その11 教団殺戮部隊
大きな建物で囲まれたスオサーリの町の日暮れは早い。
町のあちこちに建物の影が落ちる。
カイ達四人はその影を縫うように馬を預けている厩へ小走りで向かっている。
「町中で仕掛けてくるかな?」
「しばらくは様子を見ると思います。私達が町の外に出ると分かれば、おそらく町の中では襲ってこないかと。」
カイの言葉に密偵ヤモリが答える。
スオサーリの町は大手犯罪組織が取り仕切っている。
だから教団は彼らと敵対するようなことはしないだろう、と言うのだ。
「だといいけど。」
どのみち今の彼らに出来ることは、一刻も早く密偵ヤモリを連れて町を離れることだけなのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
4人組の男が裏通りを歩いている。
ジャラジャラとアクセサリーの付いた派手な服をだらしなく着崩した男達だ。
一目で暴力を生業とする連中だと分かる。
男達はこの界隈を縄張りとする裏社会の人間だ。
彼らは食事を取るためにカイ達の泊まっていた宿に向かっている最中だった。
もちろんお目当ては宿屋の看板娘だ。
男達の中では誰が彼女を落とせるか賭けをしていた。
「ああん、んなところで何やってんだ?」
頭からすっぽりと地味なローブを被った者達が、宿屋の前で集まっているのが見える。
その数7人。
見るからにとてもまともな集団とは思えない。
食事を取るために宿屋の食堂に向かおうとした家族連れが慌てて元来た道を戻って行った。
とんだ営業妨害である。
言うまでもなく、彼らは大魔導士ヴォルティネリからカイ達の殺害命令を受けた教団員達である。
トラブルの気配に男達の間に剣呑な空気が流れる。
「おい、お前らそこで何やってる!」
男達の一人が凄む。
しかし、ローブを着た集団はチラリと彼らを見ただけで何の反応もしない。
男の顔が怒りに真っ赤に染まる。
沸点の低い男だ。
とはいえこの手の商売は舐められたらお終いであることも事実。
どうやら教団員達は男達の逆鱗に触れてしまったようだ。
男達は一斉に大振りなナイフを抜く。
路地裏などの狭い場所では、リーチの長い剣よりも小回りが利くナイフの方が有効だ。
やはり男達は戦い慣れしている。
遠巻きに見ていた通行人が悲鳴を上げて逃げ出す。
バタンバタンと路地裏の戸や窓が閉められる。
関わり合いを恐れた住人達が目と耳を閉ざしたのだ。
これでローブの集団が怯えて詫びを入れればこの件は手打ちだ。
後はいくらむしり取るかという話になる。
だが教団員達は男達が武器を構えても何の反応も示さなかった。
「なめてんじゃねえぞ!」
男の一人がいきり立つとローブ姿の男に切りつける。
流石に無視できずに身をよじって躱すローブの男。
ビリッ!
ローブが切り裂かれるとその隙間から覗いたのは・・・
「お・・・お前どうしたんだよその顔・・・」
醜く焼けただれた顔に幾重にも走る大きな傷跡。
生きていることが不思議なほどの酷い怪我の跡に、流石に粗暴な男達も鼻白んだ。
「火に近寄らなければその身を焼かれることもあるまいに。しかし火を見れば近寄ってみたくなるのが人間というもの。その気持ち誰よりも分かるぞ。ああ分かる。」
声からすると壮年の男性のようだ。
年齢どころか性別すら分からないほど彼の顔は酷く傷ついている。
「訳の分からないことを言ってんじゃねえよ! その傷はどうしたのかって言ってんだよ!」
「自ら傷つけた。俺の信仰心の証だ。」
「なっ・・・。」
その答えは男達の想像の埒外だった。
一瞬頭の中が真っ白になる男達。
傷の男は無造作に目の前の男に近付くと、男の足に太い針を突き刺す。
「ギャアアア!」
「俺の名は”ひび割れ”。魔王様に魅入られし道化。」
太い針は中央に穴が開いているようだ。
つまりこれは針ではなく、鉄でできたストローなのだ。
ストローは足の血管を傷つけたらしく、男の血が噴水のようにびゅうびゅうと流れ出て汚い地面に血だまりを作る。
「オレの名は”カマキリ”。」
「私の名前は”夢魔”。」
「”蟲”」
「”鷹の目”」「”鷹の爪”」
「これって僕も自己紹介する流れ? ”細氷”よろしく。」
路地裏に男達の絶叫が響く。
やがておそるおそる顔を出した住人達が見たものは4人の男達の死体。
ローブ姿の集団は消えるように路地裏から姿を消していた。
密偵ヤモリは、教団員が犯罪組織と敵対することはない、と言っていたが彼らはそんなことは気にしていないようだ。
どうせ明日の夜になれば儀式が成功して魔王が復活するのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
門の閉まるギリギリで町の外に出ることに成功したカイ達。
今は馬で古びた街道をひた走っている。
密偵ヤモリも厩で運良く手に入った馬に乗っている。
「霧の森の手前に村があります。今夜はそこで一泊して明日森に向かいましょう。」
密偵ヤモリの言葉に頷くサーラ達。
カイは少し後方で殿を務めている。
(魔王の領域に近い。ここからはヴァルコイネンの協力は得られないな。)
神の使徒、白猫ヴァルコイネンは魔王の領域に近づくことは出来ない。
この旅の間、カイはヴァルコイネンに情報収集を頼んでいた。
気まぐれな白猫はカイの頼みを受けて気が向いた時にだけ情報を教えてくれた。
それでもカイにとっては結構有難かったのだ。
だが今からはそうはいかない。
カイは人知れず気合を入れ直すのだった。
夜四つ(午後10時)も過ぎ、そろそろ日付も変わろうかというころ
カイ達はようやく村へとたどり着いた。
寝静まった村はまるで住人のいない死んだ村のようにも見える。
彼らは馬に乗ったまま村の中央へと足を踏み入れる。
「あの家が村長の家かしら。」
前方に大きな家が見える。
と言ってもこの村の建物の中では大きいというだけの平屋に過ぎないのだが。
「こんな時間だけど泊めてくれるといいね。」
ヘンリッキが心底疲れた表情を見せて言った。
今なら貴族の立場を笠に着て寝床を接収しかねない。
もっともそんなことをすればサーラに嫌われてしまうので絶対にしないのだが。
「私が話をしてきましょう。」
密偵ヤモリが馬から降りると「待て。」
カイの声に立ち止まる。
「何か?」
「この村の住人はどうした? まさか殺したのか?」
次回「死に絶えた村での戦い」




