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第3回「ユー・ガット・メール」

一か月ぶりの更新です。


「終わりーっ!」


木曜24時57分。


トーマスフレアの二人が声を合わせて怒鳴り、今週もアメインジングナイトが終了した。

ザッハトルテ師匠こと僕のネタが読まれたのは4枚。こないだ久松さんに拾われたハガキもしっかり読まれた。ややウケだったけども。

とりあえずトップは死守した。2位のラジオネーム"恥ずかしいシミ"さんもだいぶ追い上げてきている。恥ずかしいシミに追い上げられるってどういう状況なのか。


久松さんのラジオネーム”パプリカ”は最後まで読まれなかった。

彼女から師匠と呼ばれているとはいえ、やったことと言えばあのクソつまんないネタ帳を見て使えそうなものに丸をつけただけ。それだってかなりおまけしたくらいだ。読まれないのは妥当な結果だと思う。教えてどうなるものでもないし。


しかしこれで約束は果たした。ちゃんとアドバイスしたし、あとは本人のセンスの問題だ。僕が代わりにネタを書いたとしても、それで彼女のネタが金ちゃんに選ばれたことにはならない。本人も納得しないだろう。まだ二度しか会ってないけど、何となく……頑固そうだし。


次週のためのネタ整理を30分で済ませて、僕は布団を頭からかぶった。


……一緒にいたあの背の高い男、やっぱり彼氏なのかな。だとしたら、ちゃんと言っとかないと。


もう僕に近づかないでくれって。





先週の失敗はもう繰り返さない。


僕はいつもより10分早めに家を出て、いつものポストへ急いだ。今回は5枚。昨晩のメモを元に朝からネタに仕上げた。

コーナーはまんべんなく。出すのが早すぎると旬な芸能ニュースは拾えないので、芸能人いじりのネタは週末まで待つ。実際に金ちゃんの手元に届くリミットがはっきり分かれば楽なんだけど。


「わっ」


ポストの前に、誰かが立っている。これが夜中だったら幽霊だと思っただろう。


「あ、師匠……おはよう」

「……おはよう」


久松さんがかなりのローテンションで立っていた。

僕は「師匠はやめて」と言うのも忘れて聞いた。


「こんなところで何をしている」

「何って、待ってたの」

「何の用で」

「……読まれなかった」


露骨にションボリした顔だ。

言っちゃ何だが、本気で読まれると期待していたのか。


「聞いてたから知ってる」

「何で!?ちゃんと言われた通りにしたのに」

「何でって言われても……」


僕はバッグからハガキを取り出した。


「そこどいて。出すから」

「ネタ!?もう書いてきたの?」


言って、手を出してきた。

僕はサッと引っ込めて言った。


「見せないよ。自分の力で読まれたいって言っただろ」

「う……ケチ」

「ケチで結構」


僕はストンとハガキを投函し、振り向いて歩きだした。


「ちょっと待ってよ、もう!師匠!」

「師匠じゃない」


久松さんが隣を歩きだした。シャンプーだか何だかわからいないけど、妙にいいにおいがする。朝からシャンプーの原液でもかぶってきたのか。


「弟子が落ち込んでるんだからさあ、師匠として慰めようとは思わない?」

「思わない。それに」

「それに、何」


彼女がこちらをのぞきこむ。顔が近い。


僕は視線をそらしながら言った。


「付き合ってる男がいるなら、いるって言っといてくれ。とばっちりは食らいたくない」

「はあ?」


素っ頓狂な声を出して久松さんは立ち止った。僕は構わず歩き続ける。


「彼氏なんていないよー。どこでそんなガセネタつかまされたの?」

「人づてじゃない。見た」

「どこで、誰と」

「こないだの公民館」

「え?」


僕も立ち止まって彼女を見つめる。……いや、結局すぐそらした。


しばらく思案した久松さんは、


「ああーっ、トミーか!」


と言って、手のひらをポンと拳で叩くという非常にわざとらしい驚き方をした。こんな人、本当にいるんだ。

いや、その前にトミーって何だ。外人?


