第9回「真実の行方」
1
「ハガキ職人ダービー!」
番組終盤、トーマスフレアのコールとともに、アンダーワールドの『Bigmouth』が流れてくる。毎回聴いてるけど、牛たちが牧場で草を食べている光景が浮かぶのどかな曲だ。
でもダービーなら馬だと思う。
「ハガキ職人ダービー」とは、月に1回読まれたハガキの枚数を集計して月間チャンピオンを決めるものである。自分でも読まれた枚数は把握しているけど、
公式に集計されて二人に「1位ザッハトルテ師匠」と呼んでもらうのはまた別の名誉だ。僕はこの半年間、ずっと1位をキープしている。
今月は高校入学と久松さんの弟子入りという、イレギュラーなで出来事が重なったにしてはまあまあ調子が良かったと思う。
手集計でも2位に勝ってると思うんだけど。
二人が続ける。
「はい、今月もやってまいりました。月に1度のハガキ職人ダービーですけども」
「はいー」
「ここ数か月はずっと現チャンプが連覇してまして」
「強いね。よう聞くもんね、同じラジオネーム」
「今月はどうなってるんでしょうか」
「お願いします」
金ちゃんが5位から順に発表していく。まだ僕の名前は出ない。
「続いて2位!」
「はい」
「福岡県、恥ずかしいシミ、21枚!」
「おおー、そういやよく聞くわ、最近」
「かなりの追い上げですねー。さあ、では1位の発表です」
「お願いします」
BGMが止まってドラムロール。
「愛知県、ザッハトルテ師匠、24枚!」
ファンファーレと二人の拍手。
「チャンプ、防衛しましたー」
「強いねー、下ネタの帝王」
「この子、きっと普段真面目そうな顔して、一日中下品なこと考えてんねんで」
「絶対そやな」
おい、やめてくれ。そんなわけないだろ。下ネタはウケるからだ。
これ、久松さんも聴いてるんだぞ。
ポキポキっと、LINEの着信音が鳴った。
『師匠起きてる?1位おめでとう!やっぱり師匠はすごいよ!!!』
久松さんからだった。
僕はしばらく悩んだ後、返信した。
『3枚差だからきわどかった。あと僕は一日中下品なこと考えてるわけじゃない』
しばらくして、また着信。
『アハハ(スマイルマーク)』
そのアハハは何だ。単にウケたのか?それともわかってるからいちいち言い訳しなくていいよっていうアレか?
僕は机の電気スタンドを点けて、メモ帳とハガキを並べた。忘れないうちにネタを出しておこう。
3枚差、というのは結構意外だった。先月は10枚差あったのに。僕の読まれる枚数が減ったわけじゃない。ライバルが上がってきているのだ。
普段あまりしないけど、書きあがったハガキを見返してみる。
……このド下ネタ、久松さんも毎週聴いてるんだよな。よく引かないな。下ネタは苦手だったと思うんだけど。
もしかして、気をつかって我慢しているのか。いや、だったら最初から弟子になんてならないだろう。そんなことは気にしなくていい。
気にしなくていいんだけど。
僕は書いたハガキをしまって、新しいハガキを取り出した。
2
翌日。
書き直したネタハガキを投函するために、いつものポストへ行く。
「あっ」
ポストのすぐそばに、久松さんが立っていた。
「おはよー、師匠」
朝から上機嫌な顔で手を振ってくる。
「おはよう」
僕はストンとハガキを投函した。そのまま何となく、二人で歩き出す。
「もう書いてきたの?相変わらず仕事が早い」
「まだ追加で書くけどね」
「1位おめでとう」
「うん、昨日聞いたよ」
「下ネタの帝王だって」
言って、彼女は意地悪く笑った。
「ふん、ウケれば何でもいいんだ。久松さんも下ネタ書けば読まれるかもよ」
「私はいいよー。書けないもん」
「ラジオネームパプリカは、また読まれなかったな」
「う……で、でも、ちょっとずつ手ごたえは感じてるから」
「ほー」
サンシャイン栄での大喜利大会。彼女の答えは会場をザワつかせるシュールなものだったが、センス自体は悪くないと思う。いや、時に僕も
思いつかないような発想がネタ帳に書いてあることもある。本当にそのうち読まれてもおかしくないと思うんだけど。
有名人の悪口は書きたくないっていうから、少し毒が足りないのかもしれない。
「でもさ、金ちゃん優しかったね」
「ん?」
「ほら、鼻爆がサンシャインで営業した話、フリートークで言ってたでしょ」
「あー」
多分鼻爆の芹川は、兄さんとこのハガキ職人と大喜利やりましたよー、くらい言ったはずだ。
でも金ちゃんはラジオネームは伏せて話してくれた。本人が特定されないようにという気遣いなのだろうか。
「あの人たちも大人だってことだな」
「ごめんね」
「ん?」
見ると、何だか彼女はすまなそうな顔をしていた。
「何がさ」
「あの時はわからなかったけど、大喜利に自分たちが出ちゃったらネタに書けなくなっちゃうよね。わざわざ栄まで行ったのに」
「……」
「怒ってない?」
「別に怒ってないよ。ネタにはできなかったけど、元々鼻爆が滑るところを見に行くっていう不純な動機だったし」
「割といい人たちだったね」
「だからなおさらね」
「あのさ」
「ん?」
僕は聞いた。
「僕のネタってそんなに……下ネタ多いかな?」
「今さら?」
言って、久松さんはケラケラと笑った。
「帝王まで言われて自覚無かったとか」
「いや、自覚はあったけど。何かこう、それが無くなったらウケなくなるのかなって」
「そんなことないよ。同じ下ネタだって、センスが無いとただ下品なだけだし。下ネタだからウケてるってことはないと思うけど」
「……うん」
歩きながら、僕はうつむいた。
情けない。そういうことじゃないんだ。
僕が本当に聞きたかったのは。
「あ、クラスの子だ。じゃ師匠、また土曜日ね」
「え?あ、ああ」
彼女は走り出し、クラスメートの背中に追いついた。すぐに楽しそうに話だす。
本当に聞きたかったのは、多分、久松さんがどう思ってるのかってことで。
そして僕は、なぜかそれが聞けなかったのだ。
つづく