その15 カイの師匠
カイと教団殺戮部隊のリーダー”ひび割れ”の戦いは最終局面を迎えていた。
カイの足には鉄の針が貫通している。
今も激しい痛みと出血がカイを悩ませていた。
(このままこの少年がどこまで粘れるか見てみたくはあるが、これほどの逸材相手に時間切れで勝ちを狙うようなまねをするのも無粋。)
”ひび割れ”はカイの力が残っているうちに止めをさすことに決める。
もちろん全く油断はしていない。
全力を尽くしてカイの息の根を止めるつもりである。
だがそういう考えが浮かぶ事自体が圧倒的に有利な立場からくる心の隙、油断だったのだ。
地面を蹴って”ひび割れ”がカイに襲い掛かる。
激しい攻撃にカイは防戦一方となる。
しかしカイはこんな苦しい状況にあっても決して崩れない。
今もいつか来るかもしれない僅かなチャンスを虎視眈々と狙っている。
(素晴らしい! 本当に素晴らしいぞ、少年!)
”ひび割れ”は自分の口元に笑みが浮かぶのを抑えきれない。
もっとも彼の醜く引きつった顔ではそれは”笑み”というより”歪み”にしか見えないが。
激しくカイを攻め立てながらも彼は心の片隅で、そういえばこの少年の名前を聞いていなかった、とぼんやりと考えていた。
カイのことを覚えていたい。そんな欲求が浮かんだのだ。
その雑念が僅かな隙を生んだのだろうか。
カイがそこに強引に割り込んだ。
「礫ーー」「そこだ!」
カッ!
”ひび割れ”の剣戟がカイの杖、その先端の金属の輪を根本から切り飛ばす。
カイの手元に残ったのは1mほどの木の棒。
(勝った。)
”ひび割れ”はカイの持つ杖がマジックアイテムであると確信していた。
カイはいくつかの魔法を使い分けるようだが、それは杖の先端の輪にかかっている6つの小さな輪に秘密があると見ていた。
おそらくあの輪一つ一つが属性の違う魔法を使うための仕組みなのではないだろうか。
そんなマジックアイテムは聞いた事もないが、それを言うなら自分達の使っているマジックアイテムを体に埋め込む技術だって、誰も知らなかったものだ。
カイは自分の知らないマジックアイテムを手にしていた。要はただそれだけのことに過ぎない。
杖の先端が地面に落ちる。”ひび割れ”は剣を振ると杖の先端を遠くへ弾き飛ばす。
これでカイは魔法を使えない。
剣での打ち合いに明確な優劣が存在する以上、これでカイの敗北は決定した。
(そうだ、最後に少年の名前を聞いておかねば。)
顔を上げた”ひび割れ”の目に入ったのは、自分に向けられたカイの杖の先端だった。
「礫!」
パン!
胸に血の花を咲かせ、”ひび割れ”は仰向けに大地に倒れた。
荒い息をつくカイ。しかし彼は残心を解かない。
目の前の敵は瀕死ではあるがまだ死んではいないのだ。
カイの手にはさっきの半分ほどの長さになった杖、いや、もはや杖の残骸か?