「もお、師匠。私のあと尾行したの?やらし」

「するか!自転車置き場から見えたんだよ。男と待ち合わせしてたんだろ」

「あれはただの友達だって。小学校からの付き合い」

「大抵の女はそう言う」

「だから……あ」


久松さんは速足で僕を追い抜き、ニヤニヤしながら回り込んだ。


「道をふさがないでくれ」

「もしかして、師匠やきもちやいてる?」

「は?」


この女は何を言ってるんだ。


「何で僕がやかなきゃいけないんだ」

「じゃあ何でそんなこと気にするの?仮に彼氏がいたとして、そんなに問題?それにとばっちりって何」

「……別に何でもない。とにかくそういう男がいるなら、もう関わりたくない」

「理由を教えて」

「話したくない」

「教えて」


からかうような笑みは消え、真面目な顔で彼女は僕を見据えた。

僕は腕時計を見て、一つため息をついてから言った。


「歩きながらでいい?遅刻したくない」

「うん、わかった」


そう言って、久松さんは僕の隣を歩き始めた。





「中2の時、前の席にいた女子と結構しゃべるようになってさ」

「うん」


僕としては二人で並んで歩くことに抵抗もあったけど、幸いこの時間にこの道を通って登校する生徒は少ないようだ。


「結構その……可愛かったから、僕も嬉しくなって仲良くなったつもりでいて」

「……ふーん」

「そしたらしばらくして、見たことないデカい男子に"ちょっといいか?"って呼び出されて。校舎裏行ったらそいつ含めてデカいのが3人いて」

「何の話だったの?」

「その女子の知り合いだったらしくて、調子に乗るなよって言ってきた」


久松さんは言った。


「はあ?何それ。誰が誰と話そうと関係ないじゃない」

「僕もそう思うし、そう言った。そしたら3人がかりで腹殴られた」

「……ひどい」

「それだけならまだいい」

「何がいいの!?いいわけないじゃない!」

「次の日、その女子が話を聞いたらしくて俺に言ってきたんだ。彼らはただの友達だし、私を心配してやったことだから先生には言わないでくれって。根はいいヤツだからって」

「……」


彼女は黙って聞いていた。


「正直言ってる意味がわからんかった」

「それで、師匠は何て答えたの?」

「一つ条件出して、先生には言わなかった」

「どんな条件?」

「二度と僕に関わらないでくれって」

「……」

「真面目な子だったから、約束守って卒業まで一度も話さなかったよ」

「……」

「ついでに言うと、僕が暴力受けてからすぐ、二人は付き合いだした。ただの友達だったはずなのに、話が違うよね」


ずっと足元を見てしゃべっていたけど、久松さんが黙ったままなので僕は顔を上げた。


「これが理由……うわっ」


久松さんは唇をへの字にして、その大きな瞳に涙をためてプルプル震えていた。


「何で君が泣くんだよ」

「だって、ひどいよそんなの。師匠何も悪くないのに」


鼻声で言いながら、手の甲で涙をぬぐう。


「別に泣くほどのことじゃない。世の中なんてそんなもんだ」

「そんなことないよ!」

「そもそも君のことじゃないだろ」


何で僕が彼女をフォローしなきゃいけなんだ。馬鹿馬鹿しい。


「わかった」


目を赤くしながら、久松さんは言った。やけにきっぱりした口調で。


「何が?」

「私からトミーにちゃんと言っとく。絶対に師匠にちょっかいかけるなって」

「え?あ、おい……」


呼び止める間もなく、彼女は短いスカートをひるがえらせ、走り去ってしまった。


ちゃんと言っとくって、言った?今。

馬鹿か、あの子は。あまり人付き合いをしない僕でもわかる。いきなりそんな気になること言われたら、誰だってどんなヤツか見に来るじゃないか。

……いきなりデカい外人が来たらどうしよう。







「ちょっといいか?」


昼休み。クラス内最速で弁当を食べ終え、窓際の日差しを浴びて机につっぷしていた時。

聞きなれない声に心地よい時間を邪魔された。


「ん……」


目を細めて顔を上げると、そこには見たことがない背の高い男子が立っていた。


165センチの僕より多分20センチ近く大きい。でも顔が小さくてなで肩で、全然ゴツくない。

色白でサッパリと整った顔。周りの女子が嬉しそうにコソコソと何か話している。


「……誰?」


僕が言うと、


「里海の友達。B組の久松里海。知ってるだろ?」


来た。来やがった。いやな予感が当たった。あの女は本物の馬鹿だ。


「久松さんは知ってる。僕は君が誰かと聞いている」

「D組の富井」


富井。

とみい。


「トミーって君のことか!」

「やめろ、声が大きい!いいからこっち来いよ」


なぜか焦りだしたトミー、いや富井。圧倒的な対格差の前に、僕はただされるがままに腕を引っ張られていった。





連れてこられた先は、予想通りというか何というか校舎裏だった。

なぜ人を呼び出す時は校舎裏なのか。イメージほど人目が無いわけじゃないのに。


富井は周りをキョロキョロと見て、僕たち以外誰もいないのを確認して言った。


「戸崎、だったよな。最近里海と会ってるって本当か?」


やたらとぶっきらぼうな態度で話し出した。

僕にも人並みの学習能力というものがある。もし暴力を受けそうになったら即スマホで警察に通報するつもりで構えていたけど、何となくそんな雰囲気には見えない。


