その9 スオサーリの町
カイ達がたどり着いた町はスオサーリの町。
この地方、スオサーリの名を与えられた大きな町である。
かつて森の瘴気で滅んだ町エルッコラも、このスオサーリ地方の町の一つである。
カイ達はここで邪神教団の情報を集めて霧の森へと向かう予定になっている。
カイ達は今、町に入る人々の列に並んでいる。
「それはそうとして、今日は宿でゆっくりと休んで旅の疲れを取ろう。」
カイの提案にほっとした表情を見せるサーラとヘンリッキ。
霧の森まではあと少し。王女マーリアの身が心配で居ても立っても居られないサーラだが、今は流石に旅の疲労が堪えるようだ。
今日だけは温かいベッドが恋しいようである。
列が少し動く。
商人の家族が門兵の取り調べを受けているようである。
取引が禁止されている商品が持ち込まれていないか、商品のチェックが行われてる。
彼の若い妻が門兵達に目をつけられたのか、検査と称して複数の門兵にしきりに体をまさぐられている。
悲鳴を上げて嫌がる妻に商人が大人しくするように頼んでいるようだ。
列に並んだ者達は何の反応もしない。どうやらこういうことはよくあるらしい。
サーラの眦が上がる。
「よし! 次!」
門兵の声にサーラとヘンリッキがカイの前に出て通行証を見せる。
ちなみにカイは二人の従者ということになっている。
「王都の学園の学生か。・・・これは!」
二人の制服姿に平民の学生だと思った門兵の男だが、差し出された通行証を見て顔色を変える。
それは王都騎士団の正規の通行証だったからである。
騎士団は普通は通行証を発行しない。
騎士章の付いた制服が身の証になるからだ。
しかし、特に緊急を要する場合や、訳あって制服を着られないーー隠密を要するーー任務の場合には通行証を発行する。
通行証を持つ騎士団員の行動を妨げたり、任務の内容を探るような行為を行った場合は、反逆罪に問われることになり厳しく罰せられる。
要は素通りさせなければ罪に問われるのである。
「ご苦労様です!」
目下の少年少女達に対して直立不動で敬礼する門兵。
「あら、もういいの? さっきの女性は随分と念入りに調べていたようだけど?」
門兵の顔が青ざめる。
「どうしたの? あれがあなたの仕事なんでしょう? 私の体も調べれば?」
サーラの追求に直立不動のまま額に汗を浮かべる門兵達。
何やら面白そうなことが起こっていることに気が付いたのか、今まで黙って列に並んでいる者達の間からざわめきが起こる。
「あー、僕もご夫人にああいう事をするのは良くないと思いますよ。ちなみに彼女の父親は王都騎士団の副団長です。取り調べをするなら色々と覚悟した上で行って下さいね。」
ヘンリッキの説明に薄い胸を張るサーラ。決して無い胸と言ってはいけない。
青ざめて目を見合わせる門兵達。
「もう良いんじゃないですかお二人とも。門兵の方々もつい仕事に熱が入っただけでしょうし。」
カイが苦笑しつつ彼らの間に入る。
カイの登場をきっかけにしてサーラとヘンリッキが引き下がる。
彼女達も本気で彼らを追い詰めるつもりはない。
ただ強権を笠に着たやりすぎた行為に釘を刺したかっただけなのだ。
「じゃあもう通っていいのね?」「はっ! お通り下さい!」
若干食い気味に答えられてサーラ達は町の門を潜る。
背後で大きな歓声が上がる。
「嬢ちゃん良く言った!」「久しぶりに胸がスカッとしたぜ!」「町で困ったことがあれば俺に言ってくれ!」「オッパイが小さいのなんて気にすんな!」
「あぁん!」
最後のひと言に鬼のような表情を浮かべるサーラ。
どうやら自分でもかなり気にしているようだ。
サーラの剣幕に彼女の馬が怯える。
慌ててサーラを止めるヘンリッキ。
「ほらほら、いつまでここにいるつもり? もう宿屋に向かうよ。僕だって早くゆっくりしたいんだから。」
カイの言葉に旅の疲れを思い出したのか、途端に元気を失うサーラとヘンリッキ。
彼らは馬を引きながら宿を探しつつ通りを歩くのだった。
カイ達は門の近くの厩に馬を預けると宿を探して町を歩いた。
今カイ達がいるのは町の住宅街、門と門の丁度中間に位置するある意味旅人には不便な場所にある宿屋だった。
「大通りにもっと立派な宿屋があったけどなぁ。」
疲れた中、散々歩かされたヘンリッキがぼやく。
何も言わないがサーラも同じことを考えていたようだ。
カイは申し訳なさそうに答える。
「確かにそうだけど、ここはお勧めの宿屋なんだよ。」
