その14 ”ひび割れ”
カイは杖を大地につくと荒い息を整える。
彼の足元に倒れているのはローブの男。
”鷹の目”である。
すぐ近くには”鷹の爪”の姿も見える。
どちらもカイの攻撃で事切れている。
「まさかこの二人が敗れるとはな。」
壮年の男の声だ。
カイは声の方に杖を向ける。
「礫!」
パン! と空気の弾ける音と共に土の弾丸が宙を飛ぶ。
ローブの男は半身になって危なげなく弾丸を躱すと再びカイへと向き直る。
どうやらいきなり襲ってくる気は無いようだ。
カイは手にした杖を下ろす。
「”ヤモリ”はどうなった?」
「そっちの大きな木の下で倒れているよ。」
ローブの男はカイの足元の”鷹の目”に目をやる。
「そこの二人はどうやって倒した?」
「どうって、近付いて。あまり直接戦ったことが無かったんじゃない?」
カイは村の中を”鷹の爪”の槍を躱しながら走り回った。
そうして攻撃のタイムラグから二人の隠れている場所を絞り込んだのだ。
「距離があるうちは慎重に狙って攻撃してたみたいだけど、僕が近付いたら焦って雑な攻撃になったからすぐ分かったよ。」
事もなげに言うカイに、ローブの男は驚きを禁じ得なかった。
”鷹の目”と”鷹の爪”のコンビ攻撃は多くのターゲットを葬った必中の攻撃である。
その攻撃を何度となく躱した上で、冷静に居場所を探ることの出来るカイが規格外なのである。
物陰に隠れた圧倒的に優位なスナイパーも、銃弾を躱しながら徐々に近付いてくる化け物相手には平常心を保つことは不可能だったのだ。
「あなたは話が通じそうだけど、どうかな。大人しく王女を返してくれたら僕は見逃してもいいけど?」
おそらく多くの人間を殺してきたローブの男だが、カイの旅の目的は彼を葬ることではない。
教団との戦いは本来騎士団の仕事だ。
もし、カイが自分の力を無償で人々のために役立てる気があるなら21年間も世捨て人のような生活を送ってはいないだろう。
人々は勇者や魔王に頼らずに自助努力をすべきだ。
カイは長い長い年月の間にそう考えるようになっていた。
「俺の名は”ひび割れ”。かつて俺は王国の貴族だった。」
ローブの男は語り出す。
21年前、魔王軍と王国軍との間に大きな戦闘があった。
後に”白骨荒野の戦い”と呼ばれることになるその戦いは、双方に大きな被害を出した。
いまでも戦場跡地では数多の亡骸が手も付けられないまま放置されている。
奇しくも勇者カイが公式には死んだとされる戦いである。
白骨荒野はかつては別の名前で呼ばれていた。
だが今では誰もその名前で呼ぶ者はいない。
戦士達の亡骸が弔われたその時、初めてその名前は返ってくるだろう。
ローブの男、”ひび割れ”はその時貴族軍の一角としてこの戦いに参戦した。
当時まだ少年と言って良い年齢だった彼は、領民と祖国を守るという使命感に燃えていた。
だが戦場は地獄だった。
雲霞のごとく押し寄せる下位魔人。時に上位魔人の姿もあった。
戦いは昼も夜も無く、いつ果てる事もなく続いた。
戦場は次第に彼の精神を擦りつぶしていった。
「そんな中俺は見た。魔王様の姿を。」
「・・・。」
それは正に恐怖と絶望だった。
彼は人間のちっぽけさを思い知らされた。
そしてその圧倒的な力に魅せられてしまったのだ。
「それから俺は自分の体を傷つけるようになった。」
男がフードをめくる。
醜く焼け爛れ引きつった顔に無数に走る傷跡。
「他人の体も傷つけた。その恐怖と絶望の先にある何かを求めて。だがそれは、水面に映った月のように届きそうで届かないものだった。」
男が剣を抜く。この距離でも名刀であることが分かる。
家紋は削り取られている。
かつて彼が”ひび割れ”となる前、希望に燃える若い貴族だったころに手にした剣なのかもしれない。
「俺にお前の恐怖を見せてみろ。」
カイは無言で杖を構える。
かつて”ひび割れ”は魔王の力に絶望を見せられた。
魔王と対になる存在である勇者は、彼に一体何を見せることが出来るのか?
(これは・・・マズイな。)
何合か打ち合ううちに、カイは相手の剣技が相当のレベルに達していることに気が付いた。
もちろん技量ではカイも負けてはいない。しかし・・・
「その剣技、王国式だな? 中々の腕前だ。しかし本人のレベルが低すぎる。」
そう、技量が同じなら剣を振るう者の身体能力。パラメーターが戦いの優劣を決める。
”ひび割れ”はカイのステータスの低さをカイのレベルが低いためだと思ったようだ。
実際にカイのパラメーターは全て最低ランクのFだ。彼がそう思うのも無理はない。
だが実はカイのレベルは上限に達している。
これ以上の伸びしろは無い。
「礫!」
「甘い!」
剣技で敵わなければそれ以外の手で補う。
しかしカイの魔法は躱されてしまった。
魔法発動にはわずかだがラグがある。
”ひび割れ”ほどの達人にとってそれは、「今から攻撃しますよ」と宣言してから攻撃するようなものなのだ。
もちろんカイにだってそのことは分かっている。
しかし剣での戦いは相手に分がある以上、無理をしてでも違う手で攻める他無いのだ。
「!」
魔法発動の一瞬の隙をついて”ひび割れ”の鉄のストローがカイの足を刺す。
今まで王国式剣技で戦ってきた相手の、思わぬダーティーな攻撃にカイは意表を突かれた。
ストローの先からカイの血が迸る。
カイは状況を理解すると、迷う事なく足に刺さったストローを掴んで己の足に深く押し込む。
鉄のストローはカイの足を貫通した。
「なんと!」
「閃光!」
すかさず放ったスタングレネードの魔法を喰らってふらつく”ひび割れ”。
だがカイも追撃に行けない。
フラフラとお互いに距離を取る。
足の激痛に脂汗を浮かべて耐えるカイ。
頭を振って目と耳の痛みを振り払う”ひび割れ”。
彼は内心カイの勇気に感嘆していた。
(足に刺さった針の穴から血が噴き出すのなら貫通させてしまえばいい。理屈は簡単だ。だが迷いなく行動に移せる人間がどれほどいることか! そして明らかに不利な状況にあって決して崩れない。やけも起さず絶望もせず、じっと堪えて反撃のチャンスを伺うその姿勢も素晴らしい! この若さでいかにしてこれほどの胆力を養ったのか!)
”ひび割れ”は敵であるカイに眩しさを感じた。
圧倒的な暴力である魔王の力。カイにその力は無い。むしろ非力とさえ言える。
だがカイの諦めない懸命さ、立ち向かう勇気はこれもやはり力だ。
カイは油断なく杖を構える。
そんなカイの姿につい”ひび割れ”は正々堂々と戦いたくなった。
それは彼の中に残った最後の騎士道だった。
「心配はいらん。俺にこの距離から攻撃する手段は無い。俺は仲間のようにマジックアイテムを持たんからな。」
「・・・それを信じろと?」
あくまで慎重なカイに、つい感心してしまう”ひび割れ”
「もっともだ。」
次回「カイの師匠」