消えた前半分はさっきの魔法発動の衝撃ではじけ飛んでしまっている。
「ゴボッ・・・杖が、マジックアイテムでは無かったのか・・・」
”ひび割れ”が苦しい息の下カイに話しかける。
カイは己の胸、心臓の位置をゆびさす。
「杖は補助具かな? 僕が師匠に埋め込まれたマジックアイテムはここにあるから。」
カイの言葉に驚愕に目を見開く”ひび割れ”。
当然だ。マジックアイテムを体に埋め込むことで人工的な魔法発動器官とする技術は魔族にしか存在しないのだ。
「僕の師匠がね、そういう技術の専門家だったんだよ。」
カイの説明は信じられないものだった。
カイの心臓のそばに埋め込まれたマジックアイテムは、魔法発動器官を疑似的に模した物だと言う。
それが本当ならば教団員に使われた技術を超越した技術であることは明らかだ。
教団員は埋め込まれたマジックアイテムを無詠唱で発動していただけだが、カイは疑似魔法発動器官によって本当に魔法を使っていたということになるのだ。
しかしそれならば、彼が複数の魔法を使ったことの説明にもなる。
例えば魔族は、使える魔法に得手不得手はあっても、この魔法しか使えない、という者はいない。
「まだ実験的な技術なんで魔法発動の際、どうしても反動が起こっちゃうんだけど・・・」
それを抑えるのが杖の先端についている輪だと言う。
「それより問題なのは魔法のコストに生命力を使うことなんだよね。」
「・・・?」
カイは苦り切った表情をしている。
ステータス画面で確認出来るパラメーターは12種類あるが生命力というパラメーターは存在しない。
”ひび割れ”はカイが言い間違えたのではないかと疑う。
「生命力は要は寿命だね。大体魔法一発で一年分くらいかな。」
驚きのあまり咳き込む”ひび割れ”。
カイはこの戦いだけでも10発以上魔法を放っているのだ。
彼の驚きも当然といえよう。
「人間なんかみんな死んでしまえ、が師匠の口癖だったからね。案外技術的には解決してるのに意地悪でそのままにしたのかもしれない。」
「クハハ・・・ゴホッ! なんて・・・ぶっ飛んでいるんだ・・・お前の師匠は。ククク・・・俺と・・・話が合いそうだ・・・会えなくて残念だよ。」
教団員は魔王を崇め、その復活を望んでいる。
案外本当に話が合うかもしれない。
カイは心の中で呟いた。
「・・・儀式は・・・明日の夜行われる・・・王女を助けたくば急ぐことだ・・・」
予想より事態が切迫していることを聞かされて驚くカイ。
いや、ニセ情報の可能性もある。
それに”ひび割れ”が嘘の情報を信じ込んでいるだけという可能性もある。
だが最悪を想定して動くべきだ。
カイは一旦”ひび割れ”の情報を信じることにする。
ひょっとしてこの男の最後の言葉を信じたかったのかもしれない。
「・・・最後に・・・お前の名前を教えて・・・くれ。」
「・・・カイ。イソラ村のカイ。」
”ひび割れ”の目はもう見えないようだ。焦点を結ばない目がカイの姿を捜す。
「イソラ村のカイ。俺は昔・・・その名前をどこかで・・・聞いた気がする。どこか昔・・・もし昔俺が出会ったの・・・が・・・魔王様ではなく・・・お前だったら・・・きっと俺の・・・じん・・・せ・・・い・・・」
”ひび割れ”の声は次第に小さくなっていき、やがて途絶えた。
カイは”ひび割れ”の剣を手に取ると”ひび割れ”の首を切り落とす。
死んだふりに騙されて殺された仲間もいる。
カイが戦場で失敗から学んだ教訓である。
「ひょっとしたらあの日戦場で僕とも会っていたのかもしれないよ。」
あの日、カイは勇者としてあの戦場に立っていた。
若き日の”ひび割れ”はそんなカイを見たかもしれない。
だが彼は弱い勇者ではなく力強い魔王に魅入られてしまったのだ。
ただそれだけのことなのかもしれない。
その想像はカイの胸を苦い思いで満たすのだった。
「カイ! 大丈夫?!」
少女の声にカイは暗い考えから現実に引き戻される。
「こっちは問題無いよ。サーラの方こそよく無事だったね。」
「問題無いって、足に針が刺さっているじゃない!」
少女は赤い髪のスレンダーな美少女、サーラだ。
彼女はカイの足に刺さった針を見て顔色を変える。
「そうだね。治療を手伝ってくれる?」
「・・・わ、分かったわ。」
一瞬ためらったサーラだがそれどころでは無いと思い直したのだろう。大きく頷く。
だが明らかに顔色が悪い。
(まさか戦場で怪我人の治療をした経験が無いのかな?)
まさかも何も王都の学生であるサーラが戦場に立ったことなどあるはずもない。
さっきまで”ひび割れ”と戦場の話をしていたせいか、カイの感覚が若干昔に引っ張られているようだ。
「足を縛るロープか何かを見つけてくれないか?」
「そうね、分かった!」
走り去るサーラの背中を見ながらカイは今後の行動の見直しをする。
カイは最初、全てを自分一人で行うつもりだった。
だがサーラ達はこの戦いで自分達が戦えることを証明した。
作戦の成功率を上げるためには彼女達も戦力として考えるべきだ。
”ひび割れ”の言葉を信じるなら王女救出にはあと1日しか残されていないのだから。
次回「廃墟の町エルッコラ」