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5億7600万年の寿命で魔王を倒す  作者: 元二
勇者カイ ~21年後~
11/28

その10 密偵ヤモリ

 カイ達が泊まった宿屋は一階で食堂を兼ねるよくあるタイプの宿屋だった。

 夕方になると近所の家から家族連れや仕事帰りの男達が食事を取りに集まって来た。

 もっとも男達の目的は宿屋の看板娘にお近づきになることなのかもしれない。

 そんな客の喧騒で目を覚ましたカイ達は空きっ腹を抱えておのおの部屋から出てきた。


「いい匂いね。」


 そう言うのは赤い髪の長身の美少女、サーラだ。

 大きく息を吸ったサーラは食事の匂いにもう待ちきれないようだ。

 もちろんカイとヘンリッキも同意見だ。彼らは急ぎ足で食堂へと向かった。



 夕食は豆とベーコンのスープだった。

 久しぶりのまともな食事に感動を覚えるカイ達。

 一口ごとに体に元気が注入されていくようだ。

 つい頬も緩んでしまう。

 そんなふうに食事を満喫する彼らに近づく者がいた。


「王都から来た三人って君達ですか?」


 カイ達は驚いて食事から顔を上げる。

 食事に夢中になるあまり、声をかけられるまでテーブルのそばに立たれたことに気が付かなかったのだ。

 そこに立っていたのは顔といい服装といい特に特徴の無いごくありふれた容姿の青年だった。


「そうだけどあなたは?」


 ハンカチで口元を拭うと三人を代表してサーラが男に尋ねる。

 サーラとヘンリッキが王都の学生、カイがその従者ということになっているからだ。


「希少な銀をしまった場所を知る者と言えばお分かり頂けますか?」


 謎かけのような青年の言葉にポカンとしていたサーラだが、やがてあることに気が付くと驚きに目を見張る。


「あなたまさか密偵ーー」「おっとここでは人目があります。」


 不思議そうなカイに、サーラと同様に事情を察したヘンリッキが小声で教える。


「女王と王女はこの国では珍しい銀髪なんだ。」

「ああ、そういえば。」


 その間にサーラと青年の間で、後で部屋で会う約束が取り付けられたようだ。


「じゃあヘンリッキの部屋に集まりましょう。」

「何で僕の部屋?!」

「隣の部屋の宿泊客に聞かれるわけにはいかないでしょ。」


 三人で並びの部屋を借りたところヘンリッキの部屋が真ん中だったのだ。

 正論にぐうの音も出ないヘンリッキ。

 青年は頷くとテーブルを離れる。



「驚いたね。密偵って教団にやられちゃったんじゃなかったんだ。」


 すっかり冷めてしまったスープを口に運びながらヘンリッキが感心する。

 教団に潜伏していた密偵は、王女が教団に誘拐されていることを知らせて以降、連絡が途絶えている。

 騎士団では教団に存在がばれて消されたものと考えられていた。


「あまり詳しくは聞けなかったけど、ついさっきまで身動きが取れなかったって言ってたわ。」

「疑われそうになったから連絡を取らないようにしていたのかもね。」


 確かにそれなら連絡がつかない理由になる。

 三人は食事を手早く済ませると一度自室に戻ってからヘンリッキの部屋に集まることにした。


「あら学生さん、もういいの? 若いんだから沢山食べないと。」


 宿屋の娘に声をかけられて立ち止まるヘンリッキ。

 サーラに脇腹を小突かれてむせる。


「ぶほっ、サーラ!」「急いでるのよ。食べるなら話の後にしなさい。」


 名残惜しそうに部屋へと戻るヘンリッキ。


「・・・。」

「あなたもよ。」

「もちろん分かっているよ。」


 そしてカイもしぶしぶ部屋へと戻る。

 若い食欲を持て余す男子二人にため息をつくサーラだった。 




 三人がヘンリッキの部屋に集まってしばらくすると、部屋のドアがノックされた。

 音もたてずにドアまで歩くカイ。


「先ほどの者です。」


 サーラ達に目くばせをするとドアの死角に入るようにして開けるカイ。

 青年は特に警戒する様子も見せずに無造作に部屋へと足を踏み入れる。

 青年の後ろでドアを閉めるカイ。そのままドアの前に立つ。

 廊下の気配を探っているのである。


「まずはよくスオサーリの町までやって来られましたね。道中で魔獣に襲われませんでしたか?」


 青年の言葉に驚くサーラとヘンリッキ。


「なぜそのことを?!」


 やはり。と青年は頷く。


「どうやってあの魔獣を退けたのですか? それに町に来たのが三人だけというのはどういうことなんでしょう? 騎士団は来ないのですか?」

「まずは君の説明を聞こう。」


 カイの言葉に青年は自分が焦り過ぎていたことに気が付いた。


「そ・・・そうですね。すみません。まずはこちらの事情をお話しましょう。」


 青年の説明によると彼の名前はヤモリ。もちろん本名ではない。

 彼はある筋から命じられ、教団の内部事情を探るために潜入捜査を行っていた。


「やっぱり! じゃああなたが王女殿下の無事を連絡してくれたんですね!」


 ヘンリッキの言葉に少し眉を動かす密偵ヤモリ。


「そうです。ちゃんと連絡が届いていましたか、良かった。」

「騎士団ではあなたが死ん」「密偵はあなただけなんですか?」


 ヘンリッキの言葉に被せてカイが質問をする。


「ええ、私だけです。」


 言葉を遮られて少しムッとするヘンリッキ。


「それで王女殿下のご様子は?」


 最も知りたかったことを聞くサーラ。

 思わず前のめりになっているのも仕方がないだろう。


「霧の森の奥には魔王が築いた巨大な砦があります。教団はその砦の奥の部屋に王女殿下を監禁しています。」


 王女は暴れたり自害したりしないよう、薬で眠らされているということだ。

 ケガも衰弱もしていないらしい。

 とはいえ王女がそんな得体の知れない薬に冒されていると知ってサーラは怒りで顔を朱に染める。


「早くお助けしないと!」

「それで他の騎士団の方達はどこにいるんでしょうか?」

「それなんだけど」「待って。」


 またカイに言葉を遮られたことに一瞬苛立つヘンリッキだが、カイの表情を見て黙り込む。


「どうしたの? カイ。」

「誰かが外でこの宿屋の様子を探っている。」


 カイの言葉に驚くサーラ。


「三人・・・四人。一応隠れている・・・のか? ・・・まだ人数が増えそうだ。」


 なぜドアの近くに立っているカイが、サーラ達でも気付かなかった外の様子に気が付いたのかは分からない。

 もし彼らの部屋の前に立つ者がいればひょっとして猫の鳴き声を聞いたかもしれない。


「教団の者が私を尾行してきたのかもしれません!」


 密偵ヤモリの推測通りなのだろう。彼らは選択を迫られていた。


「教団は私達のことを?」

「もちろん知りません(・・・・・)。」


 密偵ヤモリの言葉に頷くサーラ。


「このローブで顔を隠して。私達と一緒にこの町を出ましょう。」


 それ、僕のローブなんだけど、というヘンリッキの呟きは全員から無視された。

次回「教団殺戮部隊」

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