーラはカイの実力を高く評価していた。
空中からひらりと舞い降りるハルピュリア。
「逆からも来るわ!」
両サイドからの時間差攻撃だ。これをまともに相手をするのは難しい。
「渦!」
カイはさっきの村で杖を応急修理していた。
と言っても村で見つけた手ごろな棒に、杖の先を入念に縛り付けただけだが。
当然、武器としては使い物にならない。
しかし魔法を使う際の補助具としてなら十分に機能する。
パン!
空気が弾ける音がして、ハルピュリアの前に小さな竜巻が発生する。
射程は短いし速度は遅いしと、カイの使う魔法の中では比較的使いどころの無い魔法だ。
だが、なまじ素早い相手には、こういった遅く範囲の広い攻撃が有効だ。
そして、空を飛ぶ相手にはこの魔法がピンポイントで刺さる。
「ギャア?!」
自分を掠めた竜巻の影響で挙動が乱れるハルピュリア。
空中でたたらを踏んだハルピュリアに対して、サーラの魔法が襲い掛かる。
「我が願いを聞き届け汝の威光を示せ! ライトニングストライク!」
「ギャアアアアッ!!」
羽を燃え上がらせ、断末魔の悲鳴を上げるハルピュリア。
同胞の姿に臆したのか、逃げ腰になるもう一羽のハルピュリア。
「礫!」
しかし、すかさずカイが放った土の弾丸に羽根を折られて地上に墜落する。
落下の衝撃で動けないハルピュリアに、カイは腰に差した剣を抜いて止めを刺す。
”ひび割れ”の持っていた名刀である。
カイのパラメーターの筋力は最低ランクのFだ。これでは剣を振っても剣に振り回される。だからカイは日頃は剣を使わない。
だが今のように止めを刺すのに使うだけなら何の問題も無い。
仲間があっさりとやられたことで、空中のハルピュリアの群れが警戒する。
その気配を敏感に察したカイが走り出す。
集団の中から、本能的に眼下の獲物の動きに反応して襲い掛かる者が出る。
その数三羽。
「渦!」
カイは絶妙なタイミングで竜巻を起こす。
先頭を飛ぶ一羽が気流に巻かれて体勢を崩す。
そのハルピュリアが進路の邪魔をして、残り二羽の飛行姿勢が乱れる。
「ーー威光を示せ! ライトニングストライク!」
カイの攻撃を先読みして、事前に詠唱を済ませていたサーラの攻撃がその二羽に同時にヒットする。
サーラの飲み込みの速さにカイは内心で舌を巻く。
「カイ!」「礫!」
サーラの声に重なるようにカイの攻撃が飛び、一羽だけ残ったハルピュリアの体に当たる。
墜落するハルピュリア。
すかさずサーラが駆け寄ると、手にした剣で頭を切り飛ばす。
立て続けに仲間が殺されたことに激昂したハルピュリア達が、次々とカイ達に襲い掛かってくる。
「数が多すぎる! あの建物の中でやり過ごそう!」「分かった!」
見事なコンビネーションを見せるカイとサーラの前には、知能の低いハルピュリアは敵では無かった。
カイ達に削り取られるように空中のハルピュリアは次第に数を減らしていった。
ハルピュリアの最後の数羽が森の空へと消えて行く。
廃墟の町は、血の匂いと羽根の焼けるイヤな匂いで呼吸も困難なほどだ。
カイとサーラは、そんな町の一角で人心地つくと額の汗を拭った。
「何とか撃退できたわね。」
「そうだね。」
サーラが呼吸を整えながらカイの方へと振り返る。
だがカイは心ここにあらずといった様子で、辺り一面に転がるハルピュリアの死体をぼんやりと見つめていた。
「何か気になることでもあるの?」
「あ、うん。この攻撃って変だと思わない?」
「?」
カイが言うには魔族は種族間の仲が非常に悪いのだそうだ。
だから異なる種族が連携をして襲ってくることは基本的には無いらしい。
