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5億7600万年の寿命で魔王を倒す  作者: 元二
勇者カイ ~21年後~
14/28

その13 サーラの死闘

 ”鷹の目”と”鷹の爪”のコンビプレイ。そしてそれをサポートする”ヤモリ”によってカイは追い詰められつつあった。

 しかし”ヤモリ”はカイの粘りに内心舌を巻いていた。

 まさかこの必殺の布陣でここまで手こずるとは思ってもいなかったのだ。


「礫!」

「おっと。」


 しかもカイは時折隙を突いては攻撃を飛ばしてくる。

 幸い攻撃のスピードはさほどではないため、彼の素早さをもってすれば見てから躱しても十分に間に合う。

 しかし、諦めることなく繰り返される攻撃に”ヤモリ”は不気味なものを感じていた。


(いや、まさかな。この距離を保っている限り攻撃をもらうことは絶対に無い。)


 警戒するとすれば先ほど”カマキリ”に見せた光の魔法だが、カイはあれ以来一度も放っていない。

 どうやら一度きりの切り札か、あるいは近い距離の相手にしか効果の無い魔法なのかもしれない。


「礫!」

「おっと。」


 どうやら考え事をし過ぎたようだ。危うくカイの魔法をくらうところだった。


 集中しなければ。


 ーーそれが”ヤモリ”の最後の思考だった。



 頭にカイの攻撃を喰らって木の上から落下する”ヤモリ”。

 地面に叩きつけられた”ヤモリ”の首はあらぬ方向へと曲がる。

 即死であることは間違いない。


「ふう。上手くいって良かった。」


 カイは何もやみくもに攻撃を続けていた訳では無い。

 攻撃を続けながら”ヤモリ”の回避の癖を見極めていたのだ。

 そして今、満を持して放った土の弾丸こそ彼の切り札だった。

 歪な形に成形された弾丸は強力な横回転を受け、野球でいうカーブのような軌道を描き、躱したはずの”ヤモリ”へと突き刺さったのだ。

 今が夜だったこともカイに味方したのかもしれない。

 昼間だったら弾丸の軌道の変化を見切られていた可能性もある。


「残るは監視者と土の槍だな。」


 カイは息を整えると村の中へと走り出した。




「へ・・・ヘンリッキ!」


 サーラの背後にはうつ伏せに倒れたヘンリッキの姿があった。

 ヘンリッキの口からダラリと水が流れる。


 ヘンリッキの背後に立つのはローブを着た地味な女。

 ”夢魔”である。


「どうやってヘンリッキを!」


 頼りない男だが、ヘンリッキとて王都騎士団団長を親に持っているのだ。

 当然幼いころから厳しい訓練を受けている。

 その彼がなすすべもなくやられたという事がサーラには信じられなかった。


「はっ!」


 女の目に攻撃の意思を感じてサーラは咄嗟にバックステップをして距離を取る。

 そしてこの行動が彼女の生死を分けた。


 バシャン!


 サーラの目の前にコップ一杯分ほどの水の塊が生成され、大地に落下する。

 ちっ! 女は舌打ちをするとサーラから離れようとする。

 サーラは慌てて追撃の魔法を放つ。


「我が願いを聞き届け汝の威光を示せ! ライトニングストライク!」


 バリバリッ!


「ギャアアア!!」


 稲妻を受け、女が倒れる。焦げ臭い匂いと髪の毛の焼ける嫌な臭いが辺りに立ち込める。


(今のは何だったの? 攻撃? それとも私が躱したことで不発に終わった?)