それにこの富井という男子も、身長こそ高いけど全体に細くて怖いという感じはしなかった。

通報はもう少し待とう。


「最近も何も、一回公民館で会っただけだよ。その日は君も会ってるから知ってるだろ」

「何だ、知ってたのか。俺の買い物に付き合ってもらう約束だったけど、午前中は先約があるって言われて近くで待ってたんだよ」

「はあ」


心の底からどうでもいい情報だ。この男は一体何が目的なんだ。


「で、本題は?」


必要以上に構えず、かといって完全には油断せず、僕は聞いた。


富井は言った。


「今日、里海に言われた。C組の戸崎って子には絶対話しかけるなって」


マジか。あの女、本当にそのまんま言いやがった。


「で、君は何て答えたの?」

「わかったって」

「わかってないじゃないか」

「そうだけどさ」


富井は気まずそうに頭をかいた。


「でもさ、そんなふうに言われると気になるだろ、普通」

「全く同感だ。久松さんは昔からああいう人?」

「昔からああいうヤツだ」

「思い立ったら即行動して、人の話聞かなさそう」

「ああ、そんな話なら山ほどある」


……いかん。なぜかなごんできてしまった。本題に戻ろう。


「あの、先に言っとくけど。僕は君と久松さんの間に割り込んで横恋慕しようとか、そういう気は一切ないから。だから妙な言いがかりで因縁つけるのはやめてほしい」

「待て、違うって。里海とはつきあってないし、そんな気もない。本当に友達だから」

「ほー」


どう見てもウソくさいけど、この時点で当事者の男女両方が「つきあってない」と言い切っている。そこに「ウソだ」と無関係の僕が言い張るのも気持ち悪い。

そしてどうやら富井は僕に危害を加える気がなさそうだ。


……じゃあ何で僕は今ここにいる?


「他に用事が無いなら戻りたいんだけど」

「いや、待てって。その……お願いがある」


お願い?

何か話の風向きが変わってきた。


「お願いをきく義理はないけど、話だけ聞く」

「うん、それでいい。お願いっていうのは」


富井は言った。


「里海と、仲良くしてやってほしい。傷つけないでほしいんだ」

「……え?」


どうしよう。目の前の同級生が何を言っているのかわからない。


「言ってる意味がちょっと」

「何で戸崎とつるんでるのか、聞いても言わなかったけど、とにかく今は仲がいいんだろ?」

「何をもって仲がいいというかはわからんけど、向こうが絡んできてるのは確かだね」

「あいつ、昔から女子の友達が少ないんだよ。ほら、小学校低学年くらいまでは男子も女子も一緒に遊んでたけど、だんだん分かれていくだろ?あいつはそれが無くて」

「……確かにそんな感じもする」


女同志のネチネチした人間関係に関心はないけど、男子とばかりしゃべっている女子がちょっと違う目で見られていて、陰口をたたかれているのを聞いたことはある。陰険だ。


「それに……」


少し口ごもってから、富井は続けた。


「あいつの家、ちょっと複雑でさ。本人は明るく振る舞ってるけど、色々あって泣いてるところも何度も見てる」

「……」

「それでも、人の心配ばっかりするんだよ。自分のことでもないのに怒ったり泣いたりして」

「そ……うなんだ」


今朝の久松さんが頭に浮かぶ。自分のことでもないのに、怒ったり泣いたり。


僕はふと浮かんだ素朴な疑問をぶつけることにした。


「……おせっかいかもしれないけどさ。そこまで言うなら自分がさっさと彼氏になって守ってやればいいんじゃないの?こんなコソコソしてないで」


富井は一瞬、困ったような顔になって、


「うん、それはそうなんだけど。そうもいかない事情が」


などと口ごもりだした。


ハハン、別に聞きたくないからいいけど、どうせ自分には別の学校に彼女がいるとか、そんなところだろう。

危ない危ない。だまされるところだった。


僕は一つ息をついて言った。


「わかった、約束する。久松さんを露骨に邪険にしたり、冷たくしたりしない。それでいい?」

「あ、ああ。それでいい。頼むよ」


予鈴が鳴った。


富井がまた周りを見て、


「じゃ、別々に戻ろう。里海に見られたら困る」


と言って振り返った。


「あ、あともう一つ」

「まだ何か?」

「俺と会って話したこと、里海には黙っててくれ」


ずいぶん都合がいいけど、そりゃそうだとも思った。


「わかったよ。もう行く」


僕は富井と反対方向に歩きながら思った。


そこそこ目立つルックスの富井がうちのクラスにわざわざ来た時点で、話が伝わって久松さんにバレるんじゃないかって。

そうなったら僕のせいじゃないからなって、一言いえばよかったかな。





帰り道、LINEの着信が鳴った。久松さんだ。



”明日朝9時 KMK集合”



KMK……?


「あ、公民館か」


しょうもない。元の言葉より言いにくくなってる。


僕が”わかった”とだけ打つと、即座に次が鳴る。



”トミーにはちゃんと言っといたから、今日誰も来なかったでしょ?”



僕はしばらく画面を見つめ、1分ほど立ち止った。


そして、



”来なかったよ”



と返信した。






つづく

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