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第6回「失われた週末」


トーマスフレアの「今夜もアメイジングナイト」はフリートークの時間が前半の30分ほどしかない。その分コーナーに時間を使ってくれているからだ。

しかし短いフリートークの中にも定番ネタはある。


売れてない後輩コンビの話。


"鼻フック爆撃隊"という、ハナから売れる気が無さそうな名前のコンビで、フレアの1年後輩。そこそこ男前のツッコミ芹川せりかわと、小柄でぽっちゃりのボケ梅津うめづという、わかりやすい凸凹デコボココンビ。


ネタは正月の"爆笑!ヒットパレード"で一度見たくらい。基本は漫才だけど、いわゆるコント漫才というタイプで、つかみも早々に何かの役をかぶって話に入っていうアレだ。

正直M-1の決勝に残るほど面白いとは言えない。実際去年は二回戦で敗退したし。


ボケの金ちゃんはもちろん、普段温厚なツッコミの横ちんも後輩の話になると結構毒舌になる。特に女っ気の無い金ちゃんは、ボケの梅津としょっちゅうご飯を食べに行き、その時のエピソードをフリートークで話す。たいてい「だから売れへんねん」という内容を嬉しそうに話す。


その時の金ちゃんのトークが、僕は大好きだ。



だから我々ハガキ職人としては、この売れない後輩をどうイジるかというのがまあまあ重要なテーマであり。


明日の土曜、鼻フック爆撃隊がサンシャイン栄に営業に来るとあっては絶対に行かねばならない。愛知県在住者として他県のハガキ職人に先んずるには、こういう地元イベントでしっかりネタを探さなくては。落としすぎず、かと言って媚びて持ち上げすぎず。微妙なさじ加減が必要な材料だ。


最悪コーナーネタが不発に終わっても、この1週間にあった出来事を報告する"今週のスクランブル"のコーナーでイベントのレポートをすれば読まれる可能性は大で、保険がかけられる。ネタじゃなくても1枚は1枚だ。


しかし一つ問題がある。


久松さんへのネタハガキ指導は毎週土曜の午前中。サンシャイン栄のイベントは11時から。いくら同じ名古屋市内でも、いつもの調子で会議した後じゃとてもじゃないが間に合わない。


僕はベッドに腰かけ、スマホの画面をにらんだ。


鼻爆が栄に来ると思い出したのは、実はついさっきだ。番組の終わり際に二人が告知のためにスタジオに来たところまではは何となく覚えている。

でも相当眠くて、その後は記憶があいまいになっていた。たまたま番組ホームページを見て思い出したというわけだ。



さて。



久松さんに何て言おう。


「用事ができたから、会議は明日に延期する」


って言えばOKかな。

別に必ずしも土曜と決めてるわけじゃないから、いたって自然だ。


いや待て。

彼女の性格から言って、「何の用事?」と食い下がる可能性が大だ。その場合、正直に答えていいものだろうか。

いやいや待て待て。

彼女も当然アメイジングのリスナーだ。鼻爆のことは知っているし、昨日の放送を最後まで聞いてれば栄に来ることも聞いただろう。


意外とすんなり「じゃあ今週中止でまた来週ね」と言ってくれるかもしれない。


僕はスマホの画面をタッチした。







「私も行く!」


LINEを送った直後、返信どころか即通話で返事が来た。


一緒に行くって……それって。


「一緒にって言われても」

「何でダメなの?弟子にネタの集め方を指導するのも師匠の務めだと思う」


弟子に師匠の在り方を説教されている。何かがおかしい。


これじゃまるでデートじゃないか、といらぬ心配をしていたが、モテない男の考えすぎだったみたいだ。


「……鼻爆のイベント見てすぐ帰るよ」

「うん、それでいいよ」


それから待ち合わせの場所と時間を決め、通話を切った。


めんどくさいことになった。

本当はイベント見た後、買い食いしたり丸善寄ったりロフトでノート買ったりしたかったのに。

何で僕はすぐ帰るなんて言ったんだろう。





何か飲もうと台所に行くと、史奈が先に冷凍庫を開けてアイスをあさくっていた。


「早く選べよ、溶けるぞ」

「せかさないでよー」


片手にあずきバーを持ち、もう片方の手でガサゴソやっている、


「一個取ったんならそれ食えよ」

「いちいち細かいなー。そんなこと言ってると久松さんに嫌われるよ」

「関係ないだろ」

「せっかくうちまで来てくれたんだから、土日どっちかデートに誘えば?じゃないとお兄ちゃんの性格なら二度とチャンスないよ」

「……」

「何、黙っちゃって」


妹が冷凍庫を閉めて振り返る。


「何も。どいてくれ」


冷蔵庫を開けて爽健美茶を取り出し、コップにタプタプと注ぐ。誰にも言ったことはないけど、僕はこの音が好きだ。


「ねえ」

「ん?」

「もしかして、もうデートに誘ったの?」


タプププププ。


「あーっ!もう何やってんの!台拭き台拭き」






その後、お茶をこぼしたテーブルを拭き終え、なぜか妹は無言になった。

そして去り際。


「ま、がんばんなさいよ」


と僕の肩をポンポン二度叩いたのだった。



ムカつく。



つづく

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