「ほら、僕達以前別の町でゴブリンと戦ったでしょ? 今回、ハルピュリアとゴブリンが同時に襲い掛かって来なかったのはどうしてかなって?」
「? 仲が悪いからなんじゃないの?」
種族間の仲が悪い、それは常識だ。だがその常識を覆す存在がいる。より上位の魔人だ。
「魔族は力関係が絶対だから。上位の魔人は複数の下位の魔族を従えるんだよ。実際魔王なんてあらゆる種族の魔人を支配して駒のように扱っていたからね。」
もし今回、ゴブリンとハルピュリアが同時に襲い掛かって来ていたら危なかった、とカイは言う。
「そう? 私とあなたがいれば何とかなったんじゃないの?」
「自信を持つのは悪い事じゃないけど、敵の力を過小評価するのは良くないよ。」
意外と自信家なのだろうか。そう言われてもサーラは納得できないようだ。
カイは将来有望な騎士の卵を教え諭すことにする。
「君はゴブリンと戦ったけど、一対一なら勝てるよね?」
「そうね。」
当然、とばかりにフンと鼻息を鳴らすサーラ。
「だったら二対一なら? 同時に掛かってくるんだよ?」
少し考えるサーラ。
「大丈夫だわ。あの日実際にそういう状況もあったし。」
カイは最後の質問をする。
「ならもしその二体がゴブリンとハルピュリアだったとしたら?」
「それは・・・ああ、分かったわ。そういうことね。」
納得したのかサーラの表情が晴れる。
満足そうに頷くカイ。
仮にゴブリン二体が相手でも、立ち回り次第では、その二体を同時に視界に収めながら戦うことは可能だ。
しかし、空の上のハルピュリアと地上のゴブリンを、同時に視界に入れて戦うことは難しい。
そして、どちらかに対応すれば別の相手に死角から攻撃を受ける。
サーラもそのことが理解できたのだ。
「実際空からの攻撃なんて反則だよね。」
「あなたがそれを言う?!」
前々から思っていたことだが、カイの複数の魔法を使う能力は反則だ。
対応力が違い過ぎる。
今回だって、カイの竜巻の魔法がなければやられていたかもしれない。
「それよりも僕が言いたいのは、どうして敵がそれをやらなかったのかってこと。」
確かに。カイに言われて分かったが、もし今回ハルピュリアとゴブリンが同時に襲ってきていればかなり危なかっただろう。
だが敵はそれをやらなかった。その理由とは。
「やらなかったというより、やれないのかもね。」
「どういうこと?」
考えられる原因の一つは、相手にそれだけの知恵が無かったのかもしれない。
だがそれは考え辛い。
下位魔族を支配するのは彼らより上位の魔族だ。
魔族のヒエラルキーは上になるほど魔力が高い。つまり知力や魔力が高い。
知力の高い魔人がこの程度のことを考え付かなかったとは思えない。
「もう一つは敵の魔力があまり高くない。多分今回はこっちだと思う。」
「どういうこと?」
魔力の高い魔王は、およそあらゆる魔族をその支配下に置いて駒のように扱っていた。
だがそれは特別な例外だ。
魔王と他の魔族との間には、天と地ほどの魔力の開きがあるからだ。
他の魔族の間にはこれほどの魔力差はない。
「つまり魔族は、魔力差があればあるほど相手を隷属させられる、ということ?」
「まあそうだね。今回の相手は下位の魔族を複数従えているけど、仲の悪い相手を同時に作戦に使えるほどの魔力差では無かった。といったところじゃないかな。」
もちろん、ただの想像に過ぎない。だが、いい線をついているのではないか、とカイは考えていた。
現在、敵魔族の情報は無いも同然だ。
敵の懐に飛び込む前に、こうして少しでも相手のことを探る必要がある。
次回「霧の森」