その12 死に絶えた村での戦い
そろそろ日付も変わろうという深夜。
カイ達は密偵ヤモリの案内で霧の森にほど近い村へと立ち寄っていた。
「この村の住人はどうした? まさか殺したのか?」
「カイ、どういうこと?」
物騒な言葉にサーラがカイに説明を求める。
「いくら深夜とはいえここまで無音ということはあり得ない。それに家畜の姿が無い。この規模の村なら農耕用の家畜や狩猟用の犬を飼っているはずだ。」
そう言われて慌てて辺りを見渡すサーラとヘンリッキ。
だが生粋の王都育ちの彼女達にはカイの言う通りかどうかは分からなかった。
「君はこの村のことを知っていて僕達をここに案内した。それともこの村が無人と知っていてあえて僕達をここへ連れてきたのかい?」
カイの言葉にハッと振り返るサーラとヘンリッキ。
彼女達の視線の先の密偵ヤモリは黙ったまま立っている。
カイは馬から降りると・・・
バッ!
その時大きな影が宙を舞う。
密偵ヤモリがほぼ前動作無しで飛びあがったのだ。
その高さ優に10m。
驚くべき跳躍力に驚きで声も出ないサーラとヘンリッキ。
密偵ヤモリは村の大きな木にペタリと張り付く。
「君は教団の人間だね。」
「ご明察。でも気が付くのが少し遅かったですね。」
建物の影からローブ姿の者達が姿を現す。
その数七人。
村に先回りしていた教団の追手である。
「カ・・・カイ! 囲まれているよ!」
「ヘンリッキ! 情けない声を出さない!」
サーラは馬から飛び降りると腰の剣を抜く。
ヘンリッキも慌ててサーラに倣う。
「それで村の人達はどうしたのかな?」
「この期に及んでまだそんな些事を気にしますか。まあいいでしょう。殺しましたよ。これで満足ですか?」
彼らは魔王を崇拝する者達。人間の命には価値を見出さない。
もちろんそれは自分達の命も例外ではない。
そんな人間が「殺した」と言うのだ。
どんな非道が行われたのかは想像することすら出来ない。
「分かった、もういい。礫!」
パン!
カイの構えた杖の先端から土で出来た弾丸が発射される。
木に張り付いたまま器用に避ける密偵ヤモリ、いや教団員の”ヤモリ”。
逆さになったことで彼の側頭部に歪な形の板が埋め込まれているのが見えた。
今まで長い髪に隠されていたようだ。
「うげっ。」
頭に埋め込む痛みを想像したのかヘンリッキがイヤな顔をする。
「あのマジックアイテムで木にへばりついているようだね。」
”ヤモリ”の頭の板は極めて粘性の高い水を生み出すマジックアイテムだ。
彼は手足にその液体を纏わせることによって壁や木に張り付くことが出来る。
応用として先ほどのように長く伸ばした液体の先を木に張り付け、引っ張ることで宙を飛んで移動することも可能だ。
「よそ見をしてると頭が胴体と泣き別れー!」
変な節をつけた言葉を叫びながら飛び込んで来たのは”カマキリ”だ。
カイは杖で彼の剣を受ける。
「義手?!」
”カマキリ”の手はまがい物、義手だった。
バリッ! 音を立てて腕が割ける。複雑に折りたたまれた刃が展開してカイに襲い掛かる。
「閃光!」
「何?!」
パン!