誰の? とは誰も聞かない。いい加減もう宿屋で休みたいのだ。
彼らは力無く宿屋のドアを押す。
チリンチリンと鈴の音を鳴らしながらドアが開く。
「あら、いらっしゃい。珍しい服ね、学生さんね。三人でお泊り?」
カウンターに座っているのは若い女性。派手さはないが愛想の良い可愛らしい女性であった。
無意識にヘンリッキが硬くなる。年上の女性に憧れる年頃だ。無理もない。
そんなヘンリッキの反応に冷たい目を向けるサーラ。
男性の女性に向ける反応に敏感なお年頃なのだ。
「ニャーン」
「「えっ!」」
女性の足元の大きな白い猫に驚くサーラとヘンリッキ。
二人は一斉にカイの方を見る。
カイは白い目で白猫を見る。
「ヴァルコイネン・・・お勧めってまさかそういうことじゃないよね?」
白猫はカイの言葉を無視して女性の足に体を摺り寄せている。
「この猫ってあなたの家の猫なの? 随分人懐っこいね。さっきふらりと入ってきてからずっと私に甘えているのよ。」
女性の言葉に白猫を見る目がますます冷たくなるカイ。
白猫は一心不乱に女性の足に体を擦り付けていたが、やがてバツが悪そうに開いたドアからサッと外に逃げ出した。
「あら、逃げちゃったけどいいの?」
「・・・ほっといていいです。それより宿泊をお願いします。」
今日だけはゆっくりと休みたい、とのヘンリッキの訴えにカイ達はそれぞれ一人ずつ部屋を取ることにした。
「最近の学生さんはお金を持っているのね。あらごめんなさい、私が言うようなことじゃないわね。」
「ははは・・・。」
力なく笑うカイ達。彼らは体を拭くためのお湯を頼むと夕食までそれぞれの部屋へ入って行った。
部屋のベッドの真ん中に我が物顔で仰向けに寝転がる白い猫。
「何やってんだよヴァルコイネン。」
「ベッドの寝心地を確認しているニャー。新しい場所に来たらまずは寝床を確保するものだニャー。」
いや、泊まるのは君じゃないから。
そんなカイのツッコミをスルーする白猫。
「シーツが毛だらけになりそうだから下りてくれない? それより王女について何か手がかりはあったの?」
「町のどこにも王女の気配は無いニャー、どうやら本当に霧の森に連れ込まれたみたいだニャー。」
これで偽情報に振り回されているという可能性は消えた。
日頃の緩い言動からは想像も出来ないがヴァルコイネンはこれでも神の使徒だ。
今は現世に還俗しているためその力は落ちているが、それでもたかだか人間である教団の者達が彼の目を欺けるとは思えない。
そのヴァルコイネンの目を逃れることの出来る場所と言えば、それは魔神の先兵、魔王の領域であることは間違いない。
「霧の森か・・・まさかまたここに戻ってくることになるなんて思ってもみなかったな。それで儀式とやらについて分かったことは?」
「サッパリだニャー。大体、魔神の僕のやることなんてオレに分かるわけないニャー。でも昨日も言ったけど魔王がまだ復活してないことだけは間違いないニャー。あの魔神臭い匂いがしないニャー。」
ヴァルコイネンの言葉に考え込むカイ。
そもそも彼は今回の話を最初から胡散臭いと思っていた。
「魔王の復活・・・本当にそんなこと出来ると思う?」
魔王の最後はカイが看取った。
カイにはあの魔王が復活を望んでいるとはとても思えないのだ。
「知らんニャー。出来るっつーなら出来るんじゃニャーかな。」
勇者は神の先兵。魔王は魔神の先兵。神と魔神はある意味同族だ。
しかし常に互いの寝首を搔く機会を伺っている。
魔神の先兵である魔王の技術を、神の使徒であるヴァルコイネンが知らなくても特に不思議はない。
「まあ教団の連中は出来るつもりで王女を生贄にするだろうから、どっちにしても止めなくちゃいけないけど。」
「面倒だニャー。まあオレは関係ないけどニャー。」
還俗しているとはいえ神の使徒であるヴァルコイネンが魔王の領域に近づくわけにはいかない。
彼はこの町で待機である。
「それにしても人間の作った教団が腐肉喰らいやゴブリンを使役したとは思えないんだけど・・・」
「ああ、そうそう。それなら魔族の生き残りがいる気配がするニャー。」
「そういうことは先に言ってよ!」
我関せずニャー。と、ベッドの上でゴロゴロと転がり、シーツを猫毛だらけにしてヴァルコイネンは窓から飛び出して行った。
当てにならない気ままなヴァルコイネンの態度にカイはため息をつくと、シーツを丸めて外にはたきに出るのだった。
次回「密偵ヤモリ」