 また一人教団員を倒すことに成功したサーラだが、その喜びより女の行動に未だに戸惑っていた。


 サーラの考えた通り、先ほど水は”夢魔”による攻撃だった。

 彼女の持つマジックアイテムはコップ一杯分の水を好きな場所に生み出す能力。

 その説明だけだと使えない能力のようだが、”夢魔”が使うことで悪辣な暗殺用のマジックアイテムと化す。

 彼女の繰り出す攻撃はゲームで言うところのいわゆる「分からん殺し」。原理も攻撃手段も不明のまま倒せたことはサーラにとって非常に幸運だった。


 近年でも水道管工事等で作業員が酸欠で倒れる事故が起こっている。

 彼らは直接毒ガスで倒れた訳では無い。作業現場に酸素より重い硫化水素ガスが溜まったことによる酸欠で倒れたのだ。


 通常大気中の酸素濃度は21%である。

 これが16%を切ると、頭痛、めまい、吐き気を覚える。

 そして6%を切ると瞬時に昏倒し、じきに死亡すると言われている


 人間はいきなり息が詰まると昏倒するのである。


 さらに「乾性溺水」といって、水を吸い込んだ刺激で気道がけいれんを起こし、窒息してしまうこともある。


 ”夢魔”はターゲットを陸上で溺れさせる能力の使い手だったのだ。



 混乱するサーラの耳に何処からともなくパチパチという拍手の音が聞こえてくる。


「いや、凄いね君。この二人は何人も殺している一流の殺し屋なんだよ。あ、僕の名は”細氷”ね、よろしく。」


 飄々とした軽い男だ。良いところの坊ちゃんといった感じだ。

 それもそのはず”細氷”は教団の教祖である大魔導士ヴォルティネリの孫なのだ。


「お前も教団の人間か?」

「あれ? 今更それ聞いちゃう? もちろんそうに決まっているでしょ。」


 男の軽い態度にひょっとして別件か? と疑ったサーラだが、その言葉に剣を構え直す。


「君のマジックアイテム、気に入っちゃったよ。どうだい、僕にそれをくれたら君だけは見逃してあげてもいいけど?」

「お断りだわ!」


 叫ぶと同時に”細氷”へと切りかかるサーラ。

 彼女の攻撃を手にした剣で受ける”細氷”。


「我が願いを聞き届け汝の威光を示せ! フリージングストライク!」

「我が願いを聞き届け汝の威光を・・・何ですって!」


 ”細氷”の詠唱を聞き、詠唱を中断して咄嗟に地面に身を投げ出すサーラ。

 ”細氷”の左手から放たれた冷気は彼の前方を真っ白に染めた。


「勘が良いね。今のは決まったと思ったけど。」


 急激に下がった気温に”細氷”が白い息を吐く。

 サーラは傷む足に眉間に皺を寄せる。

 完全に躱しきることは出来なかったのだ。


「やっぱりマジックアイテムは詠唱の時間がネックだよね。でもみんなみたいに体にマジックアイテムを埋め込むのはぞっとしないしなぁ。」


 ブツブツと文句を言う”細氷”。

 そういえば教団の人間は”細氷”以外は詠唱をせずに魔法を使っていた。

 どうやら彼らはマジックアイテムを体に埋め込むことで、疑似的に魔法発動器官を再現しているようだ。

 もちろんただ埋め込めば良いというわけでは無い。

 彼らはいわば魔法的サイボーグなのである。

 この技術は教団に協力する魔族によってもたらされていた。

 神の側の陣営、つまり人間側には無い、魔神側の陣営独自の技術である。


 サーラは自分の足のケガを相手に悟らせないように慎重に立ち上がる。


「僕ね。前からどうせ使うなら雷のマジックアイテムが良いと思っていたんだよね。だってほらそっちの方がカッコイイでしょ。それに氷の魔術は使うたびに寒くて風邪をひきそうだし。」


 あ、夏場は有難いけどね。などと軽口を叩く”細氷”。

 サーラは足の痛みを確かめながら、男を中心に円を描くようにゆっくりと歩く。


「何、グルグル回って僕の目を回そうって作戦? ウケルー。」


 サーラは最初の位置から180度ほど歩いたところで立ち止まる。

 足の感覚は戻ってきていた。行けそうだ。

 サーラの行動の意図が分からず頭をひねる”細氷”。


 ダッ!


 地面を蹴り、再び”細氷”に襲い掛かるサーラ。


「我が願いを聞き届け汝の威光を示せーー」


 今度は剣で切りかかるのではなく、最初から呪文を詠唱している。

 奇しくもサーラの呪文と”細氷”の呪文は同文同語。

 先に唱え始めた方が相手より先に呪文を発動出来るのが道理だ。


 だがニヤリと笑う”細氷”。


「そうくると思った。」


 開いた彼の左手の中央には冷気迸る青い宝石。


 先ほどの詠唱はブラフだったのだ。


 彼は他の団員同様最初からマジックアイテムを体に埋め込んでいた。

 サーラの能力を高く評価した”細氷”は、この絶対のチャンスを作り出すために先ほどの攻撃を外して見せたのだ。


 サーラの足は止まらない。


 勝利を確信する”細氷”。

 だがその体は激痛に硬直する。


「ーー威光を示せ! ライトニングストライク!」

「ぐあああああっ!」


 バリバリと放電の音を立て”細氷”の体が火に包まれる。

 焦げ臭い匂いと肉の焼ける匂い。

 崩れるように倒れる”細氷”。もちろん即死である。


 ”細氷”の背中には槍が突き立っていた。


「危なく僕まで感電するところだったよ。」


 ほっと胸をなでおろすヘンリッキ。

 そう、ヘンリッキはさっきの”細氷”の攻撃の衝撃で意識が戻っていたのだ。


 サーラはそれに気が付いた。

 そのため”細氷”の目をヘンリッキから逸らすため、そしてヘンリッキの意識がちゃんと戻る時間を稼ぐために、”細氷”がヘンリッキに背を向ける角度になるようにわざとゆっくりと歩いたのだ。

 もちろん自分の足のダメージを回復させるための時間を稼ぐ目的もあった。


「残りの敵は?」


 ヘンリッキは”細氷”の死体から槍を引き抜きながらサーラに尋ねる。


「カイの方に向かったみたいね。急いで加勢しましょう。」


 そう言うや否や走り出すサーラ。


「ちょっと! 待ってよサーラ!」


 慌てて後を追おうとするヘンリッキ。

 だが、サーラは気が付いていなかった。

 さっきまで倒れていた女の死体が無いことに。

 もちろん最初からそんな女の存在を知らないヘンリッキはそのことを不審に思うことは無かった。

 だから口元が水に覆われて意識が無くなるその瞬間まで何の危機感も抱かなかった。


 倒れるヘンリッキ、走り去るサーラ。

 やがて物陰から焼け焦げたローブをはおった女、”夢魔”が姿を現す。


 水を操る彼女は副作用として、体の表面が常に薄く水で纏われている。

 その水がサーラの雷の魔法に対してアースの役割を果たしたのだ。

 それでも流石に無傷とはいかなかったようだ。

 その長い髪はちりじりに焼け焦げ、皮膚は火傷でボロボロになっている。


 ”夢魔”はゆっくりと倒れたヘンリッキへと近付いて行った。 

次回「”ひび割れ”」

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