音を立てて目の前で光が炸裂する。
光と共に圧縮された空気を爆発させる至近距離専用の魔法だ。
小さなスタングレネードと言って良いだろう。
”カマキリ”は光と音を至近距離でまともにくらったことで平衡感覚を失う。
叫びながら倒れこむ”カマキリ”。
飛び出した刃が彼の体を傷つける。
「礫!」
突然の音と光にやられたのは”カマキリ”だけでは無かった。
目を閉じることで閃光のダメージは受けなかったカイだが、咄嗟に耳を塞ぐことは出来なかった。
しかし即座に意識を取り戻すと”カマキリ”に止めを刺す。
頭に土の弾丸を打ち込まれた”カマキリ”はビクンと大きく跳ねると動かなくなった。
「サーラ! ヘンリッキ!」
カイの近くにいたサーラ達も光と音のダメージを受けていたが、すでに持ち直している。
「あんたいくつ魔法が使えるのよ?!」
「サーラ、そんなこと言ってる場合じゃないよ!」
ヘンリッキの声に前に向き直ったサーラの視界に一瞬何かが横切る。
「痛ッツ!」
咄嗟に体を反らして躱したサーラだが躱しきれなかったようだ。剣を持つ腕に痛みが走る。
「このっ!」
サーラの当てずっぽうの反撃は何も無い空間を薙ぐ。
投げナイフ? サーラは咄嗟に痛む腕を見るが腕には何も刺さっていない。
離れた場所に立つローブの男の一人がニヤリと笑う。
「そうじゃない! サーラ、あの男に雷!」
「我が願いを聞き届け汝の威光を示せ! ライトニングストライク!」
ヘンリッキの声にサーラはすかさず反応。
左手に握られたペーパーナイフーーマジックアイテムから雷が迸る。
「何?! ギャアアア!」
ライトニングストライクの威力は一瞬でゴブリンを焼き殺せるほど強力だが、その分射程距離は短い。
だがサーラの手から放たれた雷は何も無い空中にヒットするとそのまま糸に引かれるように男の体へと流れ込んだ。
「ど・・・どういうこと?」
全身を痙攣させて倒れる男に不思議そうな顔をするサーラ。
男の名前は”蟲”。文字通り蟲のような小さな刃物を自在に操るマジックアイテムの使い手だ。
カイの放った光で、一瞬だけだがヘンリッキの角度からその蟲を操作する鋼糸が光って見えたのだ。
「雷のマジックアイテムか!」
教団員達がざわめく。
高威力のマジックアイテムは使い手を選ぶ。
雷の魔法は使いこなすことの難しさでも有名だった。
「距離を取って挑め! あの魔法は連続では使えんし細かい狙いもつけられん! 攻撃を外したところに切りかかれ!」
壮年の男”ひび割れ”の指示が飛ぶ。
サーラは舌打ちを打ちたい気持ちを堪える。
何も自分の不利を相手に教えてやることはない。
男の言葉は彼女の痛いところを突いていたのだ。
「ヘンリッキ、後ろをお願い! ・・・ヘンリッキ?」
ヘンリッキの返事が無いことを訝しんでチラリと背後を見るサーラ。
「へ・・・ヘンリッキ!」
そこにはうつ伏せに倒れたヘンリッキの姿があった。
カイは村の中を走っていた。
不意に立ち止まると地面に身を投げ出す。
ドスドスッ!
さっきまでカイの体があった場所を貫くように土の槍が飛び、地面に突き立つ。
カイは素早く立ち上がると物陰に身を隠すーーが
「マズイ。」
サッと頭を下げる。
彼の頭のあった場所にはやはり土の槍が突き立つ。
「厄介だな。多分探知系の魔法と長距離攻撃系の魔法の組み合わせだ。」
カイの洞察した通り、今カイを狙っているのは”鷹の目”と”鷹の爪”。
”鷹の目”のマジックアイテムは言うならば人間レーダーだ。
大気中のマナを検知することで相手の居場所を特定できる。
水中にでも潜らない限り彼の目から逃れることは出来ないだろう。
”鷹の爪”のマジックアイテムは空中に土の槍を生成し、相手に飛ばすことが出来るものだ。
”鷹の目”が獲物の居場所を特定し、”鷹の爪”がそれを狙う。
この二人が組んだ時の厄介さは今カイが身をもって教えられている。
彼らは日頃から二人で組んで主に暗殺を受け持っていた。
任務達成率は100%。今まで彼らから逃れた者はいない。
「厩の陰に隠れているぞ! まだ無傷だ、気を抜くな!」
「礫!」
「おっと!」
さらに”ヤモリ”が”鷹の目”をサポートする。
”鷹の目”だけではターゲットの様子までは分からない。
しかし、今は”ヤモリ”が木や建物の上から直接見ることでそれを補っている。
カイは追い詰められつつあった。
次回「サーラの死闘」